その7
6月の中盤、奇跡的に快晴の休日に俺とナカエさん、リミエ、ホンモトはビーチにいた。
真っ白な砂浜と青い海、遠く見える入道雲が雨の日々にチラリと見えた夏を感じさせる。しかも隠れ家的なビーチで俺たち以外に夏を急いでいる人々はいないようだ。
「オーストラリアから持ってきた砂だけどな」
ホンモトが水を差すようなことを言う。
「ところで......」
リミエが口を開く
「私らなんで砂浜にいるの?」
ホンモトはバツの悪い顔をする。
「えっと......」
彼が言うには、調理部を立ち上げたものの、家庭科室の使用許可は得られず、顧問を引き受けてくれる教師はおらず、当然部室も与えられなかったという。
「ま、そんなことだとは思ったけどな」
「くぅ......面目ない......」
「部長がホンモトだしな」
「まぁまぁ......それより」
黙っていたナカエさんが切り出す
「もろもろの許可が取れなかったことと砂浜になんの関係が?」
「よく聞いてくれた!」
一転、ホンモトが調子を取り戻す。
「コイツを見てくれ」
彼はどデカいバッグを下ろし、そこからバーベキューグリルと炭を取り出した。
「なるほど......」
「ホンモトにしては」
「いいアイデアだね」
ホンモト以外の3人のセリフが繋がったところで彼は堂々宣言する。
「今日はバーベキューをするぞ!」
「おっしゃ!じゃあなにからする?」
「そりゃまずコンロを組み立てるぞ」
やたらテンションが高いホンモトとリミエを見て俺は砂浜に腰をおろす。
「隣、いい?」
ボーッとしていると、隣にナカエさんが座ってきた。
「海、好きなんだよね」
青く光る海を見て彼女は言う。
「生き物って海から生まれたんだよね」
おおよそギャルとは思えない言葉が飛び出す。
「最初は目に見えない生き物だったのが気が遠くなるような時間をかけて、わたしやサダムくんになった」
「つまり......」
「いや、わたしってあんまし考えて喋ってないから」
「そんなことはないだろ」
彼女に続きを話すように促す。
「......わたしね、昔は暗い子だったの......って、サダムくんは知ってるように今でも家では暗いんだけど」
「うん」
「昔はずっと家に引きこもってたんだ」
俺はそれが家で暗い理由か?反射的な......と思ったが何も言わず続きを聞く。
「とにかく家で、部屋の隅っこで体育座りして縮こまってた。その頃は本が友達だった。でもあるとき、地球の成り立ちの本を読んだんだ」
「ああ......それで」
「海を見たいと思った。なんかすごく、なんて言ったらいいかわかんないけど......可能性を感じた」
「可能性?」
「うん......さっき小さな生き物がわたしたちになったって話をしたっしょ?」
「ああ」
「だから、こんなわたしだってなんにでもなれるのかなって......」
彼女は以外な一面を見せることが多いなと思った。この前の手品といい、パワプロだったらきっと意外性の青特がついているだろう。
「すげえ子供だ。海と張り合うとか。大物だな」
しかし俺は気の聞いた言葉は思いつかず、軽口を飛ばした。
「そうかもね。......そうだったかも」
彼女は怒ると思ったが、俺の予想に反し、なんだかしみじみとしていた。
その彼女を見ていると、急に誰かの手が俺の肩に乗せられた。
「うわ!!!!!」
「うわあああああ!!!!!」
「きゃっ!」
3つの叫び声が順にこだました。
最初は急に手を置かれてビビった俺、そしてビビった俺にビビるホンモト、その声を聞いてビビるナカエさんだった。
「脅かすな!」
「そんなつもりは......ってそうじゃない!」
「どうしたんだよ」
「炭起こしが、できねえ」
†††
情けないホンモトに替わって俺が火を起こすことになった。
彼は一瞬で火をつけてリミエやナカエさんにカッコいいと言われたかったようだが、その目論見は打ち砕かれた。第一、火が起こせるくらいでモテるわけがないが......
着火剤を下に置き、その上に炭を並べていく。
「こんなにスカスカでいいん?」
ナカエさんが聞いてくる。
「大丈夫だ」
炭をギッチギチにつめれば、火がつく面積が増えるように思えるが、実際は空気の通り道が減るため、逆に火がつきにくいのだ。
着火剤に火をつけ、放置する。風を送りたくなるが我慢。煙突効果で炭に火がつく。
火がついたらどんどん炭を並べていく。火が燃え広がり、火力が安定したら網を上に置き、炭起こしは完了した。
「すげー!」
「いや、別にすごくないだろ......」
ナカエさんはバーベキューをやったことがないのだろうか、彼女がつるんでる人たちはやってそうだが......まぁ、それは今はどうでもいい。
「あいつら遅えな」
というのも、俺はホンモトに買い出しを命じたのだ。彼はイヤそうにしていたが、リミエがついていくというと、喜んでスーパーに向かった。まだ帰ってこなさそうなので、ナカエさんにさっきの話の続きをしようとした。
「さっきの続き......」
「おーい!戻ったぞー!」
なんとも間の悪いやつだ。いや、俺がか?
