異世界に見るステータスウインドウへの依存とその問題性について

冬野こおろぎ

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「作戦会議中にステータスウインドウをのぞくのはやめろ!」


 ギルド長のウィルソンさんが、リザードマンの巣掃討作戦の説明を止めて、叫んだ。

 俺は内心「またか」という思いで、注意を受けたラルフへと顔を向ける。

 ラルフは、青色のステータスウインドウを閉じると、悪びれた風もなく、


「でもウィルソンさん。冒険者として活動していくためには、日ごろのステータス管理が重要だって、いつも言っているじゃあないですか。だからこうして、ステータスを確認して――」

「口答えするんじゃあない!」


 ドンと、拳が机にたたきつけられた。


「冒険者たるもの、ステータス管理を怠るべからず。それはいまさら言うまでもないことだ。しかしそれ以上に、仲間との連携が重要なんだぞ! 事前に仲間と作戦を練り合わせ、一つずつ確実に魔物討伐を成し遂げていく。その積み重ねが、自ずと基礎ステータスの上昇という形であらわれてくるんだ! 作戦会議中はそれだけに集中しろっ!」


「でも、ステータスを確認しながら作戦は聞いていましたよ」

「でもじゃあないっ! いいか、私はお前のその態度こそが問題だといっているのだ。そうやってステータスウインドウばかりに囚われていると、逆にステータス数値上昇の機会を逃すことになるぞ!」


 ステータスを繰り返し過ぎて、はたから聞いていて頭が痛くなりそうだったが、ウィルソンさんの顔は真剣そのものだ。


 彼がラルフをしかりつけている中、俺の隣に腰かけているレナは、机の下でこっそりとステータスウインドウを開いていた。彼女のウインドウは薄いピンク色をしているが、俺に分かるのはそれぐらいのもので、ウィンドウに何が表示されているのかまでは分からない。


 作戦会議そっちのけで、何をそんなに熱心にのぞき込んでいるのだろうか。はなはだ不思議に思う。


 この世界では、心の中で「ステータスオープン」と唱えると、目の前に青い画面、ロールプレイングゲームでお馴染みの「ステータスウインドウ」を呼び出すことが出来る。空中に現れるそれには、「体力」やら「魔力」やら「素早さ」といった本人の強さを示す情報の他、様々な項目が詳細に表示され、それらを自由に閲覧することが出来るのだ。


 元地球人で、この世界にまだ馴染みきっていない俺には、そこまでステータスを確認する意味がどこにあるのだと、半ばあきれるような気持ちになるのだが、異世界の人達は時間があればそれを開き、表示された数値をまんじりと眺めているのである。


「とにかくだ。明後日のリザードマン狩りに備えて、各自、十分に備えてくれ! 本日はこれにて解散!」


 解散の声に合わせ、皆が立ち上がった。

 俺以外の全員が、立ち上がると同時にステータスウインドウを開いている。

 さっきステータスウインドウを開くなと怒っていたウィルソンさんも同様であり、画面を覗き込みながら何やらつぶやいていた。何を言っているのだろうと耳を澄ますと、


「まずい……さっきは少し言い過ぎたかな……『信頼度』が落ちていなければいいが……落ちていないっ! それどころか、むしろ上がってないか!? よしよしよしっ、次も頑張るぞっ!」



 ☆☆☆



 俺こと、佐藤太一がこの世界に転移したのは、三か月前のことになる。


 平穏だった地球での日々は、赤信号を無視して突っ込んできた一台のトラックによって、あっけなく幕を閉じた。

 享年18歳。

 そして18歳の姿のまま、神を名乗る存在によって、何もない白い部屋に召喚されたのだった。


「あれは100%向こうの過失ですね。あなたを轢いたトラックの運転手は、スマートフォンを操作しながら運転していて、赤信号に全く気付かなかったそうですよ。いわゆる、ながら運転というものですね」


 その神は、中年の日本人男性にスーツを着せた姿で、しかも目を離せばどのようなものであったかも忘れてしまいそうな、極めて印象に乏しい顔だった。それが、感情もこもらない声で淡々と話すものだから、そこに神々しさなど欠片もなく、極めて事務的な印象を受けた。


