第1章【天の川支部】

第2話【歯車は回り始めた】

 河内は黒いふたがされたカプセルの中に浮かぶ、ピンポン玉サイズの太陽のかけらと二人きりになった。

 燦燦と輝く欠片が彼の顔をにらみつける。恐怖で震える手を無理やり持ち上げ、やっとの思いでかけらの入ったカプセルをつかんだ。


 やはり小さいとはいえ太陽だ。輻射熱のせいなのか、おそらく断熱作用があるであろう透明な円筒が、まるで電子レンジで温められた食品の入っている陶器の皿のように熱く感じていた。


 ――なぜ霊体なのに感覚があるのだろうか。


 そう不満を抱きながら震えるカプセルのふたを開け、欠片を口に入れた。


「あがっ!」


 熱が彼の口を切り裂いてゆく。うねる欠片の表面が、優しく口の中をえぐっていく。

 太陽の表面温度は約六千度、一番温度が低い黒点でも約四千度はある。当然普通の人間が耐えられるはずもなかった。


 今にも吐き出しそうであったが、何とか口を押さえ食い止める。一度自分に負け自殺をした。しかし選ばれたのなら最期まで期待に応えよう、そう決心したのであろう。

 意識が薄れゆく中、必死にかけらをのどに押し込んだ。脈打つかけらがのどに引っかかる。本能が吐き出せと言っている。それらに抗いついに飲み込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 飲み込んでみればあの暴力的な熱さは消えていた。体の芯を温めるような、そんな優しい温度を彼は感じていた。

 それどころか体の奥底から莫大なエネルギーが沸き上がる感覚さえあるようだ。


 気が付けば、彼の髪色と目の色が、勇気が沸き上がるような明るい橙色へと変貌していた。達成した喜びと、これからの生活の希望に満ち溢れている彼を我に返したのは部屋の扉が開く音だった。


「おっ、やり遂げたのか。よかったな!」


 入ってきたのはシリウスだった。光を反射しきらめく銀色の小さなケースを持ってきていた。


「君の案内役として任命されたからついでに持ってきたよ。よし、ということで、君は今日からここ彗の天の川支部の一員となった。ちなみに我々星の力を借りた者たちを総じて“守星しゅせい”という。ある意味星の子だね。だから君の名前も変わることになる。厳密にはコードネームなんだけどね。それでは発表しよう。君の名前は今日から、『ヘリオス』だ!」


 ヘリオス、それはギリシャ語で太陽を表す言葉である。楽しくなってきたと言わんばかりに河内、いやヘリオスは声高におおおお、と叫んだ。


「ではまず我々の必須アイテム、目、耳、口につける翻訳機だ」


 おそらくそれらであろう道具を机の上に置いた。そしてシリウスは引き続き説明をし始める。


「まずこの翻訳機。なんとこれはありとあらゆる文字、言葉を適した言語に移し替える優れものだ。じゃあつけてみてくれ、スピーカーは口に入れるだけでいい」


 ケースの中にはコンタクト状のものとワイヤレスイヤホンより一回り小さいものが一対ずつ、そして小指の爪の半分よりも小さいスピーカーが入っている。


 ヘリオスは普段コンタクトを付けて生活をしていたため鏡なしでつけることができた。

 これがあったからみんな日本語を話していたのか、と納得しながらスピーカーを口に放り込み、イヤホンを耳に入れた。


「よし次は、あっそうだ。通信装置をつけ忘れてた。通信室に案内しよう」


 ヘリオスはシリウスとともに部屋を出た。扉の横にある金色のプレートにはしっかりと「応接室」と書かれていた。廊下にあるそれぞれの部屋のプレートには「休憩室」や「製造」などと書かれている。


 行きついた先には、高さ三メートル程ある巨大な扉があった。それの上には「メインホール」と書かれている。右を向くとまだ廊下がある。恐らくあっちにも色々部屋があるのだろう。


 扉が開き、中へと入ると二人は部屋の左端に位置していた。凡そ横百メートル、縦と高さは五十メートル程だろう。

 右端には壁いっぱいの超巨大な扉があった。宇宙船か何かを飛ばすためのものなのだろうか。しかし肝心の宇宙船がない。


「ここは出動するときに兵を集合させる部屋だ。君も正式な役職についたら兵を持たせてくれるはずだよ」


 ヘリオスは不思議そう部屋を見渡している。恐らく千人は軽く入れるような大きな空間だった。


「兵ってどうやって調達するんですか?」


「我々と協力関係にある星で募集してるんだよ。その星が被災したり星間貿易での守護についたりとかをする代わりにね」


 先ほど入った扉の向かい側にある大きな扉の前に止まりシリウスは答えた。あくまでも募集、強制ではないことにヘリオスは少し安堵した。

 すると彼の中にある疑問が湧いた。

 

「それってもしかして地球もですか?」


「いや、まだだよ。惑星系を有人で出ることが条件だからね。でももうちょっとのところまで来てるんだよ。最低でもあと四、五十年ぐらいでできると思うよ」


 シリウスは指でジェスチャーをしながら答える。


「え、じゃあなんで俺はここに呼ばれたんですか?」


「あーそれは我々と君たち地球との架け橋になってもらうためだよ。実際何人かは君と同じように彗と星が関係を持つ前にここに来てるんだ」


 そう言ってシリウスは目の前にある扉を抜け、ヘリオスはそれに続いて入る。扉の先は、今までの白を基調とした明るい空間とは打って変わり、まるで軍艦の戦闘指揮所のような暗い空間が広がっていた。


 前方に広がる巨大なスクリーンには銀河がデカデカと映っており、その周囲にはいろいろな惑星系が個別に表示されていた。下には「solar system」と書かれたものが映し出されている。


 その大きなスクリーンを囲うように、家庭用パソコンに使うほどの大きさのモニターが立ち並んでいた。そのモニターではここの従業員と思しき様々な種族が作業をしている。


 ――太陽系もちゃんとあるんだな。でもなんで英語なんだ


 このような部屋はSF映画ぐらいでしか見たことがなかっため、ヘリオスは少し興奮していた。ふと後ろを見るとそこには別の銀河が二つ映し出されていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る