45 夜の逃避行

 新宿の超一等地に、新たな探索スポットが生まれた。

 新宿御苑巨大地下迷宮ダンジョンだ。


 新宿御苑のダンジョンは、かつて現れた新宿駅ダンジョンとは事情が少し異なった。


 新宿御苑の地下には、地下鉄の路線や上下水道などの各種インフラがほとんど入っていない。

 それ故に国民生活への悪影響は少なく、速やかに攻略してダンジョンを消す必要がないのだ。


 推定深度は地下300層ほど。

 上層は致死性のギミックも少なく、モンスターのレベルも極端に高くはなかった。


 初心者から上級者までが探索できる、実に都合のよいダンジョンだ。

 まさに、先日によってクリアされた横須賀の〝ドブ板ダンジョン〟の上位互換と言えた。



 だがしかし。



 そんな能書きは今の弔木とむらぎにとってはどうでも良いことだった。

 弔木とむらぎは、女子高生にパスタを食べさせられていた。

 ひたすらに困惑する。

 この女子高生は、少し前まで恐ろしく塩対応だったはずなのに。


弔木とむらぎさん。 はい、あーん」

「お、おう……」

「次は食べさせてください。あーん♡」


 時刻は夜の8時。

 弔木とむらぎと結香は、新宿御苑のほど近くにある、オープンテラスのレストランにいた。

 グレードが高い魔石が手に入ったり、結香のレベルが上がった時は、こうして帰宅前に外食をするのがルーチンになっていた。


「思うんだが、多摩からだったら青梅ダンジョンの方が近いんじゃないか?」

「いいんですよ、週末だけですから。パパも弔木とむらぎさんとなら夜遅くなっても良いって言ってるし」


「そんな馬鹿な。あの大泉社長が? 信じられないぞ。俺がそんなに信用されてるとは思えないが」

 弔木とむらぎの疑問に、結香は笑顔で答えた。

弔木とむらぎさんとなら遅くなっても言いって

「ははは……そうか。だが高校生がこんな時間まで――」



 と言いかけたところで、肌にピリピリとする違和感が走った。

 弔木とむらぎは感覚を研ぎ澄ませた。


 レストランには探索者と思しき男達が数名。

 同じパーティーらしく、戦闘時の連携について楽しげに議論をしている。

 テーブルの近くには大量の武器に防具、そしてダンジョンのがあった。


「――なるほど。そう言うことか」

弔木とむらぎさん? ど、どうしたんですか?」

 急に雰囲気が変わった弔木とむらぎを、結香は訝しむ。


「良い機会だ。ダンジョン探索での注意事項を教えよう。〝緑晶りょくしょうの魔石〟は知っているな?」

 結香は戸惑いながら、答えた。


「植物属性の魔法を強化させる時に使う素材ですよね。パパが農業関係の取引先を開拓できれば、高く売れるって言ってました」

「合格だ。じゃあ〝緑晶の魔石〟をダンジョンから持ち帰る時の注意点は?」


「……分からないです。そんなのあるんですか?」

「回収する前に金属で叩く必要がある。それが本物なら『キンキン』と高く鋭い音がする。偽物は鈍く、濁った音がする」

「に……偽物? 魔石に偽物なんて、あるんですか」


「ああ。知っているのは俺だけかもしれないがな。だから〝緑晶の魔石〟を採る時だけは注意しなければならない」

「それで、その偽物の正体って……?」



「ドラゴンの卵だ」



 すると、談笑していた探索者達が宙に舞った。

 全長10メートルほどのドラゴンが急に現れ、巨大な尻尾で探索者達を弾き飛ばしたのだ。


「きゃぁあああ!」

「ド、ドラゴンだ!!!」

「何でだよ!? 一体どこからやってきたんだ???」

「逃げろ!! 俺らのレベルじゃ無理だってこれ!!!」


 穏やかな時間が流れていたレストランは、一瞬にして恐慌状態に陥った。


弔木とむらぎさん? こ、これは……どういうことですか!?」

 弔木とむらぎは悠然と烈火の拳紐ブレイズ・ナックルを腕に装備しながら、応える。


