クズがポイ捨てする話。

@amy2222

第1話 「たぶん、地獄行き」

「好き」と彼女は言った。その言葉が静かな部屋に柔らかく響いた。


俺たちは裸でベッドに横たわっていた。部屋には月が満ちた夜の光が流れ込み、彼女の肌に青白い光を落としていた。彼女の髪は乱れ、息はまだ少し荒く、唇は開いたばかりの花のように柔らかく見えた。彼女のその言葉に、俺の胸が少し重くなった。


彼女の目は真剣そのもので、その瞳は夜空の星のようにきらめいていた。さらに進めたい。深い関係になりたい。人と人との熱を心地よく思う、普通の人。でも、それを好ましく思わない人もいる。俺はその系統だった。自由を愛していた俺にとって、それはただの束縛だった。またか、と思った。


肉体だけの関係をしているとよくあることだった。身体と心の境界線。それをお互いに線を引ける相手だと思っていた。


世の中を醒めたような目で見て、人との繋がりなんてない。そういう同士だと思った。だから俺は声を掛けた。たぶん、最初はお互いその通りだったと思う。冷たく、温かく、寂しく、満たされる。そういう関係。でもそれは幻想なのだろう。何度か繰り返すうちに境界を見失う。学生の頃を思い出す。石灰を引いて、進路を作る。そういうあれ。人も同じ。だから、今日もまた線を引かないといけない。


「そういうのは無理なんだ。ごめん」


彼女はしばらく黙っていた。その間、部屋には俺たちの呼吸と遠くの車の音だけが響いていた。やがて彼女は深く息を吸い込み、少し首を横に振った。月明かりが彼女の涙を照らし出し、その涙が静かに枕に落ちた。


「わかった、ごめんね。」彼女の声はかすかに震えていた。彼女はゆっくりとベッドから起き上がり、身体を覆うように服を拾い上げた。その動作は、まるで何か大切なものを置いていくようだった。


俺は何も言えなかった。ただ、彼女が服を身につける姿を見ていた。彼女はドアに向かい、振り返りもせずに部屋を出ていった。その後の静けさが、俺の心に重くのしかかる。


ベッドに横たわったまま、天井を見つめる。彼女の存在がこの部屋からすっかり抜け落ちて、空気が何か薄れたように感じられた。外の世界は依然として動いており、その生活の音が窓から漏れてきた。


夜の帳が下り、街は徐々に静寂を取り戻していく。そんな中で、窓の外から時折聞こえる車の通り抜ける音が、一定のリズムを刻む。


それは夜の海を泳ぐ魚が、息をするたびに水面をかき分ける音に似ていた。


夜に泳ぐ魚たちはきっと息継ぎが苦手だ。


根拠はない。偏見だろう。でもいまは夜だ。正しく見えなくても仕方ないだろう。彼らは暗闇の中を滑るように進む。


その姿はほとんど見えず、存在感すら希薄だ。光を避け、静かに、人々が眠る時間でも泳いでいる。


しばらくして、遠くからバイクの音が聞こえ始めた。その音はだんだんと大きくなり、俺の部屋があるアパートの前を通り過ぎていった。


彼女との時間を思い出しながら、バイクの音が遠ざかるのを聞いた。その音が完全に聞こえなくなると、俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。部屋には彼女の香りがまだ残っていた。まだ日の出には遠く、夜は続く。


タクシー代かかるから朝まで待てばいいのに、と。そんなことを思う。その冷静さに笑えてくる。


子供の頃を思いだす。


夜ふかしもしてしまう、泣かせてもしまう。きっと、こんな自分は地獄行きだろう。この気持ちを後悔というのか、どうなのか。境界は曖昧で、線引ができない。あぁ、俺も同じだ。そんな気持ちを抱えるが、だけどもう自分以外ここにはいなかった。仕方がない、と思いながら、することもない。だからそっと目を閉じるのだった。

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