47 金髪バニーと緊縛JKと元勇者

「〝明鏡止水めいきょうしすい〟!」


 弔木とむらぎは闇の魔力を制御する〝静寂〟よりも、さらに強力な技を編み出した。

 そうして弔木とむらぎは、完全に自らの存在を消し、新宿御苑の植栽に身を潜めた。


 直後、バニーガールが結香の前に躍り出た。


「見いいいいいつけたあああああ!!!!」

「だ、誰ですか?」

「ほう! 魔王は女だったとはね。まあ良いさ、どのみち確保するのに変わりはない。魔王! 覚悟しろ!」


「ちょ、ちょっと待ってください。意味が分からないんですが……。私はただの探索者です。誰か分からないけど

 と結香は、ナスターシャを冷ややかな目で睨みつける。


 弔木とむらぎはその様子に肝を冷やす。

 初対面でそんなに敵対したら、明らかに怪しまれてしまう。


「そんなことを言っても騙されないぞ? お前からは闇の魔力が漏れているんだ! ほら、早く我がラボに来るんだ! 全身をくまなく調べ尽くしてあげよう!」


 ナスターシャが迫り、結香の腕をつかみにかかる。

「や、止めてください!」

 結香は作戦どおり抵抗し、魔石を地面に落とした。

「おや? これは何だ? んんん……? むむっ!」


 ナスターシャはバニーの耳をピコピコと動かしながら石を拾い上げた。そしてすぐに、魔石が発する魔力に気づいたようだ。


「これ、君の? まさかダンジョンで拾ったとか?」

「そうですが何か? 珍しい色だったから、売る前に鑑定しようと思って持ってたんですが。返してください」

「あ、ああ……すまない」

 ナスターシャは即座に全てを理解したのか、露骨に肩を落とした。


「ええと、何から説明しようかな。まあ簡単に言えば人違いだった。悪かったね、君は魔王じゃない。――ねえさやっち? 空振りだよ。ああ、詳しくは後で説明する。愛しの魔王はいなかったよ」


 とナスターシャは平宗ひらむねに告げ、きびすを返した。

(良かった……作戦成功だ。後は教授が去るまで待機だ)

 と弔木とむらぎが安堵しかけた時、状況が180度変わった。



魔王……? ちょっと待ってください。〝魔王〟って何なんですか! あなたにとって、どんな人なんですか!!!!」

 結香の瞳は、嫉妬と怒りの炎で燃えさかっていた。


(ええええ? 何で蒸し返す??? つうかさっき他人だって言ったよな?)

 不穏な展開に弔木とむらぎの皮膚が逆立ち、心臓が高鳴る。

 完全に想定外の展開に突入してしまった。

 ここから先どうなるのか、全く予想がつかない。


「早く答えてください! どんな関係なんですか!」

「そうだなあ……簡単に言い表すことはできないが、恋人みたいなものかな」

「はぁああああ? それ、どういうことですか!」


「むむっ! その反応、何か怪しいぞ? やっぱり君、魔王のこと知ってるな? このえっちでかわいい天才魔導科学者の前に嘘は通用しないよ?」

「あ……し、知るはずがないじゃないですか!」


(やばいぞ。実にヤバい……)

 弔木とむらぎには理解不能な修羅場が始まってしまった。最悪だ。途中まで成功していた作戦が、台無しになりそうだ。


「うーん、怪しい! それによく見れば君……かわいいね。さやっちと同じくらいバニー衣装が似合いそうだ! とりあえず逮捕だ!」


 ナスターシャが手首のカフスに手を当てる。

 バニー衣装がワンサイズダウンし、臨戦態勢に入った。

 胸元から拘束用の縄を取り出す。

 一見すると大人の遊びに使われそうな縄だが、れっきとした魔導具アイテムだ。


「そっちがその気なら……覚悟してください」

 結香は細剣レイピアを抜く。

「冷気系の使い手、レベルは40くらいか。うん、良いね! 可愛いね! 探索者はそれくらいの時が、一番楽しいよね!!」


 ナスターシャが縄を一振りした。

 それだけで勝負が決まった。

「ふぇ?」

 一瞬で結香は拘束され、全身を縄で締め付けられていた。

「いやっほーい! JKの亀甲縛り、いっちょあがり!」

「い、いゃぁあああ!!」


 弔木とむらぎは結香のあられもない姿に目を伏せた。

(見てはいけないものを見た気がする……!)

