14ー1「背任」

一条の視界は狭窄し、全てが二重に見えてきた。ヨニから見れば、立っているのもやっとである。



(立ってるのがやっと。さっさと諦めろよ、クソガキ。俺のパージ能力にはクスリが混ぜてある。浴びるだけで神経がいっちまう。おかげで、俺の分のクスリがなくなっちまった……)「あー、クソ、イライラするっ!」



ヨニはイラついて力任せに腕を振った。すると、ヨニの爪のような攻撃が一条に向かった。一条は右手で能力をぶつけて防いだが、ふらふらと後ずさりした。



「早くっ!死ねよっ!クソッ!女っ!」



ヨニは一言発するたびに爪攻撃を浴びせ、近づいていく。一条は右手だけで何とか防ぎながら後ずさりするが、最後の一発が肩をかすめてしまった。



「っ!」



ヨニは目の前まで迫っており、あっという間に一条を長い脚で蹴り飛ばした。一条の身体はコンテナから離れて、別のコンテナに激突した。なんとかふらふらと立ち上がり、ヨニに背を向けてコンテナ沿いを進んだ。ヨニは気味の悪い笑いをこぼすと、再び一条に接近し今度は背中を蹴り飛ばした。一条は為すすべもなく吹き飛ばされた。すると、コンテナだらけの視界が開け、海が見えてきた。一条は地面に叩きつけられたが、苦し気に顔を上げ穏やかな海を視界に入れた。



(うみ……)



側のコンテナによりかかり、一つ息をつく。ヨニはくるくると楽し気に回りながら、笑い声を我慢していた。



「くっ、けっけっ、あはいひひひひ!誰かを一方的にボコるのってサイッコウ!まじ気持ちいいー!」



ヨニは気持ちの悪い笑い声を出しながら、一条の首に手を回した。



「くっ!」



一条の身体がみるみる持ち上がる。しかし、一条の表情は状況に反していた。



「……あんたが薬中の馬鹿で良かったわ」


「あ?」



ヨニは首をかしげた。すると、猛スピードで一条とヨニの身体が宙に浮きあがり、上空まで上がり、さらに上昇し続けた。



(そんな力が残ってっ!)



一条はヨニのフードを引っ掴んで、左手に持っていた爆発を突っ込んだ。



「イカれたやつには、イカれたやり方って、ね!」


「ガキィーーー!」



一条は最後の力でヨニの腹に蹴りを入れた。海の上にヨニが派手に蹴り飛ばされたと思ったとき、海上で大きな爆発が起こった。真っ赤に照らされた海はまたすぐに元のいろに戻った。一条にも爆発の破片が降りかかったが、もう気にしている余裕はない。そのまま海に落ちるだけであった。






横から橘が棒を振るうと、モモはパージ能力で受けるも飛ばされて駅の壁面に着地した。佑心はモモを見据える橘に感心した。



(すごいパワー……)



モモはそのまま壁面から上空にジャンプし、作り出した槍を駅の壁に何本も突き刺した。途端に駅の看板や瓦礫が崩れ出し、モモはそれらにパージ能力を流し込んだ。落ちてくる瓦礫は地上の橘と佑心を狙うように激しく降り注ぐ。



「新田!上に逃げろ!」


「え?!」



佑心が振り返ると、降り注ぐ瓦礫の中を橘が迫ってきており、佑心の首根っこを掴むと彼らの体が浮いた。瓦礫の中をすいすいと避けながら、上空に逃げると、二人は歩道橋に着地した。しかし、すぐにモモが上空から巨大なパージ能力の塊をぶつけてきた。佑心はすぐに自分と橘にバリアを張った。そのすきに橘は歩道橋の反対側から降りて、モモの反対側に回り込んだ。耐えきれず佑心のバリアが破れたところで、橘は棒の両の先端を取り外し、上空のモモに向かって投げつけた。



「いけっ!」



それは空中で破裂し、灰色の光を放った。



「っく!」



モモは初めて苦しそうに声を上げて、地上に墜落した。



(私のパージ能力を込めた手榴弾。かなり濃縮してある。一発浴びるだけでも、魂を削るには十分だろう。新田に当たる可能性もゼロではなかったが、勘の良い彼には杞憂だったな……)



橘が隣を見ると、いつの間にかふーと息を整える佑心がいた。モモは地上で手をついたままで、マスクの端からのぞくその顔はパージ能力を受けて赤く、血管が滲んだようになっている。にも関わらず、本人は狂気的な笑みを浮かべていた。



(確実に効いている……なのに、どうして笑っていられる!イカレてるな……)



橘は棒を握り直し、佑心に呼びかけた。



「新田!今のうちにたたむぞ!」


「はいっ!」



二人はモモに向かって駆け出し、橘が一振りした。立ち上がったモモはバク中で避け、橘はすかさずそこを突いた。モモの足に当たり、その隙に佑心がパージ能力を浴びせた。モモは片手でそれを防ぎ、橘の棒を掴んで宙返りした。その勢いに押されて、棒は橘の手から離れてしまった。すぐさま佑心は滞空するモモにパージ能力を浴びせるが、軽快な身のこなし故に当たらない。モモは華麗に着地すると、棒に体重を預けるように佇んだ。



(と、取られた!)「橘さん!」


「問題ない!」(一番の得意ではないが、長物なしでも戦えないわけじゃない……)



橘は両手に灰色のパージ能力を宿した。が、モモは橘に棒を投げて返してきた。



「っ!?」



橘は驚いて棒を受け取った。当然佑心もその行動に目を見張った。



「それが十八番だろ?ベストじゃない状態でやっても面白くないからな。」



モモは相変わらず笑みを浮かべている。



(クッソ、こいつ……完全に俺たちのことを舐めてやがる……!)



佑心はイラつきを顔に出し、拳を作った。すると、モモは佑心に目を向けた。その冷たい眼差しに息を呑んだ。



「ちょっと休んどいてくれ。俺、デザートが先なタイプだから。」



佑心の隣から車体が勝手に飛んできて、佑心に直撃した。そのまま車ごと彼の身体は歩道橋に突っ込んだ。



「新田さん!」



手をひらりと振ったモモは再び橘に向き直った。橘は返された棒を握り直して、モモを見据えると俊足で向かっていった。対するモモは短剣を生成して投げつける。橘はそれらすべてを棒で弾き飛ばし、モモに迫った。剣のような掌は避けきれなかった橘の頬を掠めた。橘はすぐさまモモの右手を払いのけ、棒を一回転させるとモモの腹部を狙って突いた。しかしモモは橘の棒を片手の支えにして、逆側に逃げた。



「なっ!」(小柄ゆえの身のこなし。パワーも身体強化によって隙なし、ということか……)



滞空するモモを見て、橘は表情を険しくした。



ならば着地点をたたく、と橘が棒をモモの背後に振り下ろしたが、突如円状の刃が出現し棒が跳ね返された。橘は後ろに仰け反り、胴体ががら空きに。



(まずいっ!)



しかし振り返ったモモは橘の間合いに入ると、そのままモモは橘のポシェットを奪い取った。橘は自分の腰を見るまで、取られたことにすら気がつかなかった。モモはポシェットの中に入っていた注射器をカラカラと振って呟いた。



「組織の技術は昔から変わらずってとこだな……優秀、優秀だ……」



モモは背後に倒れているガンにそれを投与した。



「起きろ、クズ……」


(狙いは回復薬だったのか……チッ、相手がその気ならさっきの隙にやられていたな……)



ふらふらと立ち上がるガンを見て、橘は苦い顔をした。

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