14ー2「背任」
歩道橋の上で変形した車の下から佑心が這い出た。
「ケホッ、ゲホッ……」
苦しそうに手をついて咳き込んでいるそこに誰かが降り立ち、足元だけが見えた。佑心は苦し気にその人物を見上げた。
「もう一人が回復した。悪いが、まだ戦いは続くぞ」
橘が佑心に手を差し伸べると、佑心は歯を食いしばって橘の手を取った。
「良し」
橘と佑心は歩道橋から、地上のモモ、ガンを見下した。ガンは霧のような薄黄色のパージ能力を自身の周りに漂わせた。橘の顔色が変わった。
「守、守霊教式!?」
「?!」
佑心は驚いて、隣の橘を見た。
(守霊教式……教会のパージャーが使う、守霊教独自に確立された手法だ……つまり、やつは元教会のものか?)
考える間もなく、ガンは小さな光の球を胸の前に創り出し、その球は辺りを霧に包んでいく。
ガンの目の前は霧に包まれた。数秒後、足音もなく霧の中から橘が現れた。棒を回転させて、霧を蹴散らしてきている。それをガンに振りかざすと、ガンは能力で流すように受けた。隣から佑心も飛び出し、彼はモモに殴りかかった。モモは上空に逃げ、また槍を降らせた。佑心はためをつくると、一気にパージ能力を放出し、すべての槍を雲散霧消させた。
「ふっ、慣れてきたか!」
モモが笑っていると、パージ能力の霧の中を佑心が上昇して、モモに蹴りを入れた。さすがにモモも反応が遅れて、地上に叩き落されてしまった。
「っ、油断ならないな。おっ……」
モモは突然何かに気づいたように耳に手を当てた。次の佑心の攻撃をさらりと躱して彼は地下鉄に続く階段に進もうと方向を変えた。
「ガン」
モモが声をかけると、ガンがビルの上を眺めて言った。
「モモ、俺は相手しなければならないやつがいる」
「分かってるさ」
「待て!……っ!」
追おうとしたが、橘は何かに気づいた。佑心もすぐに分かった。ビルの上に新たなパージャーの気配。守霊教の
「そこの狼藉者はわしに預けてはくれんか?」
佑心と橘は目を合わせ、駅に向かって走り出した。二人はガンの両端を通り抜け、逆にガンは二人の間を抜けて崇に向かっていった。
*─*─*─*─*
前野駅からしばらく離れた通り。心は素早くリロードすると、向かってくるセトに対して三発続けて放った。全て綺麗に躱したセトは壁を蹴ると、加速して心の目前に迫ってきた。心の銃を掴むと上に捻りあげ、セトは心の腹部にパージ能力を打ち込んだ。
「くっ!」
心は腹に手を当てて後退する。苦しさに、手をついた。撃ちこまれた時に見えたのは紫の光だった。
「うっ、はぁ、がっ……」(っ、紫のパージ能力……それを受けたものに苦痛を与える。憑依体に対してなら一撃必殺とも言われる。初めて受けたけど、あと数回も持たないぞ……!)
心が銃を握る手に力を込めた。
「へえ~、身体丈夫なんだね。もっと魂を削れると思ったけど?」
「僕、パージ能力には昔から人より強いんですよ……」
「ふーん、出来損ないにしては面白いじゃん」
マスクの下で、セトが不気味に笑った。
終始心はセトの能力から逃げるのが精いっぱいだった。ビルの上で一直線に紫のパージ能力は放たれると、心はそのビルの上からパイプを伝って飛び降りた。地に着くと、今度は上空から槍が降ってくる。心はビルの間を縫って逃げたが、しかしその一つが心の足を掠めた。
「ぐわっ!」
「やっぱ能力使えないとかダッサー」
セトが心の目の前に降り立った。心は必死に銃に手を伸ばすが、セトはその手を蹴とばし、地面に落ちる銃を退屈そうに拾った。
「こんなん使ってまでなんでパージャーやってんの?まじザコだし役立たずでしょ」
心は倒れながらも、悔しさに唇を噛んだ。
「返せ……」
「あ?」
「銃を返せ……」
セトを睨む目は鋭かった。
「え~、こわ」
セトのマスクが反射して怪しく光った。
「……いいよ。これで殺してあげる。バイバイ……」
バリン!
セトが銃口を心に向けた途端、心の銃に取り付けられたパージ能力を貯めた球が割れ、セトの顔をパージ能力で燃やし始めた。
「ぎゃっ!」
心も驚いて目を見開いた。しかしすぐに我に返ると立ち上がってその場を離れた。背後でセトが絶叫と共にパージ能力を全身から発散させると、心の身体が浮いた。風に煽られて地面に転がり落ちた心。むくりと起き上がったセトのマスクは半分砕けて、ただれた肌がのぞいている。
「お前、絶対許さねえ……」
セトの腕が紫に光る大きな鎌のようになった。
「今すぐ死ね!ザコ!」
セトは鎌を振り上げ、心に突進した。
*─*─*─*─*
東京内の地下道で泰河が佇んでいる。目の前の虚空を訝し気に見つけて、紫のパージ能力をぶつけた。すると、見えない青い壁が波紋上に現れた。泰河は振り向かずに話しかけた。
「駅には行かせない」
すると、足音が響き、背後にマスクをした男、モルが現れた。
「私情は挟みたくなかたんだが……」
モルは泰河を確認すると、マスクを外した。軽い音を立ててマスクが地に落ちた。手が回された首の後ろには太陽のタトゥーが見える。顔が露になると、泰河の表情がさらに険しくなった。
「ちゃんと会うのは初めてだな?」
「……」(京香さん……)
宗崎の額に汗が流れた。
「泰河くん、だったか?君の話は聞いたことがある。優秀なんだってね。あいつの腕がいいのか、それともPGOがましになったのか――」
「黙れ、汚い裏切者が……」
モルは話を止め、真剣な表情になった。そのモルの眼前に一瞬にして泰河の拳が迫る。しかしモルの姿がこれまた一瞬にして消えた。泰河は空を切った拳を驚いて見つめた。
「実に読みやすいよ」
「っ!」
泰河が驚いて振り向くと、モルが背を向けて立っているではないか。モルは頭を掻いてどこか悲し気な雰囲気を醸した。
「はあ、あいつと同じ動きだ」
「くっ!」
泰河は再びモルの背後に襲いかかったが、モルは泰河の腕を掴み、地下道の壁に投げつけた。そして、息つく間もなく、地下道の天井をパージ能力で顕現した大きな刃で切り崩した。ガラガラと瓦礫が降りかかり、泰河が瞬く間に見えなくなった。泰河は瓦礫の中で身をよじるが、抜け出すことは出来ない。もがく泰河にモルが近づいた。
「君を殺すのは、どうも私怨な気がしてね。でも……次会ったら殺す」
モルは泰河を置いて、地下道の出口に向かった。
「あいつによろしく言っといてくれ……」
そう片手を振って地下道を抜けると上方に一瞬にして消えた。泰河は悔しさに唇を噛み、消えた先を見つめた。
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