 が、こうなっては黙って見ている訳にはいかない。


 弔木とむらぎは静かに立ち上がり〝闇の力〟を解放した。

「仕方ない……プランBだ」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「〝我が血を飲み、肉を喰らえ。顕現せよ――〟」


 弔木とむらぎは異世界での記憶を思い出し、〝傀儡かいらい兵〟を練り上げていく。


 生成の原理としては、〝闇人形〟と同じだ。

 生成したい対象の骨、血管、神経、魔力経路……あらゆる構成要素を徹底的に想像イメージしていく。


「祈祷者」

「腐れ槍兵」

「棘盾使い」

「細弓の暗殺者」

「断罪人」


 〝闇人形〟と違うのは、圧倒的な戦闘力の高さだ。

 いずれも異世界で対峙した曲者くせものばかり。

 生み出した当の弔木とむらぎでさえも、嫌悪感を催すほどだ。


 地面から突如として現れた異形の数々に、さしものナスターシャも狼狽うろたえる。


「ぬあっ!? 何だこいつら! 恐ろしく強そうだ!」


 ナスターシャを囲うように出現した〝傀儡兵〟がいっせいに武器を構える。

 弔木とむらぎは〝闇の魔力〟で顔を隠し、ナスターシャに呼びかけた。



「俺を探しているようだな。ナスターシャ」

「その声は……魔王なのか!?」

「そう呼びたければ、呼べばいい。だが『魔王』などという陳腐な言葉で、この俺を理解したつもりになっているのだとしたら――滑稽だな」


「……ど、どういう意味だ!」

「科学者なら自ら考えてみろ」

「名前なんてどうでもいい! お前は魔王だ! さあ、姿を現すんだ! 私の実験台にしてやる!」

「ならば、我が配下を倒してここまで来い」


 〝傀儡兵〟がいっせいにナスターシャめがけて攻撃を開始した。

「ふぉおおおお!?」


 夜の新宿御苑が眩い光に照らされた。

 ナスターシャが投げた魔導具が、傀儡兵達の攻撃を撃ち落としたのだ。


「ふははははは! 見たか魔王! こんなこともあろうかと、対闇属性魔力の装備バニーに切り替えておいたのさ!! 見よ! 私の最高の発明を!!」


 ナスターシャは嬉々とした様子で応戦する。

 ダンジョンの深層で探索しているだけあり、とても科学者とは思えない身のこなしだ。


(やっぱり魔導具を無限に出してくるタイプだったか。素のレベルもかなり高そうだった。まともに戦ったら危なかったな)

 弔木とむらぎはさらに倍の〝傀儡兵〟を生成した。

 足止めするには十分な数だ。


「待て! 待つんだ、魔王!! まてー! 絶対に捕まえてやる!!!!!」


 弔木とむらぎはナスターシャに背を向け、ゆっくりと去って行った。

 まさに〝魔王〟然とした振る舞いをするが、内心は薄氷の上を歩くような気分だった。


(危なかった。こうなっては仕方がない、結香とは別々に帰るか)

 弔木とむらぎは〝闇人形〟を使役し、結香を縛る縄を切った。

 結香も状況を察し、そっとナスターシャ教授から離れていった。




 こうして正体がばれることなく、弔木とむらぎは逃げ切ることができた。

 が、その翌日。

 携帯に結香からのラインが殺到していた。


「初対面でナスターシャって呼ぶなんて怪しすぎます! 私なんて『社長の娘』だったのに。ずるい! やっぱり教授とは何かあったんですね!?」

 弔木とむらぎはアプリを切り、ため息を漏らした。

「り、理不尽が過ぎるだろ…………」

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魔王殺しのフリーター、覚醒し〝闇の力〟で現代ダンジョンを蹂躙す 七弦 @pokotarochan

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