【第二話】夜行(後編)

 話を現時点に戻して。


 山道に入ってから程なくして、俺は後方に数体のウルフェンを捉えた。現場に残された俺や彼女たちの微かな匂いを頼りに後を追って来たに違いない。数は4。対するこちらは対狂獣の実力が不明の三人と…俺だ。こういう状況では先手を打って、あとは成り行きを見ながら臨機応変に対応するのが最適だろう。


 俺は走っている状態から片足で踏ん張り、力を込めるように息を止めて大剣を掴むと遠心力を乗せて後方に投じた。大剣はトップを走っていたウルフェンの両腕に防がれたが、既に俺の手はその柄を掴んでおり、大剣を水平に半回転させながら、すれ違いざまに背後から斬りつけた。


 斬られたウルフェンは体勢を崩して激しく進行方向へと転がっていく。俺は振り返ることなく直ぐに大剣を構え直して、次の一体へと振り下ろした。


 その攻撃は避けられてしまったが、振り下ろされた剣身が地面に着く前に、俺は咄嗟に大剣の向きを90度に傾けながら体を回転させて方向を調整し、逆袈裟斬りを放った。


 ウルフェンが吹き飛ぶ。見るに致命傷ほどではないが、かなりの重傷を負わせることができたようだ。


 刹那、別の個体からハイドロポンプが飛んでくる。俺は間一髪でそれを避け、女性たちのいる地点と反対の方向から素早く対象との距離を詰めていき、そして、体を回転させながら滑り込んで、大剣を其奴の腹部に叩き込んだ。


 そのウルフェンが崩れ落ちていくのを横目に、俺は止めていた息を一旦吐き出しながら、背後に迫っている最後の一体へ回転攻撃を仕掛けようとしたところ、其奴は俺の目の前で倒れ込んだ。その背中にバツ印の深い切り傷。やや離れたところから護衛の二人が細剣を携えているのを見るに、彼女たちが仕留めたのだろう。



 周辺一帯に目を配る。最初の一体は既に事切れており、重症を負った一体はまだ息をしているが、もう動けそうにない様子だ。

「恩に着る。」

俺はひとまず二人に礼を言って、手前に倒れているウルフェンの背中の傷を改めて観察した。

「この傷…、心の臓まで達しているようだな。風の力をその細剣に纏わせて、斬撃波として飛ばしたのか。」

「そんなところよ。それより貴方、今の速攻、見事ね。」

「伊達にハンターやってないからな。」

「それに観察眼も優れているわ。傷跡見ただけで攻撃手段を正確に言い当ててしまうなんて。」

「うん?ああ。優れた師がいてくれたおかげ…かな。」

俺はそう言いながら息も絶え絶えの一体にトドメを刺そうと近づいて行くが、フィオーレに止められた。


「どうかしたのか?」

俺は尋ねたが、彼女は黙ったままそのウルフェンに近づき、それの額に手を乗せた。すると、その手から緑色の光が溢れ、ウルフェンの中へと染み込んでいく。

「!?」

「やはり…。」

フィオーレはそれだけ呟くと、ウルフェンから離れた。不思議なことに、そのウルフェンは眠るようにして静かに息を引き取った。



 俺たちは引き続き夜道を急ぐことにした。先ほどのフィオーレの行動と呟きが頭から離れない。だが、本人から話さない以上、俺もわざわざ聞き出すつもりはない。



 やがて最後の峠を越え、遠くにサラスヴァティーの夜景を視界に映る頃、周囲に複数の鋭い殺気を察知した。明らかに狂獣のものではない。

「これは…。」

『暗部!』

咄嗟に二人がフィオーレを庇いながら剣を抜いた。どうやら彼女たちも同様に察知したようだ。

「困ったな。対人は基本的に禁止されているんだが…。」

俺がそう呟いている中、暗器が飛んで来た。反射でそれらを弾く。同様にフィオーレを守っている二人も素早く斬撃でそれらを跳ね返すが、その間、相手は完全にこちらを包囲した。


「10人。いや、まだ顕身(=身を晒す)していない奴が数人いるな。」

「対人ができないなら、せめてお嬢様を守って。此奴らは私たちでやるわ。」

片方がそう言い終えるが早いか、二人揃って疾風の速さで次々とアサシンたちを相手取っていく。だが、多勢に無勢、彼女ら二人では全員を相手することはできない。当たり前のように数人が俺に対して攻撃を仕掛けてくる。

「これは正当防衛を適用していいんだよな?」

俺は自分にそう問いかけながら、攻撃してきたアサシンの一人を体術によるカウンターで捩じ伏せると、そのまま奴の武器を奪いつつフィオーレの手を掴んで、彼女を庇いながら敵へと斬り込んだ。



 最後の一人を仕留めた時、俺と二人の護衛役は息を切らしていた。

「コイツら、なかなかのやり手だったな。」

「貴方、本当にハンター?対人慣れしているように思えるけど。」

「まあ、戦いの基本は同じ、だからな。」

「…」

「3人ともありがとうございました。少し休んだら、すぐに出発しましょう。」

「夜明け前にはサラスヴァティー入りをしないとですね。」

「敵の増援がなければ、問題ないだろう。」



 サラスヴァティーまであと少しのところで、

「ハンター様、遥々ありがとうございました。ここまでで大丈夫です。お礼と言ってはなんですが、これをお受け取りください。」

フィオーレは俺にそう言って、報酬が入っていると思われる次元指輪を一つ差し出した。

「そうか。けど、報酬は受け取れないよ。こっちも狂獣退治手伝ってもらったからね。それに、正規の任務以外で報酬を受け取ることは一応禁じられているから、気持ちだけ受け取っておくよ。」

「そう…ですか。では、いつか正規に依頼する機会があった際にご指名したいので、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「レイヴンだ。黒羽の狩人、レイヴン。」

俺は纏っている鴉羽の衣を親指で指しながら答えた。

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