その9

 月曜日の昼休み。俺は部活のやつらを集めた。

 4人で机を囲む。


 「まず活動理由が必要だ」

 「だから、お前の食生活をだな......」


 ホンモトは相変わらずそれで行こうとしているようだ。いや、せめてカスガノ先生にそう言ってくれていれば顧問を引き受けていたかもしれない。


 「正直それだと個人的すぎるよね」


 リミエがもっともなことを言う。


 「たぶんわたしたちが卒業した後も続いていくような部活じゃないと通らないと思う......」


 ナカエさんは真剣な表情をしていた。やっぱり部活をつくろうとしたことがあるのだろうか?


 「乃愛ちゃんって部活つくろうとしたことあるの?」


 俺が配慮して聞かなかったことをホンモトはなんのためらいもなく聞いた。


 「つくろうとしたっていうか、つくる方法を調べたことがあるだけだよ」


 しかし、特に彼女の地雷ではなかったらしく、ナカエさんはあっさり答えた。考えすぎだったか。


 「おお」


 ホンモトは適当な相槌を打つ。聞いといてなにが「おお」だよ。


 「そ、そんなことはいいから活動理由を考えない?」


 ナカエさんはちょっと照れていた。


 「でもなぁ。コイツの食生活をどうにかするで行けると思ってたからなぁ」

 「まず、それは無理だし、俺にあんなことやこんなことを教えるとか春日野先生に言っただろお前」

 「〜♪」


 俺の指摘を聞いてホンモトはそっぽを向いて口笛を吹いた。ベタなやつだ。

 だいたいおそらくテクニックならコイツより俺のほうがあるだろう......


 「そうはいってもねー。ウチらノリでやってる感じだからねぇ」

 「そうだろ。やっぱりラファトの食生活をだな」

 「お前一点張りだな!」

 「食生活......あっ!」


 ナカエさんがなにかひらめいた顔をした。


 「ヤショクってどうかな?」

 「あー、夜食?」

 「ううん、野食」

 「え?」


 嫌な予感がする。

 いや、俺はそのへんのものを捕まえたり引っこ抜いたりして食べるのには慣れてるし、食費を浮かせられそうだからいいが、他の2人は抵抗ないのか?というかナカエさんは自分で言っておいて――目が輝いているが――できるのか?


 「いいね!おもしろそう!」


 リミエが賛同する。


 「まっマジかよ!?」


 ホンモトが怖気づいている。そういうことなら俺はリミエに加勢する。


 「俺も賛成だ」


†††


 「先生、顧問になってほしいです」

 「サダムくん!?」


 放課後の職員室でカスガノ先生は不意を突かれた様子で俺を見た。


 「少し前にホンモトが先生に頼みに行ったみたいなんですけど、アイツの言った活動方針は違うんです」

 「本本くんはサダムくんにいろいろ教えるとか言ってたよ。何を教えるのかはわからなかったけど」


 あいつはマジで言ったのか。


 「はい。そんな目的ではなく、もっとマトモなやつです。野食です」

 「夜食?」

 「違います。野外の野に食べるです」

 「ワイルドねぇ」

 「ワイルドだろぉ?......って亡くなった人のギャグじゃないですか!やめましょうよ!」

 「まだ生きてるわよ......」

 「そんなことはどうでもよくて」

 

 なんか、ホンモトの気持ちがわかってきたかもしれない。カスガノ先生は困らせたくなる。

 サダムくんが言ったんじゃ......と困惑するカスガノ先生だが、俺は無視して続ける。

 

 「響きだけ聞くと野蛮かもしれませんが、そんなことないんです。例えば桜が浜は海が近くにありますよね?」

 「うん」

 「と、いうことはは魚がいるわけです。でもそのうち食べられてるのは数種類。その何倍もの魚がいるのにですよ?」

 「未利用魚ね」

 「そうです。そういった食べられるのに捨てられるものに目を向けて命の大切さを学ぼうとする部活を目指してます!」


 俺は堂々と言い放つ。

 ちなみにこの理論はナカエさんが考えた。思いっきり建前だ。ナカエさんはたぶん本当は好奇心からだし、ホンモトやリミエは皆で集まって遊びたいだけだろう。俺は食費を浮かせたい。


