【第三話】戦友

 例の護送の件から一週間後、ギルド本部より緊急指令が届いた。どうも水州と土州の州境のある地点に多数の狂獣の痕跡が見つかったらしく、来たる獣潮を初期段階で阻止するため、急遽両州各地の拠点に募集がかかった。勿論、俺はそれに応じて、今、指定の支部に来ている。


「久しぶりだな、レイヴン。」

爽やかな声と共に俺は肩を叩かれた。振り向くと、そこには友の顔があった。

水鏡スイキョウ!」

水鏡とはハンターの同期である。同い年で且つよく一緒に狂獣討伐をしていたこともあって、お互い気の知れた間柄となっていたが、一年前、七星学院の入試のことで家族からの招集を受けて彼は実家に帰ってしまい、お互い会えなくなっていた。因みに、その家族というのは1500年以上の歴史を持つ由緒正しい水州の名家、瑠璃家…の数ある分家の中の一つである。


「いつ戻って来たんだ?」

「つい数日前さ。今回の件の応募しにね。」

「そうなのか。ってか、それならそっちからでもできただろ。」

「いや、ほら、あっちだと家族の目が厳しくてさ。」

「ふーん…ん?さてはお前、黙って飛び出して来ただろ。」

「ギクッ」

「おいおい。七星学院の入試を控えているんだろ?こんなことしてる場合じゃないと思うけど。」

「まあまあ、ここはひとつ気分転換に付き合ってくれよ、な?」

「ったく、遊びじゃねえんだぞ。命の保障だって…。」

「わかってるよ。けど、それはお前も同じだろ?」

「ああ。だけど俺は、絶対に狂獣どもを許さないと誓ったからな。」

「俺もだよ。」

水鏡の思いが込められたその一言に俺は深く息を吐いた。

「そう…だな。まあ、あまり足を引っ張るなよ。毎日勉強漬けで、感覚と体鈍ってるだろ?」

「はっ!実技試験に向けて毎日きちんと鍛錬してるわ!」


 現地に派遣されるハンターの数は両州合わせて50人程度となった。正直、報告された痕跡の数から予想される獣潮の規模は、その倍のハンターを以てしても食い止められるかどうか怪しい。だが、これには仕方ない事情が絡んでいる。それは、虹の国の現状とも深く関係していることだ。


 虹の国はもはや一つの国としての体を成していない。央州に各州をまとめ上げる力はもうなく、一方で、その各州は七大家族によって割拠されている。


 彼らが互いに反目し合っているのは言うまでもないが、ハンターズギルドに対してもかなり敵対に近いレベルの態度をとっている。おそらく戦力的に油断ならない一勢力として捉えているからだと俺は考えている。


 ゆえに、今回の州境の作戦にこの程度の人数しか動員できないのは、両州でそれぞれ実権を握っている大家族を刺激しないためと言えよう。また、俺たちが基本的に対人を禁止されているのも同じ理由だ。実に阿呆臭い話である。



 拠点を出発してから二日後、俺たち水州側のハンター25人は作戦地点の渓谷に到着したが、現地の状況に俺は違和感を覚えた。どうやら水鏡も同じだったようで、

「なあ、これだけ目にみえる形で多くの痕跡があるのに、静かすぎないか?」

「ああ、道中も……っ!!全員、臨戦体勢へ!」

俺はハッとして声を張り上げたのと同時に、目の前に狂獣の群れが現れ、襲いかかって来た。俺と水鏡が咄嗟に他のハンターたちの前に出て迎え撃つ。


 俺は大剣の剣身で水鏡を空中に打ち上げると、そのまま大剣を回転させながら接敵して斬撃を浴びせていき、一方の打ち上げられた水鏡は上空から凛扇リンセン(=武器として使える扇子の一種。魔法の触媒としても使える)で連続した衝撃波を放ち、突撃してきた狂獣たちを牽制した。そこへ、準備を整えた他のハンターたちも加勢する。



 狂獣の群れはウルフェン、飛魚型のパト・マツヤ、クマ型のロッククロー、サイ型のカヴァーチャという攻守のバランスが整った厄介な組み合わせで構成されており、地形からして一歩判断を間違えれば、あっという間に畳み込まれて全滅という結末もあり得る。

「ここは不利だ。渓谷から離れよう。」

俺は狂獣たちの相手をしながら他のハンターたちに呼びかけた。

早速、水鏡が道を切り開き、ハンターたちが続々とそれに続いて、最後尾の俺が大剣に溜め込んでいた火の力を解き放って炎の壁を作り、一時的に狂獣の攻勢を食い止める。

「みんな!あの丘の上に登ろう!」

前方から水鏡の声がして、それに応答するように、すぐに土属性の魔法が使えるメンバーたちが岩の足場を作り出していき、全員そのを伝って丘の上へと登っていく。


 集団の相手が厄介なれば、ばらけさせれば良い。狂獣間の顕著な機動力の差、パト・マツヤが持つ水場からあまり離れない習性を利用するのである。


「さて、今度はこっちが待ち受ける番だ。射手と術師は先頭の奴らを頼む。他はできるだけ食い止めるぞ!」

俺たちは狂獣たちの機動力の違いを利用して、ウルフェン、ロッククロー、カヴァーチャの順に最適な戦法を以て対処した。



 戦闘は思ったよりも早く終わった。狂獣たちが撤退していったからである。

「狂獣が撤退だなんて、これまで一度も経験がないわよね。」

ハンターの一人が思わず呟く。

「ああ、それにアイツらが出現した時も、まるで一瞬でそこにいたような感じだったよな。」

別のハンターが続いた。


 確かにおかしい。と言うよりおかしい点しかない。狂獣はいわば究極の狂戦士であり、奴らは戦いの最中で決して逃げ出すことはない。それに狂戦士ゆえに、気配を消して忍び寄るようなことはしないし、そもそも先ほどの組み合わせの中に、隠密能力を持つ狂獣はいない。

(いないはずだよな…)

俺は何か引っかかる点があるのか、自分の推察に自信が持てない。


「土州の方はどうなってるんだろ。」

誰かが発したこの一言に、俺と水鏡を含め何人かがハッとした。

「まさか!撤退した奴ら、土州の方に向かったとかじゃないよな?」

「もしそうだとしたら、これはただの獣潮ではない。」

「それって、2年前のアレと同じってこと?」



 2年前。俺がいた村と近隣の村々や町を襲ったあの獣潮は、まるで司令塔がいるかのような動きを見せていた。俺の両親が命懸けでその個体を突き止め、仕留めたおかげで収束を迎えたが、ハンターを含め、多くの人たちが犠牲になった。



 俺たちは気持ちを引き締めなおし、すぐに出発の準備に取り掛かった。

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