第2話 ミサンガ
開けっ放しの戸をくぐって教室に入ると、始業までまだ十五分はあるというのに、すでに半数の席が埋まっていた。
僕は会話と会話の間を縫うようにして自分の席まで歩くと、
「美波は、マリアを知ってるか?」
朝の挨拶もせず、隣の席の藤島美波に話しかけた。
「マリアって、大山さんのこと……?」
美波が口元に手を当て、普段よりも小さな声で答えた。英語の難問でさえ、はきはきと答える彼女らしくない態度に、僕は違和感を覚えた。
背負っていた学生鞄を机の上に置いて椅子に座る。
「そう。そのマリア」
僕も美波にあわせて声を小さくした。
「知ってるに決まってるでしょう。クラスメイトよ」
美波はぴしゃりと答えると、訝しげに眉をひそめた。
「晴太……もしかして……」
美波が、はっとしたように目を見開く。
「……んなわけないだろう!」
美波が何を言おうとしているのかが瞬時にわかり、反射的に大きな声が飛び出した。美波が耳を抑えて顔をしかめる。
「突然大きな声を出さないでよ。それで、彼女がどうかしたの?」
美波が声をさらに小さくし、顔をぐっと近づけてきた。
「昨日、保健室で会ったんだ」
昨晩、風呂上がりに自分で貼り直したよれよれの絆創膏を学生服の上からそっと撫でる。マリアから貼ってもらった絆創膏を剥がすとき、名残惜しく感じたのは誰にも秘密だ。
「保健室……? あの子、学校に来てるの?」
美波は心底驚いている様子を見せながらも、声のトーンは下がったままだった。
「昨日はいたけど……」
「へえ……。学校に来てるんだ」
美波が独り言のように、ぼそっと呟いた。
美波の顔が離れていくと、急に周囲の音が耳に入り込んできた。教室の前方からはお笑い芸人のネタと笑い声が、後方からはアイドルについて語る女子の奇声と、誰かのくしゃみが聞こえてくる。
「そんなことよりも晴太、珍しく遅刻ぎりぎりじゃないってことは、今日こそは数学の宿題をやってきたんでしょうね?」
美波の声がいつもの大きさに戻った。するりと話題の変わった会話に、僕の心は置き去りにされる。マリアについて、美波に聞きたいことがもっとあったが、話を戻す気力はなかった。
「やってない」
僕は学生鞄を枕にして顔を突っ伏した。
「さすがに今日は怒られるわよ」
僕の無防備な後頭部に何かがのった。手を伸ばして確かめるとノートだった。
「ありがとう」
体を起こして机のフックに学生鞄を掛けると、机の中から自分のノートを取り出した。
「また教科書とノートを学校に置いて帰ってたの? 自分で宿題をする気なんて、端からないじゃない」
美波が溜め息混じりに言った。
美波とは幼稚園のひまわり組からずっと同じクラスで、今年で十一年目の仲である。
ノートの罫線からはみ出すことのない美波の字を、相変わらず神経質そうだと思いながら書き写していく。半分ほど書き写し終えると集中力がぷつんと切れた。ふと後ろを振り返る。
窓際の一番後ろの席。机の天板が、陽の光を眩しいほどに弾いていた。
僕は今まで一度も気にしたことのなかった斜め後ろの空席が急に気になった。今までそこにあったというのに、どんな子が座るのだろうかと考えたことは一度もなかった。
僕が再びノートに視線を落とすと、
「大山さんのことで聞きたいことがあるなら、私よりも智花のほうが詳しいと思うよ。智花は大山さんと同じ小学校だったから」
美波には、僕の胸の内側が見えるらしい。それが面白くなくて黙っていると、
「私から智花に訊いてあげようか?」
美波が畳み掛けるように言葉を続けた。
「いや、別にいい……」
僕は自分から美波に話したというのに、身勝手にも美波のお節介を鬱陶しく感じ始めていた。
「ふーん……」
美波が鼻から声を漏らした。
一時間目の数学は、美波のおかげで宿題について言及されることなく授業が終わった。 休み時間になると、美波が柴橋智花の背中を押して僕の前にやってきた。
「智花が、大山さんがどんな様子だったのかを知りたいんだって」
