裸踊り

@kuryu19375

裸踊り

 それはとある竹林。うららかな昼下がり。


「師匠! 下界の人間がお供えにこんなものを!」

「捨てろ」


 ぴしゃりという一言に、ひゅるりと風が吹き抜けた。

 ここは仙境である。空気も清き竹林である。その中にもぼつりぼつりと大岩が鎮座しており、そのひとつに老人が足を組んでいた。

 老人、そう、白髪に長いひげを蓄えた男である。齢万年を超える仙人である。対して、岩の根にあって師を見上げるのは弟子であった。弟子は下界の人間に『お供え』されたものを師に差し出していたのである。

 さて、『お供え』は一本の玻璃の瓶であった。茶色の玻璃に金の蓋、貼られた図柄は人の内臓を簡略化した絵図であった。

 もちろん二人は千里を見聞きする神仙童子であるからして、この玻璃瓶の正体も、中身の正体も知っている。

 故に弟子は師匠に判断を仰ぎ、師匠は「捨てろ」と言い放ったわけである。


 が。


「えーでも、もったいなくないですか? 生薬とか入ってるらしいんですけど」

「たわけ。神仙たるもの仙丹くらい自分で練らんかい」

「百年単位かかるんですけど。時間」

「当たり前じゃ。仙丹づくりも修行のひとつ。なんでもかんでもゼニで一瞬で手に入れていたら心も体も育たぬぞ」

「消費社会の経験値……」

「お前はもう間に合っとるじゃろーが。それとも何か、不承の弟子よ。お前は買い物ひとつ出来んのか」

「むう」


 挑まれるように言われれば、頬を膨らませてしまう弟子である。こんな面でも精神修養が足りない。

 ざあ、と風が吹き、竹がそよぐ。大岩の上で座り込み、大気を十全に浴びていた師匠は、弟子の様子にやれやれと言わんばかりである……特に態勢を崩したりはしないが。


「大体な、弟子よ。下界の人間は勘違いしとる。なんでわしらが供え物されたからといって願いを叶えてやらにゃあならんのだ。俗世の欲から解放されてこその仙人、そこに俗世のもんを供えられても困るっちゅーもんじゃろ」

「えっそんな道徳的な存在だったんですか我々」

「ワシはそういうのを目指しとるんじゃい……いや待てお前、今までどんな風にワシを見とった」

「えー、だって師匠、725年前は誕生日だからって弟子に点心買いに行かせて」

「その1回こっきりじゃろが! あれでワシも反省したんじゃ!」

「まあ欲と執着出したおかげで雲にも乗れなくなって、蟠桃会に遅れるところでしたもんねぇ。でもそんな不完全な師匠だから好きですよ、私」

「よさんか不名誉な」


 と言いつつ照れる師匠であった。ちょろい。欲と執着が断ち切れていない。


「ともかく弟子よ。その供え物は丁重にお返しいたせ」

「えーでも誰が供えたかわからないんですけど」

「千里眼、順風耳……」

「ぶっちゃけ特定めんどいです」

「よし弟子よ。向こう千年岩の上に乗るか、特定して返却するか選べ」

「返してきまーす」




 というわけで師の前を辞した弟子であるが、彼は元来ものぐさな性格であるからして。

(よし、サボるか)

 その一心であった。どうにかこんな、地上の海から大河の一滴を見分けるような仕事はさっさとやっつけてしまいたかった。

 なので、弟子はぽいと玻璃瓶を投げた。

 瓶は岩に当たって砕けた。

 散った中身は液体であった。甘く鼻につく臭いを放ちながら、液体はだらだらと岩の表面を流れ落ちた。

「あーしまった、瓶を落としてしまったー。割れてしまったー。これじゃあ返すに返せないやー」

 全くの棒読み口調で言うと、弟子はさっさと竹林を後にしてしまった。

 が。

 地に染み込んでいく液体に、一頭のパンダが気付いたことを、弟子は察知しなかった。




 そして後日。


「おーい、次の蟠桃会、竹林の熊猫大将の一門が来れないってよ。妙な金丹入りの蜜にハマったらしくて、本性丸出しで踊り狂ってるらしい」

「それ逆に余興にいいんじゃないのか?」

「ばかやろ、西王母様に獣の裸踊りなんて見せられるか。童女様方もいらっしゃるんだぞ」

「何億年経っても"ぴゅあ"な方々よのぉ」

「つーか酔っぱらってんだから雲乗れないだろ。俺は無理」

「俺やった。危険運転にはなるけど乗れるぞ」

「無理無理、最近雲も規制厳しくなったから」

「マジかー」

「熊猫大将の裸踊りねぇ。ワシ正直、ムカデの裸踊りなら見てみたいんじゃが」

「俺も」

「私も」

「ええー? 私はパンダの方が……」

「あのさ、問題そこじゃないだろうよ。一門全員酔い潰れたのが恥ずかしいのよ。いくらパンダだからって神仙にまで上り詰めたんだから、蜜に誘われて羽目外して金丹飲みまくるなんて、欲と執着が断ち切れてない証拠。バカの極み」

「まったくだな」

「にしてもどこから手に入れたんだ、蜜と金丹の混合物なんて」

「さあ?」


 と噂が飛び交う神仙達の合間を、顔を真っ青にした白髭の仙人が、しこたま頭にたんこぶを作った泣き顔の童弟子をひきずり、天帝の査問に向けて駆け抜けていったという。

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