†††
ひとしきり肉だの野菜だの魚だのを焼いて食い、そこそこ騒いでいたら、空はオレンジ色に染まっていた。
「いやぁー食った食った」
ホンモトは満足そうに言う。
「そろそろお開き?」
疲れたリミエ。
「そうだな。片付けるか」
俺とナカエさんはゴミ袋にゴミをまとめ、火を消し、炭の処理をして、バーベキューコンロを片付けた。ホンモトとリミエは食べすぎて動けないらしく、二人で片付けをやる羽目になった。
「あいつら食っただけじゃねぇか」
「まーまー。それがアイツらよ」
ナカエさんがニヤけて言う。
「まぁ、そうかもな」
俺はホンモトのどデカいバッグに全ての荷物をしまった。まぁこれからこの重い荷物を持って帰るホンモトのことを考えれば片付けくらいはしてやってもいいかもしれない。
「お、終わった?じゃあ帰るかぁ」
そのタイミングでホンモトがひょっこりでてきて解散を告げた。
「今日はありがとー」
それぞれがそれぞれの方向の帰路につく。
「ナカエさん」
しかし俺はナカエさんを呼び止めた。さっきの話の続きがしたかったのだ。
†††
斜陽はさらにオレンジに染まっている。
俺たちは、昼のように砂浜に並んで座った。
「さっきの続き、というか気になったことなんだけどさ」
「うん」
「海を見て、それからのことを教えてくれないか?少なくとも外ではナカエさんが暗いと思うやつはいないだろ?でも家で暗いってのはなんなんだ?」
俺は単刀直入に聞いてみた。
「うん......そうだね......私、正直ムリしてるんだ......」
「ギャルをか?」
「うん、ギャルのふりをすることを、かな」
「なるほどね」
「わたしね、暗い自分が嫌だった。だから高校ではギャルになろうって思ったの。でも急にギャルになったら周りの人はドン引きっしょ?それで高校は地元を離れて、知り合いが誰もいない、桜が浜に来たんだ。」
「高校デビューってやつか」
「ふふ、そうかも」
彼女は自嘲気味に笑う。
「研究といったら大げさだけど、私はギャルになる方法を色々考えてたし、調べてたから、学校ではすぐに明るいフリができたし、周りも知らない人しかいなかったから、ギャルのわたしを受け入れてくれた」
「うん」
「でもすぐにキツイってわかった。当たり前だよね。本当のわたしはギャルじゃなくて、根暗な地味子なんだから......バッカみたい。必死になって。本当はギャルになんかなれないのに。ただの二重人格もどきだね」
彼女はまた自嘲気味に笑った。
「二重人格もどきではないと思うぞ」
「じゃあなによ」
一転、彼女は不機嫌そうに俺を見た。
「人間に二面性はつきものだし、他の人間はそこに惹かれる。ギャップ萌えとか言うだろ」
「わたしのは違う。暗いわたしをみても魅力的なんて思わないよ」
一般論じゃナカエさんを元気づけることはできない。しかし俺も少しムッとする。俺の主観でナカエさんを語ることにした。
「それはそうかもね」
「ほら」
「表面だけ見てればね」
「表面だけ?」
「俺はナカエさんとは出会ってそんなに経たないが、この前の手品とか、今日の海の話とか、君の言う〝暗い部分〟から生まれた意外性を見せてもらった」
「......。」
「そりゃ、プリント届けに行ったときは〝なんだこいつ〟と思ったよ。だが、つるんでいくうちにナカエさんが色々な面を見せることに気づいちゃってね。そこそこの期間君とつるんでいる〝ギャルの中江乃愛〟しか知らない連中より色んな君の顔を見せてもらって嬉しいよ」
「だからさ、君が悪いものだと思いこんでいる〝暗い中江乃愛〟は別に悪いものじゃないと思うんだ。ギャル乃愛と暗い乃愛、両方大切な君なんだよ」
「サダムくん......。」
うん?なにか流れがおかしい。感情が乗りすぎている。俺の中のいろいろな気持ちが出てしまいそうだ。そして気づいていなかったナカエさんへの気持ちも......
いや、ダメだ。
「いや、なんか説教くさくなったな。ごめん」
俺は出そうだった気持ちを押し殺し、話を打ち切る。
「ううん。すごく嬉しい。わたしのことをすごく見てくれてるって思ったよ」
アパートが同じなので、ナカエさんとは一緒に帰ったが、俺は何を話したか全く覚えていなかった。
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