第8話 大団円
男は、そのまま治子を蹂躙し、治子を凌辱した。
とこう書けば、治子が、
「男に犯された」
ということになるのだろうが、そういうわけでもなかった。
途中からは治子も、男の腕に抱かれ、自分の欲求を爆発させていたのだ。お互いに、
「貪り合う二匹の野獣」
そんな様相を呈していたのだ。
「これが私の、セックス依存症なのかしら?」
と治子は感じた。
男に貫かれた時、治子は、自分の中の何かが反応したのを感じた。思い出したはずなのに、忘れていたことが何だったのかということを思い出そうとしたのだった。
私の中で、好きなものを思い出そうとする自分がいた。
「やはり、男なんだろうか?」
ということであった。
ただ、今の治子は、過去の恋愛を完全に忘れてしまっていた。
「それが、この男に抱かれたことで、忘れてしまったのか」
それとも、
「思い出す必要もない、一種の都合の悪いということだからだろうか?」
ということであったが、果たして、そのどちらだと言えばいいのだろうか?
というのも、頭の中にはあったのだ。
「男に抱かれるというのが、心地よさだけではない何かがある」
ということを、治子は分かっているような気がする。
しかし、それだけではないことを分かっているのが、それがどこから来るのか分からない。
治子を抱いた男は、さっきまでの、あの猛獣のような、猛々しい感じは、失せてしまい、まるで死んだように眠りについている。
「いわゆる、賢者モードというのかしら?」
治子は、この状態になるということは最初から分かっていた。
これが、男と女の構造上の違いであり、それが気持ちの上での違いとなるのだ。
ということであった。
賢者モードというのは、
「男というものは、セックスをした時、徐々に、興奮をたかめていき、最後には、身体のある部分に興奮を集中させ、そして、放出する」
というのが、メカニズムである。
その時、一度果ててしまうと、回復までにはかなりの時間を要する。一度のセックスで、何度でも絶頂を迎えることができる女性とは大違いなのだ。
だから、男は一気に果ててしまうと、そこから先は一気に冷めてしまい、セックスに興味を失ってしまう。
放心状態になる人や、深い眠りに就く人もいる。
果てた後の、その部分を触っただけで、男はビクッとなってしまうのだが、それは、興奮の余韻が残っているわけではなく、
「敏感になりすぎて、マジで触られると気持ち悪いとしか思えない」
ということなのだ。
女性からすれば、いくらでも果てることができるので、果てた後も敏感な部分を触られると、心地いいということもあるのだろうが、男性にはそれはない。
ただ、女の治子がそんなことを分かっているのかというと、治子にはある特性のようなものがあり、
「男とセックスをして、一緒に果てることができれば、相手の考えていることが、自分のことのように分かる」
ということだったのだ。
その思いがあるからか、自分を抱いたこの男が果てた時、何か、この男のことが少しだけ分かった気がした。
それでも
「少しだけ」
だったのだ。
いつもなら、もっとよくわかるはずなのに、おかしいと感じたのは、治子が、
「元の自分に戻ろうとしている」
ということと、
「まだまだ夢見心地にいる」
ということの両方を感じているという、
「セックスの後にしか感じることができない感覚」
ということを分かったうえで、感じているのだった。
それを考えていると、
「この人、やっぱり何かの犯罪に関係のある人なんだわ」
と思えた。
しかし、少なくとも、誰かが絡んでいるわけではなく、人を殺したわけでも、財産を奪うというような、
「許せない犯罪」
を犯したわけではない。
ということだけは分かっている気がした。
それを考えていると、
「私が匿っていて、問題はない」
と考えるのだった。
ただ、そう考えれば考えるほど、
「この人は、私に関わったことがある人に思えてならない」
と考えるのだが、それを思い出そうとすればするほど、霧のベールの向こうで、右往左往している自分がいることに気付くのだった。
「私って、一体何を考えているのかしら?」
と思わないではいられない。
「それはあくまでも、自分の都合のいいことでしかないのだろうか?」
と、治子は思っていた。
そして、治子は自分の隣で寝ている男がいとおしくなり、思わず手をつないでみたのだが、その時、この男が考えていることが垣間見えてきたのだった。
ここから先は、男の気持ちの中の代弁となるのだが、
「俺は、この治子という女を知っている。この女は俺が昔付き合った女だったのだ。それがいつのことだったのか覚えていない。なぜ覚えていないのか分からないが、治子のことは分かる気がする」
というところが、この男の考えているところの最初のところであった。
「俺は治子にとって、都合のいい男だった。治子は決して、俺のことを好きになってくれるわけではない」
と言っている。
「いや、それは途中からのことで、最初は違った。彼女が、好きになった人にしか言わないセリフというのを、この俺に言ってくれたではないか? あの時のことを俺は忘れないのだった。だが、それは本当に最初だけのことだったのだが、そのたった少しだけの間に俺は、やってはいけないことをしてしまったのだ」
というではないか?
