【第四話】疑念

 渓谷に差し掛かる頃、果たして水辺付近に留まっていたパト・マツヤの大群が襲いかかって来た。それらは渓谷一帯の水中と空中を泳ぎ回りながら氷属性の棘を飛ばして攻撃してくるため、俺たちは「方円の陣」を組んで、近接職を盾役として外周に、射手と術師が半ば固定砲台と化して内側より攻撃し、対処した。



 パト・マツヤの殲滅を終えた後、周辺の痕跡を調べるに、おそらく予想通り、撤退していった狂獣たちは渓谷を渡って土州に向かったようだ。


「もうすぐ日が暮れるが、どうする?」

水鏡が声かけてきた。ここまでほぼ休息なしに行動して来ただけあって、皆かなり疲労している。俺は水鏡が言わんとしていることを察した。

「渓谷を超えた先で少し休憩と準備時間を設けたいと思うが、どうかな。」

その一言に、心なしか全員の表情から少しばかり緊張が解れたように見えた。



 俺たちは渓谷を超えた先にある少し開けた場所に簡易拠点を築き、交代で食事を取ったり、武器の手入れをしたりして、各々一時の休息をとることにした。そして、そうこうしているうちに、すっかり日は暮れ、周囲を闇が包んだ。


 程なくして、どこからともなく霧が立ち込めてきた。俺たちはすぐさま身構え、注意深く周囲の気配を伺い始める。そんな中、少し離れた地点から気味の悪い鳴き声がした。

「この鳴き声は…ヌエ!?」

鵺は獅子と猿が混ざったような顔に虎の体、そして蛇の尾を持つ水州固有のキメラ種で、霧の出る夜にしか姿を現さないとされている。


「鵺だと?」

「この霧のせいで上手く気配を感じ取れない。みんな気をつけて!」

「全員、陣形を組んで。射手と術師は内側へ。」

俺たちは互いの立ち位置を確認しながら、素早くスカイフィンと戦った時と同じように「方円の陣」を築いた。


 鵺は元々が強いゆえに、もし狂獣と化していた場合、果たしてこの25人で対処できるかどうか、俺は正直自信がない。勿論水鏡含め、他のハンターたちも同じだろう。



 皆が全方位に向けて注意を払う中、一人のハンターが霧の中でのっそのっそと歩く大きな影を捉えた。

「あそこ!」

全員がそのハンターが指し示す方向に視線を移す。霧の中に薄っすらと浮かび上がるシルエットと黄色く光る二つの眼光からして鵺に間違いない。


 誰が言い出すわけでもなく、近接職が射手や術師を庇うように「衡軛コウヤクの陣」に陣形を整え直した。その直後、鵺が靄のような何かを吐き出した。瞬く間に拠点の焚き火は消され、周囲の草木が騒がしく音を立てる。

「これは!?幻術に注意!」

一人の術師ハンターが全員に呼びかけたが、その時、俺の体は既に本能的に動き出し、鵺に向かって斬りかかっていた。


 攻撃は避けられてしまったが、間一髪で幻術の完成を阻むことができた。そこへ、

「水塊!」

という水鏡の声とともに、どこからともなく発生したいくつもの大きな水の塊がハンターたちを囲うように並んだかと思うと、一斉に弾けて幻覚となる煙を吹き飛ばした。その様子に鵺は鳴き声を上げ、周囲の空気が激しく振動した。


 俺たちは逆毛立たせるその声に耐えながら、順次攻撃を仕掛けていく。鵺は火属性以外の属性攻撃はほとんど効かないため、術師たちは仲間の補助へと回り、射手たちは対象の動きを制限するように鎖付き剛矢を射て物理結界を形成し、近接職は相手の攻撃を捌きながら、カウンター攻撃を一撃一撃確実に叩き込んでいく。



 どれくらいの時間が経過したのだろうか、地形と知恵と力、利用できるもの全てを注ぎ込んで戦ったおかげで、遂に鵺は断末魔と共に息絶えて、その場に倒れ込んだ。同時に、俺たちも一斉にその場に座り込む。

「何とか、なった、な。」

俺は切らした息を整えながら、全員に声かける。数名の負傷者を出したが、幸運にも全員生き残れた。


 皆が互いに労いの言葉を掛け合う中、

「こいつ、だったら、可能、かもな。」

鵺の亡骸の方を眺めながら水鏡が呟いた。おそらく今回の獣潮を取り仕切っている個体がこの鵺だと言いたいのだろう。確かに狂獣化した鵺の力と気配を消す霧の術を以てすれば、俺たちが感じた違和感の説明が付く。