「これからあなたには、私が担当する世界の一つに転移していただくことになります。そこは、あなた達の世界で言う、ロールプレイングゲームのような世界観でしてね。きっと、あなたもすぐに馴染めると思いますよ」 


「異世界転移って、本当にあるんですね。創作の中の話だけと思っていました」

 ロールプレイングゲームの世界と聞いて思い浮かぶのは、アレだ。

 剣と魔法のファンタジー世界。

 そのような世界に、これから転移することになるのか。


「おおむね、あなたの想像する通りの世界ですよ。剣とステータスウインドウと魔法のファンタジー世界です」

「剣と魔法の……って、えっ? ステータスウインドウ?」


 剣と魔法の間に異物が混じり込んでいるようだが。


 俺が戸惑いつつ聞き返すと、神はあくまでも淡々とした口調で繰り返す。


「ステータスウインドウと剣と魔法とが織り成すファンタジー世界ですよ」

「あのう……ステータスウインドウを剣や魔法と同列に語るんですか?」

「あなたも憧れたことがあるでしょう? ステータスウインドウに」

「剣と魔法には憧れたことはありますが、ステータスウインドウには特に憧れもなにも――」


 俺が全てを言い終わる前に、神はさも分かりますよと言いたげに、首をうんうんと縦に振り、


「ふふふ、私が担当する世界は、他の神が担当する世界と比較しても、ステータスウインドウの出来が格段に違いますからねえ。体力や筋力、魔力等の基礎ステータス値の把握なんかはもう序の口です。機能の一つである『マップ』を開けば、以前にあなたが辿ったことのある道であれば、いつでも道筋を振り返ることが出来るでしょう。『特技』では、自分が会得した技や魔法の詳細を、映像と音声付きで分かりやすく解説。所持品や装備のことを詳しく知りたい? そのような時は、『アイテム』をご確認ください。あなたがこれまで得た知識を元に、ステータスウインドウがあなたの代わりにしっかりと記憶します。やらなければならない仕事が多すぎてタスク管理が面倒? そんなあなたには『クエスト』をおすすめします! あなたが仕事や依頼を受けるたびに、『メインクエスト』『サイドクエスト』『どうでもいいクエスト』に自動的に整理されるため、一目で何をすれば良いのかが丸わかりです。あなたのステータスウインドウを仲間のステータスウインドウと連携させることで、新たに追加される機能もありますが、これは仲間を得てからのお楽しみ。機能が多すぎて使うのが大変ではないかと不安に思われるでしょうが、そこはご安心を! ユーザービリティにも配慮しておりますから、はんざつな操作は一切不要。誰でも簡単に、直感的に操作いただけます。もしもステータスウインドウのことでご不明な点があれば、ウィンドウの右下に表示されるキャラクター『ステータス・アシスタント』にご質問ください。なおステータス・アシスタントは、かわいいイルカのキャラクターが担当しております。さらには、ステータスウインドウに表示されるフォントやカラー、ウィンドウの枠を自分好みのものに変更できる充実のカスタマイズ機能を搭載! これほど素晴らしいステータスウインドウは、他の世界にはあり得ないと断言いたしますっ!」


 ものすごい勢いでステータスウインドウを推してきた。


 さっきまではお役所仕事のような事務的な感じだったのに、今やステータスウインドウを押し売るセールスマンのようである。


 唖然とする俺の前で、中年の神はいかにして自分がステータスウインドウを作り上げたのか、ステータスウインドウにどれだけの熱意を注いでいるのかを語り続けた。もちろん、俺は途中で話を止めさせようと何度も口を開いたが、神の目はもうイってしまっていて、手のつけようが無かった。


「あなたも向こうに到着しましたら、まずは心の中で『ステータスオープン』と唱えてください。その時に空中に現れる青いウインドウこそが、全てのステータスウインドウを過去にする、かつてないほどの機能性を誇る究極のステータスウインドウです」

