第7話

 部屋の一番奥で彼女がくつろいでいた。不思議な空気だった。毎週通っていた見慣れた部屋なのに、初めて入るような心持ちになった。それとやけに僕の目は冴えていた。


「うーん、何から話したらいいんだろ」


 ボソリと呟く声が聞こえた。


「私ね、今日で最後なんだ。」


「最後ってなにが?」


 僕は恐る恐る聞いてみた。


 彼女はニコッと微笑えんだ。


 それだけで何となく、伝わった。


「私ね、未来から来たんだ……って言ったら信じてくれる?まぁ、信じてくれなくても問題ないんだけど」


「未来からってのはよく分からないけど、何か特別な人なのは知ってるし、信じるよ」


 彼女とはじめて会った時から、それは気付いていた。彼女の周りでは時間の感覚がおかしくなるのだ。一時間経ったと思えば三十分しか経っていなかったり、その反対も起きたりする。


「私ね、未来の君と結婚するんだ。今から十二年後にね。だけど君はそれから一年も経たずに死んじゃうんだ。」


「僕、死ぬんだ」


「うん、死ぬの。だから過去に戻ってきた。君ともっと沢山楽しいこといっぱいしたくて」


「でもそんな楽しいことしたかな?」


「うん、いっぱいしたよ。毎週映画見たでしょ?君が寝てる間、一時的にだけど、未来の君の魂を無理やり混ぜてたんだ」


 僕はいつの間にか、未来の僕と一緒になっていたらしい。はじめて聞いたことだ。というか仕組みもよく分からない。あまり要領が掴めない。


「やっぱり分からないよね。私、生まれた時から時間をいじれるんだ。だから今ここにいられるの。私の意識だけを風に乗せて、それを混ぜてるの。君と同じだよ」


 彼女は少しずつ早口になって、言葉数も増えていった。分からないが恐らく、もう未来に帰らないといけないのだろう。


「その辺のことは、もう、言わなくていいよ。多分今聞いても分からないし、ちゃんと説明しなくても、全部信じるから」


「えっ、あ、そう……ありがとう」


「だからもっと他のことが聞きたいな。多分もういなくなるんでしょ?」


 僕はゆっくりと彼女の手を握った。目の錯覚か、彼女は少し薄くなっている気がした。肉体はちゃんとあった。その代わり、彼女の存在感が薄くなっていた。未来の自分とやらが、消えているんだ。そんな気がした。


「うん、そう。もうダメなんだ。ごめんね、こんな急に。全部私のわがままに振り回してさ。」


 彼女は大切そうに僕の手を離した。


「もう、帰るよ。お願いなんだけど、家のドア開けてくれないかな?風が吹かないと帰れないんだ」


 僕はすぐ後ろにあるドアに目線を向けた。そしてまた振り返る。まだ彼女はいた。目を離した隙にいなくなる……なんて事はないらしい。


 ――いや、さっき彼女を信じると決めたばかりじゃないか。


「ねぇ、私さ、帰っちゃうけどさ。今の私のことも、好きでいてくれるかな?」


「うん、愛してるよ」



 私は長い夢を見ていました。


 男の子と出会って、一緒に映画を見て、一緒に寝て、一緒に生活をして、結婚をして、亡くして、生きる夢。


 とても楽しくて、苦しくて、でも温かかった。


 私はあの人と出会いたい。そして一緒になりたい。


 そう、思いました。

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時間を操れる女の子に、操られる話 クロックス(Qroxx_) @gacheau_tocolat

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