「とりあえず、収束に向かうと、いいな。」



 しばしの休息の後、俺たちが土州側の作戦地点へと急いでいると、どこからともなく漂ってきた血生臭い匂いに違和感を覚え、全員が立ち止まる。

「これは、人の血の匂い。」

「それって…。」

「だが、狂獣たちの匂いは一切しない。どういうことだ。」

「周囲を警戒しつつ、匂いを辿ってみよう。」

俺たちはすぐさま「方円の陣」を組んで、慎重に周囲を警戒しつつ、匂いの元を辿っていった。そして、現場にたどり着いた俺たちは目を疑った。


「こ、これって…。」

そこには一群の死体が転がっていた。近づいて確認してみると、その全員が何かに引き裂かれたような傷を有していることがわかった。

「コイツらハンターではないな。何でここに…」

「一方的にやられているわね。」

「形状と大きさからして、鵺の攻撃によるものだろう。」

「ってことは何か。俺たちが倒した鵺がコイツらを?」

「お、おい!これを見ろ!」

各々が現場の分析をする中、一人のハンターが何かを見つけて叫んだ。全員彼の元へと駆け寄り、その手元を見る。


 そこには何かが書かれた一枚の血まみれの紙があった。俺はそれを手に取って読んでみる。

「狂獣討伐作戦に当たっているハンターを一人残らず始末せよ。」

「な、何よ、これ!」

「これは指令書だな。湾曲した短刀、暗器数種。コイツら、アサシンだ。」

「どういうこと?」

「今回の作戦、何か裏があるってことだな。」

ハンターたちが顔を見合わせる。

「ひとまず土州の作戦地点に急ごう!」

土州側のハンターたちの安否が気になる俺は一刻も早く向かうことを提案した。



 程なくして、狂獣たちの死骸がちらほらと現れ始めた。そして作戦地点に辿り着く頃、そこには狂獣たちの屍の山が築かれていた。だが人の姿は見えない。

「撤収した…のか?」

「合流する手筈だったのだが。」

「けど道中、彼らの気配も痕跡もなかったわよ。」

「それに、狂獣たちから素材となる部位の回収もしていないな。」

「まさか、あのアサシンたちにやられた?」

「アサシンたちがいた位置からして、おそらく俺たちハンターを待ち伏せするつもりのように見えたが。」

「先へ進んでみよう。」

頭の中の整理が追いつかないまま、更に探索してみることにした。



 幸い、すぐに彼らを見つけることができた。俺たちの気配を感じ取って、向こうから出迎えに来られたからである。フクロウを模したヘッドギアをした女性が口を開く。

「私はミネルヴァ。今回の作戦において、土州側のハンターを統括している身です。貴方たちは水州のハンターたちですね。」

彼女と会うのはこれが初めてだが、それでも凄腕のハンターであることが直感でわかる。自ずと、俺の口調も丁寧になっていく。

「俺、あっ、私はレイヴン。一応水州のハンターたちの隊長的な立場です。かなりの狂獣を相手したと見受けましたが、皆さん無事でしょうか。」

「はい。負傷者多数ですが、皆命に別状はありません。」

彼女はそう言いつつ、少し離れた簡易拠点の方を一瞥する。

「皆さんの獅子奮迅のご活躍に敬意を表します。」

「ありがとうございます。それにしても、今回の獣潮、かなりの異様さを感じましたが、そちらはどうでしたか?」

おそらくミネルヴァたちも俺たちと同じようなことを感じ取ったようだ。となれば、ここは包み隠さずに話すべきだろう。



 簡易拠点の中で、俺は彼女らにここまでの一部始終を聞かせた。


「狂獣化した鵺の討伐、誠にご苦労様でした。それにしても、アサシンとは…。」

「この土州はモノリス家が牛耳っているから、やるとすれば彼らか。」

「或いは水州のウシオ家か。いずれにしても、七大家族がギルドに危害を加えようとしているのは確かだろう。」

「今の両者の関係からして、遂にといったところですね…。それで、レイヴンさん。この後どうされるか、何か考えはありますか?」

「この件はひとまず土州の支部に報告しようと思います。一応、アサシンたちが死んだ地もここですし。それと、万一に備えて、夜が明けるまで警戒を怠らず、お互い容易に確認できる範囲内に居ましょう。」

俺はミネルヴァたちに提案し、彼女たちは快諾した。



 翌朝、俺たちはミネルヴァ一行と一緒に土州の討伐隊拠点へ向かった。道中で意外は生じず、無事三日目に拠点に着いた俺たちは作戦終了の報告とともに、央州にあるギルド本部宛に一通の密書を送ってもらうことにした。

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影の騎士団 Azu. @Azu_kagekishi

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