 「いいわ。顧問になったげる」

 「え?」


 即答に驚く。


 「あ、ありがとうございます......」

 「何驚いてるの?頼みに来たのはサダムくんじゃない」


 カスガノ先生はおかしそうに言った。


 「いやでも......ホンモトがダメだったのはアイツが頭おかしいからですか?」

 「ううん。本本くんのことだから、本人たちの同意を得ずに勝手にやってるのかもしれないと思ったの」

 

 なんという信用されてなさ......。流石にホンモトがかわいそうになってくる。


 「でもサダムくんに頼まれたらやるしかないわね」


 カスガノ先生はうふふと笑って言った。


 †††


 職員室を出るともわっと熱気が来る。本当に夏が近いというか、もう夏なんじゃないかという気温だ。アリャバニスタンも暑いが、湿ってる分日本の方が暑く感じる。

 ワイシャツの胸元をパタパタさせながら階段を降りると、人影が3つ。


 「うい〜」


 半分溶けた顔でリミエが手を振ってくる。 


 「待っていてくれたのか」

 「かっ、勘違いしないでよね!」


 なぜかホンモトが顔を赤らめる。


 「嬉しくない。というか気持ち悪い」

 「ガーン」

 「やっぱりラファトくんと本本くんって......」

 「断じて違う!」


 リミエを制し、ナカエさんの方を向く。


 「ナカエさんもありがとね」

 「いいってことよ!それで......どうだった?」

 

 俺は先生が顧問を引き受けてくれること、ナカエさんの考えた部活の目的が通ったことを話した。ホンモトが先生に全く信用されていないことは......かわいそうだから話さなかった。

 皆喜んでいてよかったよかった。


†††


 帰り道、途中までは皆で帰るが、途中からはナカエさんと二人になる。


 「よかったね。先生が顧問引き受けてくれて」

 「ああ。思ったよりすんなり行ったよ。ナカエさんの考えた部活の理念が良かったな」

 「またまた〜」


 ナカエさんは照れながら俺をパタパタと叩く。


 「ところで――」


 俺はナカエさんの方を見る。


 「うん?」

 「なんで野食なんて思いついたんだ?ギャルには野食のイメージなんてないぜ」

 「まあね」


 彼女はふふんとドヤ顔する。いや、別にドヤることではないが......。


 「人は見かけによらないってことだよ」

 「確かに、学校でギャルでも、家ではFPSにマジになってる人もいるからな」

 「え?なんで知ってるの?」

 

 ナカエさんはめちゃくちゃ驚いた顔をする。


 「いや、聞こえてるから」

 「えええええ!?」


 ナカエさんは声を上げ、その後両手で顔を覆い隠す。


 「チョー恥ずかしいんだけど......」

 「いや、ゲームなんて誰でもやるだろ」

 「だって、わたしの声、聞こえてるんでしょ?」


 確かに死ねとか殺すぞとかは女の子が言う言葉ではないが、少なくとも画面の向こうの人間が死ぬわけではない。

 その点では俺がやってきたことよりはよっぽど健全だ。

 まぁ、彼女のゲーム音で悪夢は見たが......。


 「ゲームくらい誰でもやるでしょ」


 とフォローしておいた。


 「ふう」


 そんな話をしているうちにアパートについた。


 「毎回思うんだけど階段ダルいよね」


 階段を上りながらナカエさんが言う。その後ろをついていく俺は彼女の”至宝”が見えるか見えないかに神経を集中させている。


 「健康にはいいぞ」


 従って返事も極めて適当になる。


 「きゃっ!」


 ナカエさんが急に小さな悲鳴をあげる。

 何事かと思うと彼女がよろめく。視界の端から黒い服の男が猛ダッシュで階段を降りてきた。

 俺はナカエさんを抱きとめつつ、男を見る。

 大急ぎで走る男は夏前だというのに厚手のパーカーをフードを被って着ていた。

 怪しい。

 前に襲撃してきた男を思い出す。

 どちらもはっきり言って素人レベルだが、それでもナカエさんのような一般人には危険極まりない。


 「さ、サダムくん......いつまでこうしてるの......?」


 ナカエさんの言葉で我に返った。


 「あ、や、ごめん!」


 自然と彼女の腰にまわっていた手をほどき、手をヒラヒラさせた。

 上を見上げると分厚い雲が青い空を覆いかけていた。

 夏の前に一雨がありそうだ。

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退役兵士だってギャルと青春したい! ゆでカニ @yudekani

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