「なるほど。ステータス、オープン……ですね」

「ステータスオープンと唱えるたびにワクワクし、ステータスウインドウを眺めているだけで時間が経つのを忘れてしまうことでしょう。一人寂しい時でも、ステータス・アシスタントのイルカ君がいつでも話し相手になってくれます……ふふふ、どうです! 優れたステータスウインドウには、人々を魅了して止まない何かがある……違いますか?」 


「あっ、はい。そうですね……そうだと思います」


 否定すると、また謎のステータスウインドウ推しが始まって、話が進まなくなる気がする。俺は空気を読んで、首を大きく縦に振った。


「随時、ステータスウインドウのアップデートを行っていく予定です。今後もぜひ楽しみにしていてくださいね」

「は、はあ……」


 ☆☆☆


 その後、白い世界から異世界に降り立ち、早くも三か月。


 俺は旅先で様々な縁があって、一端の冒険者となり、頼れる仲間にも恵まれた。


 危険な魔物とも遭遇したが、神から授かったチートスキル「剣神」のお陰で、問題なく対処できている。


 なお、剣神のスキルの効果であるが、神の説明によると「剣技がすごく上達するスキルです」とのことだ。ステータスウインドウの説明の方がずっとずっと長かった。


 それはともかくとして、地球での暮らしも悪くは無かったが、それとはまた違う、忙しくも楽しい、充実した日々を送っている。



 ただ気になるのは、この世界はステータスウインドウに依存する人間が、非常に多いということだ。


 今、街を共に歩いている冒険仲間のラルフも、時折思い出したようにステータスウインドウを開いては、自分を構成する数値を定期的にチェックしている。それも、俺と話している時にも関わらずである。


「……なあ、人と話す時ぐらいは、ステータスウインドウを閉じたらどうかと思うのだが」

「おっ、またつい開けちまったぜ。すまねえな」


 ラルフはそう言うと、ステータスウインドウを閉じた。


 今はこうして閉じているが、きっとすぐに我慢が出来なくなって、ステータスウインドウを開くことになるのは目に見えている。ステータスウインドウを開いていない間のラルフの手は、我慢できないと言いたげに小刻みにぶるぶる震えているのだから……禁断症状のように。


 客観的に見て、ラルフは立派なステータスウインドウ依存症だ。

 地球で言う、スマホ依存症に近いものかもしれない。


「そこまでステータスウインドウを確認する必要があるのかい? 隙あらば画面を呼び出しているようだが……」

「あまり確認しないタイチの方が、よっぽど珍しいと思うぜ。周りをよく見てみなよ」


 道行く人達を観察すると、なるほど、ステータスウインドウに依存しているのはラルフだけではないことが分かる。


 向こうから歩いてくる冒険者は、ステータスウインドウを眺めながら歩いているし、三人のご婦人たちは、ステータスウインドウ越しに立ち話をしている。椅子に腰かけているお年寄りも、ステータスウインドウに向かって一人ブツブツとつぶやいていた。


 全員が全員というわけでもないようだが、画面にかじりついている人の、なんと多いことか。


 これはもう、この世界の常識はこういうものなのだと納得するしかない。


「そこのお二人さん。剣はいかがかしら。ゴブリンからゴーレムまで、なんでも斬れる優れものを取り揃えてるわよ!」


 鍛冶屋の前を通りかかった時に、店の看板娘から声が掛かった。ラルフが、自分の装備が古くなってきたから寄っていきたいというので、それに付き合うことにした。


 店に入ると、壁に掛けられた剣や斧などが、強さをアピールするかのように鋭い刃を光らせて、俺達を出迎えてくれた。盾や鎧といった防具もある。こういうのを目にすると無性にワクワクするのは、俺が地球人だからだろうか。


「オレはじっくり商品を見せてもらうがよ、タイチは買わなくていいのか?」

「俺は最近装備を揃えたばかりだし、別にいいかな」

「そうか。でもちゃんと『耐久値』はチェックしとけよ。魔物と戦っていると、いつの間にかボロボロになってるからよ。耐久値20%以下になったら買い替え時だぜ」


 確かにその通りだと思い、心の中で「ステータス・オープン」と唱え、ステータスウインドウを呼び出す。そして「装備品」の項目を開き、装備品の耐久値をチェックすると、「耐久値80%」と表示された。今のところ問題は無さそうだ。


