46 黒結晶

 運転していた車は平宗ひらむねに任せ、ナスターシャは新宿御苑に降り立った。

 トランクに詰めていた電動キックボードに乗りかえ、新宿御苑を爆走する。


「ぬぉおおおお! 魔王! 隠れても無駄だぞ!!!」


 ダンジョンの周辺ということもあり、御苑には武装した探索者が多くいた。

 日本人が装備する鎧や魔導衣装は、どうしてもコスプレ集団のようになりがちだ。

 そんな中にあって、ナスターシャのバニー姿は誰よりも注目を浴びていた。



「何だあのえっちなバニーは……」

「あれはナスターシャ教授じゃないか! どうしてこんなところに?」

「えっちすぎて俺のツヴァイヘンダーが火を噴きそうだ」

「お前のはダガーだろ」



 突然のバニーに湧くギャラリー。

 人々のリアクションを見て上機嫌になったナスターシャは、別働で車を運転する平宗ひらむねにスマホから指示を出す。


「ふははははは愉快痛快! さやっち! 御苑の南西側のカバーは任せたぞ! 魔王は新宿側に逃げる可能性が高いからね!」

『了解しました。……でも魔王に遭遇したら手当ては出るんですよね?』

「もちろんだ。現物支給で魔導衣装バニースーツをあげよう」

『せめて現金でくださいよ』


 ナスターシャは平宗ひらむねの抗議を無視し、スマホのアプリを切り替える。

 無機質なモノクロの画面が映し出される。

 独自に開発した〝闇の魔力〟を探知するアプリだ。

 そしてバニーの耳は〝闇の魔力〟の痕跡を拾う、高性能なセンサーになっていた。

 ナスターシャはバニーの耳をひくひくと動かしながら、怪しく嗤った。


「ほらほら、もうこんなに近づいてるよ? くひっ、くひひひひひ……!!!」

 電動キックボードが加速するごとに、アプリの反応が強くなる。

 ナスターシャは、この数年で最も興奮していた。


 未確認の謎の力――闇の魔力を操り、未踏のダンジョンを超高速で荒らし回る、謎の存在。

 ナスターシャは、かれこれ1年以上は探し回っている。

 あまりにも〝魔王〟に執着しすぎて、もはや恋心を抱いてると言ってもいいほどだ。


「感じる……感じるぞ! 魔王の気配を! さあ! さあさあさあ!!!」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……寒気がする」


 弔木とむらぎは〝闇人形〟を新宿御苑の周辺に集めた。

 新宿御苑の状況は、手に取るように分かる。

 かと言って、マッドでバニーな科学者を止められる訳ではない。

 ナスターシャは既に、百メートルほどの距離まで接近していた。


 結香はこの状況を楽しんでいるのか、弾んだ声で問いかける。

弔木とむらぎさん、私たち、何から逃げてるんですか?」

「とある女だ。奴は俺を探している。顔を見られたりしたら面倒なことになる」


「え? 女?」


 急に結香の声色が低くなった。


弔木とむらぎさん? その女って…………誰なんですか?」

「ナスターシャ教授というダンジョン研究者だ。ま、待つんだ。なぜ剣を抜こうとする」

「そうですか、女、ですか。……弔木とむらぎさんに近づく女は、私が倒さなきゃ」


「教授とはそう言う関係じゃない。戦ったら余計に事態が悪化するだけだ」

「じゃあ、どういう関係ですか!」

「どういう関係……と言われても俺もよく分からない。一方的に俺を〝魔王〟呼ばわりして追いかけてくるんだ」

「つまり弔木とむらぎさんのストーカーですね。始末しなければ大変です」

「話、聞いてるのか?」



「どこだああああああああああ!!!! 魔王!!!!! 近くにいるのは分かってるんだぞ!!!!!」



 夜の闇と二人の会話を切り裂くように、ナスターシャの声が響いた。

「くっ、まずいな。そうだ。一か八か、やってみるか」

 弔木とむらぎは一つの策を思いついた。

 ナスターシャが〝闇の魔力〟を追跡していることを、逆手に取る作戦だ。


 弔木とむらぎは両手に闇の力を集中させ、一気に圧縮させた。

 想像イメージするは――魔なる力を内包する、硬い殻。


「魔力錬成――――〝黒結晶〟!」


 直後、弔木とむらぎの手に黒い塊が出現した。

 高濃度の〝闇の魔力〟の結晶だ。

 弔木とむらぎは魔石を結香に渡し、手短に言った。


「教授はこちらに来るだろう。だが何を聞かれても、『自分は魔王じゃない。ダンジョンでこの魔石を拾った。自分は何も知らない』と言うんだ」


 ナスターシャが追っているのはあくまで〝闇の魔力〟だ。

 うまくいけば「結香が持っているを魔王と誤認していた」と錯覚させることができるかもしれない。

 結香の挙動には一抹の不安が残るが、ここまで来たら任せるしかない。


「とにかく誤魔化しきるんだ。さもなければ、二人でダンジョンに潜ることもできなくなる」

 その言葉に、結香ははっとした表情になる。

 冷静さを取り戻し、魔石をぎゅっと握りしめた。


「分かりました。やってみます」

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