「何をしたというの?」
と、治子は問うてみた。
「俺は、この女を、本気で好きになってしまったのだ。好きになってしまうと、惚れた者の負けといえばいいのか、ほとんど言いなり状態だった。人に話せば、洗脳されているとか、騙されていると言われるだろう。それが怖くて、俺は、誰にも言えなかった。それが、一番つらかったといってもいいだろう」
という。
一呼吸をおいて、彼は話し始める。
「彼女のほしいものは、自分にできることであれば、何でも与えてきた。自己満足でしかないことが分かっているので、自己嫌悪にも陥る。そんなことをしてまで、女の木を引きたいのか? ということをである」
治子は、普通なら、このあたりで、相手の気持ちの傲慢さに腹を立てるのだろうが、そんなことはなかった。
「自己嫌悪だけではなく、自分がしたことの代償として何を得たのかというと、何と、嫉妬心だったのだ。一番欲しくないものであり、必要のないもの。そんなものを感じたことで、俺は、自己嫌悪と、嫉妬心という両方から攻められ、ジレンマに陥ってしまったのであった」
これは、聴いていても辛いことだということが分かってきた。
そのことを考えているうちに、治子は、
「これは、相手のことだけではなく、自分のことも一緒に考えているのではないだろうか?」
と考えさせられるのであった。
「俺にとって、この女は、好きになってはいけない女だ」
と思えば思うほど、嫉妬心が後を絶たない。
「ただ、その嫉妬心が、どこの誰に向けられているのかということが分からなかった。いや、それは分からないのではなく、たくさんありすぎて、その時々で相手が違うということで、漠然とした嫉妬心ということでしか、考えられないようになっているような気がして仕方がなかったのだ」
と男は考える。
治子の方も、男の告白を感じながら、
「この人は誰だったのだろう?」
ということを必死になって考えるのだった。
治子がそうやって考えてはいるが、それ以上のことは分からない。
「どこかに結界があり、超えることができない結界こそ、何かのパラドックスではないか?」
と考えるのだった。
男は、まださらに何かを考えているのだった。
「俺は、今まで、好きになった女がいたかどうか覚えていない。ただ一度、公園で苦しんでいるところを助けてくれた女がいたのだが、その女のことが気になっていたような気がする。あの時も記憶を失っていたようだったのだが、その時、自分を家に連れていってくれた女が、この俺を誘惑してきたのだ」
というではないか?
まるで凍り付いたような気がした治子は、ブルブル震えながら、さらに続きを知りたいという衝動に駆られ、恐ろしさ半分、男の手を再度、ぎゅっと握りしめるのであった。
「その女は、妖艶さがハンパではなく、俺は、こんなに隠微な女に出会ったことはない。女の身体も、まるで理想的で、惚れない理由がどこにあるのかというほどのオンナだったのだ」
と考えている。
それが治子のことだというのは、誰が見ても明らかで、治子が分からないわけもない。
そんな中で、
「この人、意識の中で、時系列がバラバラになっているようだわ」
と感じていた。
しかし果たして本当にそうなのだろうか?
治子は、どうしても、時系列がバラバラだとは思わなかった。
確かに今まで付き合った仲の男性に、この男に匹敵するような男性もいたのを思い出してきた。
「完全に騙すつもりはなかったのだが、自分の生活というものは、絶望的に破綻していたので、この男を利用してやろう」
と考えたのだ。
そしてその時、
「どうせ都合の悪い記憶は、封印されるから、それでいいんだ」
ということを考えたのであった。
そのためなのか、この男の記憶の中には、治子のことばかりが残っていた。
ただ、一つ気になっているのは、
「その中のいくつかは、記憶にはあるのだが、意識に戻すことはできない」
ということであった、
記憶の奥に封印してしまったものは、記憶にすら戻すことはできない。
しかし、記憶にさえ戻すことさえできれば、意識にまで戻すこともできるはずなのだ。
それなのに、この男との、
「騙す騙される」
というくだりは、記憶として戻すことはできるが、意識として戻すことができないということで、
「実感することができない」
ということで、
「まるで他人事だ」
ということであった。
治子は何となく分かってきた気がした。
「この男は、未来に起こることを、意識していて、私は、それをこの男から感じ取るような運命にあるのだろう」
ということであった。
だが、
「この運命は逃れることができない。きっと、私はこの男を将来欺くことになるのだろう」
ということを実感すると、意識の世界に戻ってきた。
「夢だったのかしら?」
と治子は感じたが、夢でないことは、目の前に寝ている男と自分が手をつないでいることで明らかだった。
この男の存在は、将来への警鐘ではあるのだが、どうすることのできない。
「事実へお警鐘だったに違いないのだ。
( 完 )
未来への警鐘 森本 晃次 @kakku
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