第2話 「サボテンを捨てる」
この部屋に何か足りない、と思った。
壁は落ち着いた灰色で、木製のフローリングは暗めのトーンをしており、全体的にモダンな雰囲気を醸し出している。部屋の中心には広いガラス窓があり、その窓からは街の景色が一望できる。夜になると、外のビルの灯りがキラキラと反射して、とても美しい。
部屋には大きな黒いソファがあり、その向かいにはフラットスクリーンのテレビが設置されている。ソファの横には小さな木製のコーヒーテーブルがあり、いつも好きな本や雑誌が積まれている。だいたいは理想通りだと思う。でもなにかが足りない、と思う。
あぁ、そうか、緑だ。そう思って俺は買いに行った。ビニール袋から取り出して、窓際に置く。ぽつんと置かれたサボテンは、その空虚さを埋めるには十分ではなかったが、それでもなんとか息を吹き返すような気がしていた。サボテンを選んだのは、水をあまり必要としないからだ。あの無骨で頑丈な姿が好きで、ほとんど手をかけずに済むその佇まいに、どこか共感を覚えていた。
ある日、彼女がやって来た。彼女は部屋に入るなりサボテンに目を留め、「ちゃんと世話してるの?」と心配そうに訊いた。「あげてるよ」というが、信じていないようだった。だいたい、サボテンは水がいらない。そう説明しようとしたが、彼女はすでにジョウロを手にしていた。彼女はたっぷりと水を与えていた。
その後、何日たっただろうか。合鍵を渡していたからか、どうやら部屋に来ては毎日水をあげているようだった。湿った土を見る。やりたいなら好きにすればいい。ため息をつく。
サボテンは砂漠で独りで生きるために進化した植物だ。時には放っておかれる方がいいものもある。だけど、そういうことを知らない人もいる。そして止めるのも面倒だった。
ふらふらと猫のように、家を転々としていたのが数日。家に帰るとサボテンが枯れていた。土は濡れていて、肥料らしきものもある。多分、根腐れでもしたのだろう。
彼女に気が付かれないよう、サボテンを捨てた。「あの花はどうしたの」なんて聞かれたらなんて言い訳をしようか。そんなことを考える。
彼女が来たのだろう。鍵を開けるカチリという音が聞こえた。前まではこんなに頻繁には来ないのに、と思うが、今日も水をやりに来たのだと気づく。ドアが開く。彼女は窓際の余白に気づいてこちらを見る。
「飽きたから捨てたよ」と俺が言うと、少しだけ悲しそうに「そう」と呟く。罪悪感から、つい、だから今度買いに行こうよ、と誘ってしまった。少しだけ彼女は笑っていた。
彼女がシャワーを浴びている間、俺はそのサボテンが捨てられたゴミ箱を見る。花も咲かせずに醜くなったそれ。隠さないで言えばとも思う。ただ、何故だろう。きれいなものを、綺麗なままで見せたかった。そういう自分がいた。
彼女がバスルームから出てくる音がしたとき、俺は何事もなかったかのようにソファに座り、スマートフォンをいじっていた。彼女は髪をタオルで拭きながらリビングに入ってきて、いつものように明るい笑顔を俺に向けた。その笑顔を見て「今日も綺麗だね」なんてことを言いながら、カレンダーを見る。明後日のゴミの日は忘れないようにしないと。そんなことを思いながら、ベッドに誘う。
クズがポイ捨てする話。 @amy2222
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