本人がいるというのに、柴橋さんの代わりに美波が言った。
「どんな様子って言われても……」
僕は困惑した。そもそもマリアと会ったのは昨日が初めてだ。そんな僕に、マリアの普段の様子がわかるはずがない。
「元気そうだった?」
美波が質問を重ねた。
「まあ、ベッドに寝てはいなかったけど……」
保健室といえば、体調が悪ければベッドで寝ているイメージだ。マリアが学習机に座っていたこともあるが、頭やお腹が痛そうには見えなかった。そういう意味だと、マリアは元気そうに見えた。
「私、一年生のときに、マリアちゃんにプリントを届けていたの」
美波の影に隠れるように立っていた柴橋さんがようやく口を開いた。
「プリントって?」
僕が訊ねると、
「学校の配布物。マリアちゃんが不登校になり始めた頃、彼女の家にプリントを届けに通っていたんだ。私は学校に行くのにマリアちゃんの家の前を通るから、先生に頼まれていたの。でもマリアちゃんの休みが続くようになって、先生が週に一度まとめて届けることになったから、それからはもうやっていなくて……」
それでマリアちゃんのことが気になっていたの、と柴橋さんが胸の前で手を組んだ。柴橋さんの手は爪が伸びており、彼女の遠慮がちな態度とは裏腹に、どこか活発そうに見えた。
「彼女はどうして教室に来ないんだ? 誰かにいじめられていたとか……?」
僕は柴橋さんを見ながら言った。
「それが、私にも理由はわからないの」
柴橋さんが首を横に振った。
「プリントを届けていたときは、体調を崩したって聞いていたんだけど、本当はそうじゃなかったみたい。私が知る限りではクラスでいじめはなかったし、マリアちゃんが誰かと揉めているようにも見えなかったし……」
柴橋さんの声がだんだん尻すぼみになっていった。
「私は別のクラスだったけど、いじめの話は聞いたことがないわ」
美波が大げさに頷いた。
「彼女はいつから不登校なんだ?」
僕がまた訊ねると、
「マリアちゃんが学校に来なくなったのは、確か冬頃だったと思う。インフルエンザが流行っている時期で、先生が最初に言ってた、体調不良っていう理由に何も疑問を持たなかったから……」
当時のことを思い出そうとしているのか、柴橋さんがしどろもどろに言った。
「晴太は、どうしてそんなに大山さんのことが気になるの?」
自分の席に座らず、柴橋さんの隣に立ったままの美波が僕に訊ねてきた。
「クラスメイトなんだから、そりゃあ気になるだろう」
「今まで、名前も知らないほど気にしていなかったのに?」
美波の言葉が、ぐさりと胸に刺さった。美波の言うとおりだが、
「顔も見たことがなかったんだから、それは仕方ないだろう」
反射的に言葉を返した。
美波が何か言いたそうに口先を尖らせている。僕の言葉に納得していないようだ。
「珍しい組み合わせじゃん! 何の話をしてるんだ?」
突然、海斗が声を掛けてきた。
おそらく僕と柴橋さんが話している様子が、海斗の目には物珍しく映ったのだろう。
「昨日、晴太が保健室で大山さんと会ったって言うから、そのことについて話してるの」
美波が代表して答えた。
「へえ。マリアさん、元気そうだった?」
海斗はマリアのことを認知しているらしい。美波がほらみろ、と言わんばかりの表情で僕を見た。僕はその視線に気づかないふりをして答えた。
「体調が悪そうには見えなかったな」
「そっか。それならよかった。マリアさん、突然学校に来なくなったから心配してたんだ」
海斗がさらりと言った。
「そういえば、海斗は一年生のときも大山さんと同じクラスだっけ?」
美波が訊ねた。
「そうなんだ。中学校の初めての席替えでマリアさんの隣の席になって、そのときはよく喋ってたんだ」
海斗が懐かしむように目を細めた。
「そのとき、智花さんも同じ班だったよな?」
海斗が柴橋さんに話を振った。
「うん。男子は敦也くん」
「あ! そうそう! 敦也だ!」
海斗が胸の前で手を打った。
「敦也とはクロカンの順位を競ったなあ……」
