その8
バーベキューの日の夜。
俺は眠るときは電気を消して部屋を真っ暗にする。
月明かりが部屋を満たし、海に変える。
俺はナカエさんのことを考えていた。
彼女が自分のことをだいぶ卑下しているようだったので、説教くさくベラベラ喋ってしまったことがだいぶ恥ずかしい。その面を下げて言っているのだと思う。
そんな自己嫌悪とともに、もう一つのことに気づいてしまった。
俺は、おそらく、ナカエさんが好きだ。
彼女の話したようにふと見せる意外な側面が魅力的に見えたし、なによりも迷子の女の子を相手にしていたときのやさしい顔が忘れられない。
ドキドキする。
今まで女の子を好きになったことなどない。そんな暇はなかったし、そういう気持ちにもならなかった。俺の周りにあったのは、アニメや漫画から得る空想上の恋愛と、恋愛とは程遠い、金で女の子の一晩を買う行為だけだった。だからこのドキドキも初めての感情だ。
電話が鳴る。
画面を見るとホンモトだった。
「お前かよ」
一瞬でもナカエさんからだと思った俺がバカだった。電気をつける。
「もしもし」
『あ、ラファトか?』
「そりゃ俺の携帯だからな。どうしたんだ、こんな夜中に」
俺はイヤミっぽく言う。
『何言ってんだ。夜はまだまだこれからだぜ!』
「そうか、おやすみ」
『まてまてまてまて!冗談!』
「......それで、要件は?」
『部活の件だ』
「なるほど」
『昼も言った通り、部室も活動場所も顧問も得られなかった。このままだとただ集まってバーベキューやるだけの集団になっちまう』
ホンモトは謎の熱意があるようだ。俺は正直〝ただ集まってバーベキューやるだけの集団〟でも構わないが、彼の本気っぽい声を聞くのは稀なので続きを聞くことにした。
「なにか策があるのか?」
『なにもないから電話したんだよ!』
「はぁ......」
これだ。
「やっぱりまず顧問を見つけることが必要なんじゃないか?」
適当なことを言ってみる。
『そうなんだけどサァ、部活の顧問やってない先生ってなかなかいないんだよなぁ』
「なるほどね。じゃあ誰に頼んで断られたんだ?」
『
担任かよ!というか担任が部活の顧問って気まずくないのか?
「......それで、お前はなんて頼んだんだ?」
頭がおかしいホンモトのことなので、むちゃくちゃな頼み方をして断られたという可能性が浮かんだ。
『なんてって、普通に顧問になってくださいって......』
「うん」
『花束を渡して』
「うん?」
『ラファトにあんなことやこんなことを教える部活ですって......』
だめだコイツは。なんで花束を渡すんだ。そして俺にあんなことやこんなことを教えるって何だよ。大体、経験だけならアイツより俺のほうが......いや、この話はやめよう。
「お前アホか」
『そうだ』
「はぁ......俺がもう一回頼んでみるよ」
『結果は変わんないと思うけどなぁ』
お前のせいでな、という言葉を飲み込み、まあやってみる価値はあると思うぞなどと言って電話を切った。
ドッと疲れた。
最初にあったとき、彼とは気があったが、彼の方が俺より数段おかしいと思った。もちろんいいヤツではあるのだが......
「しかし......部活の作り方ってよくわかんねえな」
アリャバニスタンで通っていた学校にも部活があったが、俺は部活をつくったことはないし、そもそも桜が浜学園のシステムはアリャバンとは違うだろう。
部活をつくるときの流れみたいなものを把握しておく必要があると思った。
俺は携帯のメッセージアプリを開く。軍にいた時は別のメッセージアプリ――記録が一定時間経つと消去されるアプリ――を使っていたので、このアプリに登録されている「友だち」はナカエさん、リミエ、ホンモトの3人だけだ。
ホンモトに聞いてもしょうがないし、ナカエさんは......