「なあ、ラルフ。俺のウィンドウの右下にイルカが表示されているんだが、こいつの消し方を知っているか?」

「なんだよ、タイチのウィンドウにもイルカが巣食っているのか? そいつ、別に悪さをするわけじゃねーけど、なんだか鬱陶しいよなあ。残念だが、オレもそいつの消し方は知らねえよ。君は何か知っているかい?」

「実は、わたしも困っているんです。イルカくんに『あなたの消し方』を尋ねても、いつもはぐらかされちゃうんですよね……」


 雑談はそこそこに、ラルフの買い物が始まった。


「軽くて丈夫そうな剣だなあ。俺、今は斧を担いでいるんだけどさ、こういうのにも憧れるんだよねえ。お値段は1万5千ステーブルか……ちなみに、攻撃力はいくらアップするんだ?」

「プラス50くらいですね」

「そうか。じゃあ、そいつを試しに装備させてくれ」


 ラルフは右手に剣を握り、ステータスウインドウを開いた。


「おいおい、プラス50じゃなかったのか? たったの10しか上がらねーぞ」

「お客さんの『筋力』と『技術』のどちらかが足りてないかもですねえ。こちらはバランスタイプの品ですから」

「そっかーっ! オレ、『技術』の値が低いんだよなーっ! 攻撃力の伸びが悪いわけだわ」

「『筋力』に自信がおありなら、こちらの大剣をオススメしますよ」

「大剣か。こっちの方は……って、うおおっ、プラス100だってっ!? こりゃあいいぜ!」


 ラルフは、剣を装備するときにステータスウインドウを開き、画面に表示される『攻撃力』の変化をチェックしている。ゲームでも、装備を購入するときは、攻撃力や防御力がどれだけ伸びるかを確認するが、それと同じことをしているというわけだ。


「武器の他にも、鎧や盾なんかはどうです? 良い物を揃えてますよ」

「鎧も結構使い込んでてよ、もう耐久値が限界に近かったんだよな。じゃあ、まずはそっちのを試着させてくれ」


 最初にラルフが試着したのは、鋼鉄製の軽鎧だった。

 鎧をまとったラルフの姿は、旅慣れた冒険者といった感じで、とても様になっている。看板娘も、「わあ、とても似合っていますよ! お客さんにとてもフィットしていますし、いいんじゃないですか!」とべた褒めだ。


「防御力プラス70か。中々いいな……あっ、ダメだ。オレの『魅力値』が20も下がるじゃねえか。別のにするかあ」

「とても似合っていると思うけれど…」


 意外だったので思わず口を挟んだのだが、ステータスウインドウをにらむラルフの顔は渋面だ。


「人の感性は信じられねえって。趣味もセンスもバラバラだからな。その点、ステータスウインドウが表示する数値は嘘をつかねえ」

「そうかなあ。魅力値が下がるとかはともかく、俺にはすごく様になっているように思えるのだが……」


 俺がなおも言うと、今度は看板娘が、「残念ながら、サイズが合っていないようですね。他にお似合いのものが無いか探してみますか?」という。さっきと言っていることが違うじゃあないか。


 二人の反応に首を傾げたい思いだったが、あまり食い下がるところでもないと思いなおした。


「他には……おっ、これなんかいいんじゃあないか?」


 ラルフが選んだのは、全身に金メッキが施された、恐ろしくケバイ鎧だった。それに、胸板のところに派手な乳首が浮き彫りにされていて、あまりにも男臭すぎる。俺だったら絶対に装備したくはない代物だ。