「敦也くん、砂越くんに負けてすごい悔しそうだったね」
柴橋さんがくすぐったそうに笑った。
「あのときの班、すごく楽しかったな」
海斗の言葉に、柴橋さんが、うん、うんと何度も頷く。柴橋さんは、僕と話していたときは緊張している様子だったが、海斗と話し始めた途端、人が変わったように流暢に言葉を返している。海斗の「誰に対しても平等に接する態度」や「誰とでも打ち解けられるコミュニケーション能力の高さ」が、柴橋さんの心を解しているのだろう。
「ハル。今度のクロカン、どっちが速く走れるか勝負しようぜ」
海斗が僕の肩に腕を回してきた。
「興味ない」
言いながら、海斗の腕を肩から下ろす。
「つまらないこと言うなよ。自信あるんだろう? 去年も一昨年も、上級生を差し置いて、晴太が一位だったじゃないか」
海斗が口先を尖らせた。
「誰も本気で挑まない大会で一位になっても仕方ないだろう」
一回で聞き分けない海斗に、つい乱暴な口ぶりになった。
予鈴が鳴り、海斗と柴橋さんは自分の席へと戻っていった。
海斗を相手に、サッカー以外の競技で勝ったって何も意味がないだろう。それに、マリアについて、柴橋さんに訊きたいことがもっといろいろとあったというのに。海斗に邪魔をされて半分も訊けなかった。
今なら遊佐さんの気持ちがわかるような気がする。僕はサッカーボールを思い切り蹴り飛ばしたい気持ちを必死に抑え込んで、狭い机の下に足を納めた。
給食を食べ終えると、保健室に足を運んだ。
柴橋さんからマリアの話を中途半端に聞いたことで、もう一度改めてマリアと話をしたいという気持ちが芽生えていた。
保健室の前に着くと、音を立てないようにゆっくりと戸を横に滑らせ、その隙間から中を覗き込んだ。マリアは昨日と同じように、ソファ席の奥にある学習机に座っていた。マリアの正面の席には保健医の五十川先生が座っており、二人ともまだ給食を食べている最中だった。
マリアは僕に気がつくと、昨日は見せてくれなかった微笑みを浮かべた。
マリアの表情が変わる姿を見て不審に思ったのか、入口に背を向けていた五十川先生が僕のほうを振り返った。
「どうしたの? どこか体調が悪いの?」
五十川先生が椅子から立ち上がり、僕に近づいてきた。
「あの、そういうわけではないんですが……」
僕はマリアに会いに来たと口に出すのが照れくさくて、後ずさりをしながら、
「失礼しましたっ!」
体を回転させ、逃げるように廊下を駆け出した。保健室には五十川先生がいることを忘れていたどころか、どうやって彼女に話を切り出すかさえ何も考えていなかった。
「……待って!」
透き通るような綺麗な声が、僕の背中を追いかけてきた。反射的に足を止め、恐る、恐る後ろを振り返った。
マリアが廊下に出てきていた。
「これ、落としてない……?」
マリアが右手を上げた。その手は何かを握っていたが、廊下が薄暗いせいで見えなかった。一体何だろうかと思いながら、僕はマリアの元へ駆け寄った。
「これ……」
マリアが腕を下げ、手のひらを器のようにした。その手の中に、赤色のミサンガがあった。
「あ! オレのミサンガ!」
反射的に自分の足首を見た。そこには何も付いていなかった。
「保健室に落ちてたの」
「そうか。切れたのか……」
僕はマリアの手からミサンガを受け取った。糸は全体的に擦り減っており、端が切れていた。このミサンガは、中学一年生の夏に涼介と一緒に買ったものだ。確か涼介のミサンガは緑色だったはずだ。
「大事なものかと思って……」
マリアがぼそっと呟く。
「ありがとう」
僕は足首からミサンガが外れていたことに全く気づいていなかった。ミサンガを付けたばかりの頃は、いつ切れるだろうかと待ち遠しく、一日に何度も足首を確かめていたが、三年も経つとミサンガを意識することはすっかりなくなっていた。それに昨日は、肘ばかり気にかけていた。
「……怪我、大丈夫?」
マリアが訊ねてきた。
「平気!」
僕は学生服の袖を捲くり、マリアに肘を見せた。