リミエに聞いてみるかと思い、「部活ってどう作るんだ?」
と聞いてみたら2秒で返信が来た。
《乃愛に聞いてみれば?♡》
こ、コイツ......。
俺は食い下がって色々聞いてみるが全く取り合ってくれない。
しょうがない。
俺はナカエさんとのトーク画面を開いた。
《まずは顧問を探すことかな》
部活の作り方に対する最初の返答がそれだった。
彼女は部活をつくるときの手続きと流れを色々と教えてくれた。
リミエはナカエさんに振ったのは、俺の気持ちに〝気づいてる〝わけではなく、もしかしてナカエさんが本当に詳しいのではないかと思った。
彼女によると、顧問を見つけ、人を4人以上集め、活動目的を提示し、活動場所を見つけ、書類を出し、会議で認められることで部活として認められるらしい。
やけに詳しい。彼女は部活をつくろうとしたことがあったのだろうか。
とりあえず明日春日野先生に顧問になるようお願いしにいこうと思うが、ホンモトが断られた理由を考えると、活動目的をなにかつくらなければならなそうだ。しかしそもそも部活をつくるというのはホンモトが言い出したことで、俺はなし崩し的に付き合ってきただけなので、活動目標なんて考えてもいなかったし、思いつかなかった。
「こういうのって皆で考えたほうがいいよな」
俺はホンモト、リミエ、ナカエさんに月曜日の昼休みに集まろうとメッセージを送って携帯を閉じた。
そしてふとナカエさんとは事務的なメッセージのやり取りしかしていないことに気づいた。チャンスだったのに!
†††
自分の無能さに落胆しつつ、外でも歩くかと思い、部屋から出ると、通路に見知らぬ男がいた。顔は暗くてよく見えない。二階にはナカエさんの部屋と俺の部屋しかない。
「こんばんは」
俺は不審に思ったが、いきなり喧嘩腰......というのはマズいと思い、挨拶してみる。
「......っ!」
すると男はほぼ呼気な声を発すると、突然俺に飛びかかってきた。顔がよく見えないと思っていたが、
「なっ!?」
男は右手にナイフを持っており、その切っ先を迷いなく俺の首に突き刺そうとしてくる。
俺はその右手を掴み、思いっきりひねる。
「ぐっ......!」
男はうめき、ナイフを落とす。
「なんなんだ!」
俺の叫びは無視され、膝蹴りが飛んできて腹にめり込む。
「ぐはっ......!」
思わず怯む。男はその隙にナイフを拾い上げようとするが、俺はナイフを払い除け、男を組み伏せる。
「なんなんだアンタ!」
抵抗する男の覆面を強引に剥がすと、知った顔ではない。そのへんの兄ちゃん顔だった。
男は焦って俺を跳ねのけると、全力で逃げていった。
息もあがっており、腹に強烈な一発を貰った俺は追いかける体力も残っておらず、その場にへたり込んだ。
「クソッ!強盗か!?」
俺はとりあえず夜の散歩をキャンセルし、部屋に戻って警察に電話しようとしたが、男が落としていったナイフに目が行く。なんだか見覚えがある。
「マジかよ......」
妙に握り覚えがあるグリップ、そして刃の根元に刻まれた三角形の中に星のマーク。アリャバニスタン国軍官給品を示す印だ。
しかし相手の素性がわからない。ナイフは官給品だが、すでに国軍は存在しない。鹵獲品を手に入れた革命軍かもしれないし、はたまた、放出品を手に入れた素人かもしれない。それとも......個人的恨みでも買ったのか?
「コイツは......警察に言うと逆に色々とマズいかもな......」
そう思ったが、ふとナカエさんの部屋のドア目に入る。警察に通報することで、いらぬ国際問題を招く可能性があるが、そんなことよりナカエさんを危険にさらすわけにはいかない......。
俺は部屋に戻り、ナイフのことは伏せつつ、不審者が出たことと揉み合いになったことを警察に報告した。
大事にならないことを祈りつつ、その日は眠りについた。
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