第一章

【第一話】夜行(前編)

 俺の名はレイヴン。年は18。人間族…だと思う。と言うのも、俺は赤子の時、とある中年夫婦に拾われた身で、自分の出自をよく知らないからだ。


 彼らの話によると、俺は書き置きと一緒に鴉羽の衣に包まれた状態で篭に入っていたらしい。そして、俺の名前もその衣に因んで彼らが付けたものだ。


 子供がいなかった彼らは、俺を実の子のように育ててくれた。学問と道徳、そして、この世界で生きていくための心得、武術と魔術。特に後者の彼らのその域は、とても小さな村でひっそりと暮らしているような者が到達できるレベルではないと度々思っていたものだ。


 そんな両親は二年前、獣潮ビーストタイド(=狂獣の大群による襲撃)から村を守る際に負った深傷が原因で命を落とした。俺は二人の遺志を継いで狂獣討伐を担うハンターズギルドに所属したのだが、何度か功績を上げたことから、水州のいくつかの地域では「黒羽の狩人」という名で親しまれるほどの存在になっていた。



 俺は今、夜道を急いでいる。身辺には三人の女性。俺はとある経緯で彼女らを水州の古都サラスヴァティーまで護送することになっている。では、何故ハンターの俺がこんなことをしているのかというと、話は数刻前まで遡る。



 その日、俺はハンターの日課として、いつものように朝から所轄の区域を巡回していた。俺が受け持っている区域では二年前の獣潮以降、狂獣たちの出現は減少の一途を辿っているが、油断はできない。あの惨劇を二度と繰り返さないためにも、常日頃、如何なる小さな変化や痕跡も見逃さずに見回るようにしている。


 正午を回った頃。狂獣の痕跡らしきものを発見した俺はそれを追跡して担当区域の少し外れまで来ていた。


 そんな折、そう遠くないところから複数の剣戟の音が聞こえてきた。

(これは…、人対人?こんな田舎にまで争覇の波が迫ってきたのか…?)

一般的にハンターは人同士の争いに参与しない。それがルールだからだ。だが、この時の俺は狂獣の痕跡のこともあり、ひとまず音のする方へと向かうことにした。


「クソアマが!良くもやってくれたな!」

「どの家族の走狗かは知らないけど、相手を間違えたわね。」

「命が惜しければ、今すぐこの場から失せな。」

「ちっ!ふざけやがって。こうなったら…。」


 二人の女性が一人の女性を庇いながら大勢の野盗らしき者らと対峙しており、周囲にはその二人に斬り捨てられたと思われる数体の屍が転がっている。そんな中、野盗の頭らしき男が信号を打ち上げた。


「取り分は減るが仕方ねえ。ゼロになるよりかはマシってもんだ!」

「此奴っ!」

「野郎共!増援が来るまでこいつらをこの場に留めておけ!」


(面倒なことになったな。だが、狂獣の痕跡のこともある。もう少し様子を伺うことにするか。)

俺はそのまま草陰に息を潜めた。



 程なくして、大勢の気配が近づいてくるのを感じ取った。だが、それに混じって異様な気配がした。


 突然、少し離れた地点から大きな土煙が上がり、立て続けに聞こえる断末魔に、断続的な地響き。

(これはっ!間違いない!)

俺は確信し、すぐさま臨戦態勢に入る。



 すぐにそれは現れた。銀色の毛並みを持つ人狼型の狂獣ウルフェンである。その両手は鮮血で赤く染まっており、襲われた者らの末路が容易に想像できる。

「きょ、狂獣!」

現地にいた者ら全員が狼狽える中、ウルフェンは一番近くにいた者を鋭い爪で引き裂いた。そして、奴が次の標的へと攻撃を仕掛けようとしたところで、俺は飛び出て、「獣狩りの大剣」でそれを受け流した。

『!?』


 ウルフェンはサイドステップしながら、全身に氷を、爪に風を纏いながら、連続して引き裂き攻撃をかまして来る。それに対して、俺はその一撃一撃を丁寧に捌きながら隙をついて、大剣をその腹部に叩き込んで氷の鎧をかち割った。