「よかった」
マリアが口元に手を当てて静かに笑った。
僕は彼女のその小さな桜貝みたいな爪が見たくて、ここまで足を運んできたのだと、そのときになって初めて気がついた。
数日経つと、肘の傷跡はすっかり消えた。
僕はそのことをマリアに報告しようと思い、久しぶりに保健室に足を運んだ。
マリアは五十川先生に僕のことを話したのか、デスクで書き物をしていた五十川先生から「どうぞ」と明るく迎え入れられた。おかげで、今度はみっともなく逃げ出さずに済んだ。
今日もマリアは、ソファ席の奥にある学習机に座っていた。保健室に不釣り合いな学習机は、マリアのために用意されたもののようだった。だが、マリアの机の前にはもう一つ学習机が置かれている。
マリアは給食を食べ終わっており、ノートに何か書いていた。僕が近づくと、ノートをパタンと閉じ、それを机の端に寄せた。
僕は、マリアの向かいの席に腰を下ろした。
「あのときの怪我が治ったんだ」
そう言ってから、学生服の袖を捲くり、傷口が塞がった肘をマリアに見せた。
「そうなんだ。よかった」
マリアが胸の前で手を合わせた。そのとき、マリアの肘が机にぶつかり、ノートが床に落ちた。
僕はそれを拾おうと体を屈めた。
「漫画……?」
ノートは床に落ちた拍子で中が開いていた。勉強用のノートかと思っていたが、よく見ると漫画が描かれていた。僕が見入っている間に、横からマリアの手が伸びてきて、結局マリアが自分でノートを拾った。
「……それ、自分で描いたの?」
僕はマリアの顔を見た。
マリアは唇を震わせながら、こくん、と小さく頷いた。
「すごい! 漫画が描けるんだ! 読んでもいい?」
僕はマリアに向かって手を伸ばした。
「下手だから……」
マリアはノートを胸に抱え込むと、首を横に振った。
「誰にも見せたことないの?」
こくん、とマリアが頷く。
不思議なことに、マリアの細い腕は、どんな金庫よりも厳重に見えた。
「全然下手じゃない。いらない紙とペンを貸してくれないか?」
僕が頼むと、マリアはノートを胸に抱え込んだまま、別のノートを僕に差し出した。
「ペンは好きなものを使っていいよ」
そう言って、僕が取りやすい位置にペンケースを置いてくれた。
マリアのペンケースの中身はとてもカラフルで、シャープペンシルと赤ペンしか入っていない僕のものとは全く違っていた。僕はその中から馴染みのあるシャープペンシルを選んだ。
ノートは自由帳のようで、罫線がなく無地だった。僕は真っ白なページのど真ん中にシャープペンシルの先を置いた。
マリアが興味深そうにノートを覗き込んできた。
「できた」
僕はシャープペンシルを机の上に置いた。それからノートのページを開いたまま、マリアに渡した。
「これ、何だと思う?」
僕が問いかけると、マリアはうーんと鼻先で唸り始めた。
「熊……? 猫……? 虎……?」
マリアがメトロノームのように顔を左右に揺らす。
「正解は犬でした」
僕の答えに納得できなかったのか、マリアが絵を見直した。
「絵が下手っていうのはさ、こういうことを言うんだ」
マリアは笑っていいのかどうか悩んでいるようで、口の端が不格好に歪んでいた。
「ちらっとしか見えなかったけど、犬を描いてたよな?」
マリアが小さく頷く。
「絵が下手なおれからしたら、他人に何を描いたのかが伝わる絵が描けるっていうのは十分すごいことだと思う!」
つい熱くなり、握ってしまった拳を解いて膝の上に置く。
マリアが胸元から腕を下ろし、ノートを机の上に乗せた。
「一つだけ、教えてほしいことがあるの」
「何? おれが知ってそうなこと?」
僕は少し緊張した。彼女が僕に何を教えてほしいと思っているのか、全く検討がつかなかった。
マリアは自分から言い出したというのに、しっかり躊躇ってから、
「ミサンガに、何をお願いしていたの……?」
初めて僕に質問をした。
マリアが拾ってくれたミサンガは、自室の学習机の引き出しの中にしまってある。あのミサンガに、僕は……。