「異界での名前は確か、〝石みの亜竜〟とか言ったな。殻の模様が魔石によく似ているせいで、他の魔石と一緒に採取されてしまうことが多い。

 で、あんな風に他の魔石と近い場所に置かれると、魔石の魔力を吸収して急成長するという訳だ。あの探索者達の魔石はもう、使い物にならないだろうな」


「だから魔石を採る前に調べる必要があるんですね。さすがはです」

「……今はただの荷物持ちポーターだ。さて、下がっているんだ。でドラゴンを倒すとしよう」



 ズォオオオオ…………



 弔木とむらぎの拳に、紅の炎が立ち上がる。

 だがその炎は、あくまでもカムフラージュの炎だ。

 〝闇の力〟を解放し、拳に魔力を集中させる。


 ただならぬ気配を察知したのか、亜竜の双眸が弔木とむらぎを捉えた。

『KHAAAAAAA――――――!!!』

 地を震わせるような咆哮。

 灼熱のブレスが弔木とむらぎを襲った。


「はぁああッ!!」

 その炎に被せるように、弔木とむらぎも〝闇の魔力〟を繰り出す。

 勝負は一撃で決まった。

 亜竜の炎は力負けし、一瞬のうちに絶命した。


 恐慌に陥っていたレストランは、一転して水を打ったように静まりかえった。

 直後、大喝采がおこった。


「すげええええ!? あの兄ちゃん、一撃で倒したぞ! ヤバすぎだろ!」

「何だあの魔導具アイテムは! 見たことないぞ!」

烈火の拳紐ブレイズ・ナックルだ! まさか本物を見れるなんて!」

「すげええ!!!」


 歓声に包まれる中、しかし弔木とむらぎは己の選択を後悔した。

 なぜなら〝闇人形〟から、最悪な情報がもたらされたからだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 闇人形。

 それは弔木とむらぎが作り出した、小型の斥候兵だ。

 闇人形は都内のあちこちを密かに巡回し、弔木とむらぎに情報を流し続けている。


 そして今、弔木とむらぎの脳裏にはやかましい女二人が言い争う光景が映し出されていた。


『今日こそ宗谷ダンジョンからの因縁に決着を着けてやる! 魔王! 覚悟するんだな!!!』

『教授、落ち着いてください! どこに行くつもりですか!』

『新宿御苑だ! 周辺に仕掛けたセンサーが反応している! 魔王固有の力、闇の力だ! 魔王は間違いなく新宿にいるんだよ!! さやっちも覚悟を決めるんだ! 戦闘準備だ!』

『普通に嫌です!』


 〝闇人形〟はナスターシャ教授が運転する車に潜んでいたようだ。そして頼んでもいないのに、教授のバニー姿を最高のアングルで映し出していた。


 だが、かなりまずいことになった。

 教授は完全にこちらの位置を把握しているらしい。


 キサラギ・ナスターシャ教授。

 バニーでマッドな、変態魔導科学者。

 弔木とむらぎも彼女のことは認識していた。

 宗谷ダンジョンの一件以来、自分が追われていることも。


 確かにバニー姿は最高だが、できることならば永遠に交わりたくない人種だ。

 まさかこのタイミングで捕捉されるとは――。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「結香」

「な、何ですか? 弔木とむらぎ……さん?」

 ギャラリーの喝采を浴びる中、弔木とむらぎは結香の手を握った。


 結香は恥ずかしそうに頬を赤らめ、的外れな反応をする。

「こんなに人がいるのに……恥ずかしいです。そんな、まだ早いです。キスなんて」


「何を勘違いしてるか分からないが、話を聞いてくれ」

「え?」

「ここから逃げよう。説明は逃げながらする。走れるか? いや、走るぞ」


 そうして夜の8時20分。

 弔木とむらぎと結香の逃避行が始まった。

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