第3話 無自覚

 喫茶店のバイトは辞めた。一週間寝込んでからバイトに行ったが、自分の中での違和感が凄かった。

 理由を上げれば色々と出てくるが、一番の理由はこのままここで働いても、自分の人生で何も積み上がらない、と思ったからだ。

 もっと力をつけたい、生きていくのに必要な力強さが欲しい、そう考えた時に今の仕事では何も得られない、そんなふうに思った、いや感じた。

 そこで何がいいのか考え、プログラミングを覚えようと思った。将来的に独立やフリーランスとして、一人で生活できるだけの稼ぎは作れると思った。

 そこで新たな就職先をプログラミングの学べる所を探した。講座やスクール等も考えたが、いまいち良さというか、お金を払って学んでその先、就職できるのか、就職先で稼げるのか、将来的に独立出来るのか、色々と超えなければならない壁が多そうと思えた。

 就職して仕事でプログラミングを学んだ方がそこら辺の心配がなく、必要に応じて時間外で自分で学ぶ事も出来る。考え甘いかもしれないが。

 そして就職する事が出来た。働く事になった会社は公的機関の下請けで、9時17時で残業なし、土日祝休みで給料は平均よりも高い。そんなホワイトな会社に就職する事が出来た。本当に運が良かった。

 就活中に誕生日を迎えて、無職の21歳スタートでどうしようかと思ったが、運良くいい所に就職できて良かった。決まった時は嬉しくて、今日子さんと祝杯を上げた。今日子さんはただそこに居るだけだけど。

 働き始めて、職場の人達とも直ぐに馴染めた。給料が良くてノルマ無し、休みも多いとなればストレスも少なく、パワハラ上司とは無縁なのかもしれない。

 ただそんなホワイト会社なので、辞める人が少なく年配の人が多い。一番若いのが僕の直属の上司で、柳さん35歳。プログラミングの仕事をやらなければならなくなり、それで急遽採用したのが柳さんらしい。

 柳さん以降採用していなかったが、来年に定年退職する3名がいるので、若い人材をこのタイミングで採用することになったらしい。そこに丁度良く入れた僕はラッキーだった。

 そんな中で、プログラミング未経験の僕は柳さんの元で一生懸命に勉強していた。急ぎの仕事は殆ど無いので、分からない所は柳さんに直ぐに聞くことが出来たので、二ヶ月もすると簡単なプログラムは自分一人でも組むことが出来るようになった。

 そして4月になり新卒として二名、塚本君と増田君が入社した。二人共僕でも知っている有名大学の卒業生で、僕より年上だが僕にも敬語で話してくれる。

 二人共仕事に意欲的に取り組んでくれて、社内での評判も良い。ただ仕事が仕事なので、少し元気を持て余しているような感じがした。

 そんな二人だったが、僕は次第に違和感を覚える事が多くなっていた。特に塚本君にだが、何か言い表せられない違和感を感じる。

 特に最初に違和感覚えた事が印象深い。

 『休みの日に雑貨屋さんに香水を買いに出掛けが、その雑貨屋さんはアパートから電車で一時間位掛かる所にあって、欲しかった香水はその雑貨屋さんのオリジナルで、その雑貨屋さんでしか手に入らない物だった。

 その日たまたまその雑貨屋さんの近くに出掛ける用事が出来たので、用事が済んだら雑貨屋さんに寄って香水を買おうと思っていた。

 が、思っていたよりも用事が長引いた事と、雑貨屋さんが少し分かりづらい所にあって、土地勘の無い塚本君では見つけにくかった事が重なり、塚本君が雑貨屋さんに到着したのは、閉店時間から5分位過ぎた時間だった。

 だが、店内は明るく店員も掃除などの後片付けをしているのが見えた。なのでお店のドアを開けようとしたが、ガンッ、やはり閉まっていた。しかしお店の中に人はいるし、何度もやっていればそのうちに誰か出てくるだろうと、何度もお店のドアをガンガンしていた。

 何度かやっていると警察官に声掛けられて、で、警察と話しているとやっと店の人が出てきて、だから事情を説明して香水買ったら帰ると伝えても、お店の人は売れないし、警察には説教されるしで散々だっ』

 そんな事を事務の大城さんに話しているのが聞こえた。聞いていた大城さんは

 「何も警察呼ぶこと無いのにねえ」

 そんな事を返していたが、僕はどちらにも違和感、言語化出来ないモヤモヤを感じた。

 このモヤモヤを感じた為か、僕は塚本君を仕事中何となく目で追うようになっていた。そして何となくだが、塚本君に対して不信感のようなものを感じるよになった。あるいは不快感かもしれない。

 なんだろう上手く表現できないが、塚本君の行動に苛つきのようなものを感じる。あるいは上手く言語化できていない僕自身にイライラしているのかもしれない。

 塚本君が僕に対して何かしたとか、何か言った、言っていたなんてこともない。ただ僕が勝手に苛つきを覚えている、ただソレだけだと思う。

 とにかく、なるべく苛つかないようにと思いながら日々を過ごしていたが、ある日、塚本君と増田君に一緒に呑みに行かないかと誘われた。

 あまり気乗りはしなかったが、塚本君を見直す良い機会だと思い、誘いに乗ることにした。

 お店は塚本君と増田君の住んでいる所の近くの居酒屋だった。

 僕は集合時間まで時間があったので、一度アパートに戻り、居酒屋に向かったが、二人は僕が着いた時にはもう店内に居て、呑み始めていた。

 遅くなった事を詫て席に着いた。

 二人と呑むのは初めてだったが、会話ははずみ楽しく呑むことは出来たが、それでもやはり、引っ掛かる所があった。

 二人は居酒屋の店員に対して横柄だった。これも上手く言語化出来ないが、空のグラスを見せて「同じの」と注文したり、店員さんがお皿を下げているのに何も手伝わない、お会計の時にお金を投げて渡す等、なんというか不快感が凄かった。

 なんだろう凄く疲れた呑み会だった。帰りの電車で疲れが押し寄せてくる。この不快感が疲れの原因なのかもしれない。もしくは、言語化出来ない今の状況に疲れているのか。

 アパートに戻ると今日子さんはいつものようにリビングに立っている。幽霊よりも生きている人間の方が怖いのかもしれない。いや、幽霊も元は人間だ。やはり怖いのかもしれない、が今のところ今日子さんからの害はない。

 リビングに飾ってある母さんの書いた幸福の木の絵が見えた。

 僕の幸せってなんだろう。少なくとも塚本君達のように生きたいとは思えない。でも、だからといってどう生きたいかもまだ分からない。

 僕はどうしたいんだろう。

 

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幸福の木 @khuminotsuki02

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