 看板娘の表情をうかがうと、「えっ、あなた、本当にそれを選ぶの?」と言いたげだった。なら売りに出すなよと思ったが、きっとこの娘が作った鎧では無いのだろう。


「うおっ、魅力値が30も上がったぞ! しかも防御力もいい感じだぜ!」

「すっごく格好いいですぅー! わたし、惚れちゃいそう……」

「これに決めるぜ! この鎧はいくらするんだい?」

「3万ステーブルです」

「よし、購入だっ!」


 俺にとっては納得のいかない買い物が終わり、鍛冶屋から外に出ると、俺たちのすぐ目の前を馬車が物凄い速度で横切った。轢かれたらひとたまりもない、暴走といっても差し支えない速度だ。


「あぶねえ運転だなあ、店の前ぎりぎりを走りやがって! 気を付けろよ馬鹿野郎!」


 ラルフが馬車に向かって叫んだが、馬を操る御者は気にもしていないようだ。


「なあラルフ。あの御者、ステータスウインドウを覗きながら運転してなかったか? ながら運転だ」

「ん? ながら運転ってなんだ?」

「ああ……いや、ステータスウインドウを見ながら運転するだなんて、危険な運転だなって思ってな」


 俺がそう言うと、ラルフは怪訝そうな顔をした。


「そこは別におかしいところじゃあないだろ。ステータスウインドウを確認しながら馬車を操縦するなんて、普通のことじゃあないか」

「えっ、あれが普通なのか?」

「お前だって、馬の手綱を取る時は『速度』を確認しながら走るだろ?」

「あ、ああ……なるほど」


 車を運転するときは、制限速度を超えないよう速度メーターを確認するもんなと、地球での常識を当てはめ、無理やり自分を納得させようとしたが……さっきの馬車のエグイ速度の出し方、あれは絶対に速度に気を遣った走りではない。


「あっ、こんなところに居たんだー。おーい、タイチー!」


 可愛らしい声がしたので振り向くと、ギルドメンバーのレナが、手を振りながら俺たちの方へ向かってきた。俺達も手を振ってそれに答える。


「レナじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だな」


 ラルフが言うと、レナは愛くるしい微笑を浮かべて、


「そうなのよ。たまたま通りかかったのよー。本当にたまたま。とんだ偶然よねー」


 するとラルフが、一瞬、意味ありげに口元をゆるめた後、「すまん、ちょっとトイレ行ってくるわ。すまんが、二人で話しといてくれ」と言って、足早に去っていった。

 なんだ、不自然なほど急だなと思っていると、


「ねえ、タイチ。実は、昨日つくったクッキーがあるんだけれど……甘いもの好きだったでしょ?」

「えっ、いいのかい?」


 彼女が差し出した袋の中には、十個ほどのクッキーが入っていた。


 ところどころ欠けていてたり、形も若干崩れていたりもしたが、それだけに、頑張って作ったんだなとほほえましくなる。

 一つつまみ、口に放り込むと、途端に上品な甘さが口の中に広がり、俺の心を幸せに満たした。


「うわっ、すごく美味しい……! こんなの、これまで食べたことが無いよ!」

「うふふ、よろこんでくれて嬉しいわー。今度、もっと美味しいのを作ってあげるね!」

「ラルフにもおすそわけしてあげるよ」

「あっ……タイチ用だから、タイチだけで食べてね。お願いよ?」


 彼女は、この後に寄るところがあるという。「明日のリザードマン討伐、がんばろーねー!」と言い残して立ち去る彼女の後姿を、胸にときめきを感じつつ見送った。


 レナが去ったすぐ後で、ラルフが戻って来た。


「レナのやつ、ありゃあ間違いなくタイチに惚れてるぜ。へへへ、お前も隅に置けねえなあ!」

「えっ、そうなのか?」

「おいおい、お前ってヤツは本当に鈍いよなーっ! ま、そういう奴に限って惚れられるんだけどな」


 自分も正直、前からレナのことは気になっていた。でもまさか、向こうも俺のことを……?