 ウルフェンは一瞬よろめくも、すぐさま俺と距離をとり、今度は口を裂けんばかりに大きく開いた。

「しゃがめ!」

俺の叫びとほぼ同時に、ウルフェンは口からハイドロポンプを放ってきた。対して、俺はしゃがみ込みの体勢から水属性の力を借りて滑り出し、ウルフェンの懐へと潜り込みながら力を込めた一撃を先ほどと同じ部位に突いて、奴の腹を貫いた。ハイドロポンプに血が混じって赤く染まる。


 ウルフェンが力尽きて地面に倒れ込む。俺が後ろを振り向くと、無惨な姿と化した野盗らしき者らと、薙ぎ払われて無造作に倒れ込む木々がそこにあった。


 突如、一本の倒木が真っ二つに切られ、二人の女性と彼女らに支えられながらもう一人の女性がそこから姿を見せる。

「無事か?」

俺はやや驚きながらも声をかけ、近づいていくが、そのうちの一人が剣を抜いて牽制してきた。

「そこで立ち止まれ!何者だ。何故ここにいる?」

彼女は捲し立てるように俺に尋ねたが、

「ハンターだ。狂獣の痕跡を追って来てみたらこの有様といったところだ。それより…」

と俺が返事をしている最中、

「すまなかった。では失礼する。我々のことは見なかったことにしてくれ。」

と彼女らは一方的に言うことだけ言ってこの場から立ち去ろうとした。


「ちょっと待ってくれよ。」

この言葉に彼女たちは足を止め、手前の二人が剣に手をかける。

「見るに、アンタらはこの地に詳しくないだろう。狂獣の出現が確認された今、勝手に行動して他の狂獣どもの注意を惹かれては困る。」

俺は誤解がないように説明した。

「狂獣がまだ他にもいると?」

「コイツはウルフェンと言って、もともとはここ水州に生息する魔獣シルバーウルフだ。数頭で群れを作って暮らし、一般的には月が出ている夜にしか姿を見せない。

そして狂獣と化した場合、昼夜問わず現れるようになるが、群れで暮らしているのは不変だ。おまけにコイツはリーダー格のようだし、どういうことかはわかるな。」



 二人は説明に納得したのか、臨戦態勢を解く。そんな中、

「命を助けて頂いたのに、お礼も言わずに立ち去ろうとしてしまい、申し訳ありません。私はフィオーレと申します。」

ずっと黙っていた一人が初めて口を開いた。

『お嬢様!』

思わず他の二人が反応するが、その女性は二人を制しながら、

「私は理由あってサラスヴァティーへ急がなければなりません。貴方さまと道中一緒でしたら問題ないのでしょうか。」

と尋ねてきた。物腰柔らかだが内容に一切無駄がない。本当に切羽詰まっているのだろう。

「確かにそれなら問題ないが、その前にこの場を収拾する。このままにしておくのは危険だからな。それに、俺たちの痕跡もできるだけ消しておきたい。」

俺は承諾しつつ、早速火の力を凝集して放ち、辺り一帯を焼いた。



 暫しの後。

「これで少しはマシになるだろう。」

「そのウルフェンは焼かないの?」

うちの一人が素朴な疑問をぶつけてきた。

「ああ。コイツを焼くのは逆効果だ。それに、用途もあるしな。」

俺はそう言いながら、ウルフェンの爪と牙を剥ぎ取り、次元指輪(物を保管できる空間が封入された指輪)に仕舞い込んだ。


 狂獣は霊獣や魔獣から生じるとされるが、その際に体と性質が大きく変わることもある。その最たるものが、狂獣は絶命後に魂晶石ソウルクォーツにならない(=肉体が消滅しない)という点で、おかげでそれらから鍛錬や錬金術の素材を回収することができる。


 例えば鍛錬の点から言うと、ウルフェンの爪と牙は元のシルバーウルフのものと比較して大きさと属性の力が強化されおり、その上頑強さと鋭さもそれ相応に強化されている。こうした素材を適切に武器や道具に取り入れることで、狂獣たちとの戦いを有利にしてくれるというわけだ。


 現に俺が愛用しているこの「獣狩りの大剣」は、ベースこそ亡き父の形見だが、風属性と土属性の狂獣の素材で攻撃速度と一撃の重厚さを強化している。先ほどの戦闘で、俺がウルフェンの氷の鎧を簡単に破ることができたのはこれの相乗効果のおかげである。また、ハンターズギルドに所属していれば、こうした素材を公認の行商人たちと違う素材に交換したり、金銭に換えたりすることもできる。

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