「サッカーの試合に勝てますように、って」
途中で声が掠れた。
「おれ、サッカー部なんだ」
マリアが、僕の答えをどう受け取ったのかはわからないが、無言でノートを差し出してきた。
僕はノートを受け取ると、早速中を開いた。
マリアの漫画は、雑誌に掲載されることを意識したように、話数の書かれた表紙から始まっていた。漫画の題名は『TITLE ROLL』というらしい。レタリング調で書かれていた。タイトルまで凝っているんだな、と思いながら、ノートのページを捲る。
物語は、村に住んでいる少年が、湖で謎の少女と出会う場面から始まっていた。少女の正体は一国の姫で、何者かに国を襲われ、とある使命を果たすために逃げてきたという。
主要な登場人物は、身体機能の一部に特殊な能力を持っているという設定だった。例えば、主人公の少年は足に特別な能力を持っており、人間離れしたスピードで走ることができる。彼はその能力を活かして、今で言うところの運送業や郵便配達のような仕事をしている。一方、ヒロインの少女は脳に特別な能力を持っており、人の心が読める。少女の国が襲われた理由にこの能力が関係しているのではないかという伏線が張られているが、どんな組織に国が乗っ取られたのかはまだ明かされていない。
少女の国は、数百年前にも悪い人たちに襲われた過去があり、そのときは七人の能力者たちによって救われたという言い伝えがある。少女の使命は、世界に点在している能力者を見つけ出し、国に連れて帰るというものだった。その能力者の一人が、主人公の少年というわけだ。主人公が少女の国を救うために、彼女と一緒に能力者探しの旅をするというのが物語の大まかなあらすじだ。
僕はマリアの描くファンタジーの世界に、すぐに夢中になった。
漫画は三話の途中で終わっていた。主人公の村を出発し、次に辿り着いた村で、おそらく仲間になるであろう、腕の特殊能力を持っている少年と出会ったところで途切れていた。
「すごい! すごいな! すごい面白い!」
漫画を読み終えるなり僕は、興奮に身を任せて声を張り上げた。
自分と同年代の子どもが漫画を描いているというだけでも十分すごいのに、マリアの描いた漫画は、絵が上手なだけではなく話もしっかり面白かった。
おそらく漫画の感想を初めて貰ったのであろうマリアは、僕からの称賛に戸惑っている様子だった。
「この後はどうなるんだ?」
僕はまだ描きかけの最後の一コマを指差した。
「えっ、えっと……」
マリアが吃った。
「やっぱり待った! ネタバレはよくないよな」
僕は一人で勝手に自己完結すると、マリアに向かって頷いた。
「漫画の描き方は、どこで勉強したんだ?」
僕は最初のページから漫画を読み直し始めた。話の展開が気になって、つい駆け足で目を通してしまっていた。
「誰からも教わってない。見よう見まねで、好き勝手に描いているだけ」
マリアが首を横に振った。
「そうなんだ。独学なんて、もっとすごいな……」
僕が褒めると、マリアは居心地悪そうに肩を竦めた。
ちらりと目だけを動かしてマリアを見る。このノートの中にある世界を、目の前に座っている女の子が生み出したのかと思うと不思議な気持ちになる。漫画や小説は大人が作るものだと思い込んでいたが、子どもにもできるのだと気づかされた。
もう一度読み終えると、僕はマリアにノートを返した。
「漫画の続きを読みに、また保健室に遊びに来てもいい?」
一瞬、間が空いてから、
「……うん」
マリアが小さく頷いた。
保健室は教室と同じ建物の中にあるというのに、空気から違っている。流れている時間も違っている。そのせいなのだろうか。マリアが他の女子とは違う風に見えるのは。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、僕は後ろ髪を引かれる思いで保健室を出た。
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