 そこでラルフが意味ありげに笑った。


「ふふふ、鈍感でウブなお前に、恋愛マスターのオレ様が、ありがたいアドバイスをくれてやるよ。ステータスウインドウで、レナの項目を見てみな」

「……なんでそこで、ステータスウインドウが出てくるんだよ」

「いいから見てみなって」


 俺はいわれるままに、ステータスウインドウを開いて、『仲間』から『レナ』の項目を開いた。そこには、仲間のステータス情報が載っているのだが……。


「あれ、『特別な関係』?」


 見慣れない項目が追加されている。


 魔術師レナ

  好感度:良 

  恋愛度:両想い

  好きな物:ぬいぐるみ


「恋愛度? ええと……」


 俺が戸惑っているのも気にせず、恋愛マスターが説明を続ける。


「レナとこれ以上の仲になりたかったら、そこに表示されている『好きな物』を渡すんだ。アイツの位置は、マップに表示されるから分かるよな? あと、あくまでも偶然……運命を装って近づくのを忘れるなよ。あんまりがっついているように思われると、『好感度』の上昇率が悪くなるからな。好感度が効率的に伸びる方法で事を進めて行きゃあ『恋愛度』が発展して、『恋人』にランクアップするぞ。ステータスを分析して事を進める……そうすりゃあ、全てが上手くいくってことよ!」


 なんとも微妙な気持ちになり、俺はそっとステータスウインドウを閉じた。


 

 ☆☆☆



 リザードマン退治決行の日、俺たちは待ち合わせ場所の酒場に集まった。

 だが、ウィルソンさんの様子がどうにもおかしい。


「あれ? どうしたんです、ウィルソンさん。なんだか顔色が悪いようですが……」


 普段、常に俺達を引っ張ってくれるウィルソンさんの顔は、今は幽鬼のように蒼白だ。

 彼は直前に、ステータスウインドウを開いていたようだが……。


「ばっ、バカな! そんな……そんなはずはないっ!」


 どうしたんだろう。なんだか尋常ではなさそうな雰囲気だぞ。

 もう一度俺が口を開きかけた時。


 突然、ウィルソンさんが壊れた。


「私はああああああ、こんなところでは死なないんだあああ! まだまだ生きるんだああああああああ!!」


 そのあまりの剣幕に、俺は固まってしまった。

 ラルフやレナも、何が彼に起こったのか、全く想像がつかないと言った表情だ。

 そんな俺達を見ることなく、ウィルソンさんは髪を掻き乱しながら酒場の外へ駆け出して行った。


「うひひひひひ!! 私は、死ななあああああい! 死な、ぬぁあああああああああい!!」


「おいおいおい……一体どうしたんだよ。ウィルソンさんに何があったんだ!?」

「ラルフにも分からないものが、俺に分かるわけないって……」


 俺たちも、狂乱状態のウィルソンさんを追って酒場へ出る。


 外へ出てすぐに俺達が目にしたのは、天高く宙を舞うウィルソンさんの姿だった。


「は?」


 一瞬、意味が分からなかったが、ウィルソンさんに馬車が猛スピードで突っ込み、その勢いのまま跳ね飛ばされてしまったようだ。


 地面に思いっきり叩きつけられたウィルソンさんは、「私は……死なん……うぐ」と呟いたきり、動かなくなった。誰の目にも、既に手遅れなのは明らかだった。


「おいおい冗談だろ……歴戦のウィルソンさんの最後がこれかよ」

 

ギルド長のウィルソンが、まさか馬車に轢かれて亡くなってしまうとは……。

 そこで、ステータスウインドウを開いたラルフが、何かに気が付いたような顔をした。


「お前ら、ステータスウインドウを見てみろ。これまでに無かった項目が追加されているぜ」

「なんだと?」


 ステータスウインドウを確認して、すぐに何があったかを察した。

 なるほど、新しく追加されたこの項目こそが、ウィルソンさんの心を打ちのめしたのだ。


〈NEW あなたの命の残り時間 ※閲覧は自己責任〉


 あの神の、「アップデートしておきましたよ」と言いたげな顔が脳裏に浮かぶ。

 しかしこれは……人間にとってあまりにも余計過ぎるアップデートでは無いだろうか。


「みんなは、絶対にそれを開くなよ?」


 俺の言葉に、ラルフとレナはきょとんとした顔をした。ラルフがすかさず言う。



「いや、見るに決まってるだろ。自分のステータスを確認しない人間がどこにいる?」

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