ぼくの妄想とあなたの気持ち

未定

ぼくの妄想とあなたの気持ち

ぼくは妄想家かもしれない。それが、高校生になってからの自己分析だった。

夏の匂いがし始めた時期の午前、授業中。開かれた窓から直接光が差し込んでくる。クーラーをつけるにはまだ早い時期だが、代謝が高い筋肉質の男子なら暑い暑いと騒ぎ立てる頃じゃないか。ぼくは別にどちらでもいいが、この暖かさから暑さに移り変わる微妙な季節感が好きだ。


教室の後方、黒板を前にしてみた時の一番後ろ、そこがぼくの席だ。その右斜め前の席に、彼女がいる。

風が吹いてくる。横目で見ていた彼女がふと窓に目を向けたのにならって、ぼくも窓を見た。カーテンが靡いている。


ぼくは黒板に視線を戻して、授業に集中するフリをして、また横目で彼女を見ていた。いや、見惚れていた、という方が正しいかもしれないけれど。

そしてぼくは、吹かれた風によって彼女の髪が揺れ動いている状態をずっと見ていた。この髪のモーションがぼくの恋心を刺激する。ぼくの恋心はあの時はじまったんだ。


高校生になって、入学式。その終わりに、クラスでオリエンテーションが開かれることになっていた。緊張しつつも、やっつけで済ませた自己紹介。高校生になったという自負。そして何より、新しい環境への希望と緊張感。色々な想いが交錯する中で、ぼくは、前の席の彼女のことがふと気になっていた。彼女の髪は長く、黒くてツヤツヤしている。中学の時は恋愛なんて横目に流して、クールを気取っていたけれど、はっきり言ってぼくは女性に関心があったのだ。眼前のロングヘアは開けられた窓の風でゆらゆら靡いている。ぼくはそんな自分の気持ちを押し込めながらも、内心は妄想していた。このまま、彼女と一緒に帰りたい。コンビニにでも行って、何か食べ物か飲み物を買って、おしゃべりしたい。それからデパートにでも行って、ショッピングでもしてまったり過ごしたい。そして、そして…


そんな妄想を膨らませてぼうっとしていると、オリエンテーションが終了していた。ぼくは周囲が急に騒がしくなったのを聞いて、終わったことにやっと気付いたのだ。そこでぼくは、今の妄想を封印したい衝動に駆られた。つまり、彼女への視線を誰にも悟られまいとして、ここからクールに気取って一目散に退散すること。


そうしようとした時、眼前の彼女が振り向いた。黒髪は180°の回転によって慣性を受けたことによって、円周上にゆらめいた。

彼女は、にこやかにこちらを見つめていた。

「ねえ、名前はなんていうの」

「へえ。結構いい感じの響きだね」

「そっか。ちょうど後ろの席だし、これからよろしくね」

これが、彼女がぼくにくれた言葉だった。


今、それからしばらく経って、席替えがあったものの、近い席になったことはラッキーだった。そして、後方の席を引けたことはもっとラッキーだった。それが、今の席だ。つまり、一番後ろの席で、右斜前に彼女がいる状況。


昼休みになって食堂に行く。ぼくは男子の友達2人と列に並んでいた。ふと、それとなく周囲を見渡してみる。彼女はいなかった。

ぼくは友人たちと他愛もない会話を繰り広げながら、食堂で昼食を購入し、食堂の入り口からは遠い、少し奥の方にあるいつもの席を陣取った。

ここからだと、食堂が自然と広く見渡せるのだ。引き続き、それとなく会話を合わせながら、ときに話 に集中して聞いたり話したりしていると、ふと彼女が視界に映った。彼女は友達何人かとちょうど昼食を購入して、どこかの席に腰を落ち着けようとしているところだった。昼休みから少し時間が経っているので、食堂は少し混み気味である。

彼女がこちらに近づいてくるのが目に映る。そして、ちょうどぼくたちのテーブル席のとなりのとなりのテーブル席に陣取った。彼女がその席を選んだのは、ただの偶然だ。込み上げてくる妄想を押さえつけようと、ぼくは脳内で思考を巡らせる。友人との会話も自然体でこなさなければ、彼女への変態的視点がバレてしまう。これにも気をつけないといけないから、ぼくは今、脳内で大忙しだ。


そういえば、こんなことがあった。ぼくが休み時間トイレに行って、そこからの教室への帰り道。

「ね。もしかして、麺類が好きなの?」

ばったり遭遇した廊下で、彼女に話しかけられる。彼女の手に、ペットボトルの紅茶が握られていた。華奢な手で包まれている紅茶のラベルをみると、ぼくの好きな銘柄のやつだった。

「ふふ。君の友達から聞いたんだ。いつもお昼は麺類らしいね?」

「わたしも、麺類は全部好きだよ。ラーメンとかうどんとかも」

ぼくは一瞬の嫉妬心をうまく丸め込んでから、妄想に耽る。ぼくは麺類はそこまで好きではないのだが、食堂で手っ取り早く食べられるのが麺類だったから毎回チョイスしていたに過ぎない。ちなみに、この本心は誰にも言ったことがないから、ぼくの近しい友人でさえ知らないはずだ。


午後の授業中は、睡魔に襲われていた。それとなく、右斜前の彼女を視野に入れられるように、顔を右に向けて腕を組んで枕にして机に突っ伏していた。ご飯を食べた後だし、ぼくは毎回午後の授業は寝てしまうのが習慣になっていた。


ぼくはまたしても、妄想に耽っていた。これから彼女と、2人で学校を抜け出して、どこかに遊びに行けたりしないだろうか。日差しを2人で浴びながら、汗を流しながら、街を歩き回ったりできないだろうか。そこで、彼女が突然こちらを振り向く。

「ねえ。わたしに好きと言ってよ」


気付いた時には、ぼくは顔を上げていた。そう、ぼくを呼んだような声が聞こえたからだ。ぼやけた視界を認識できるようになってくると、彼女がこちらを振り向いて笑っていた。瞬間の妄想を引っ込められたのは、ぼくが自己分析できて客観視できる力があっただろうか。そう、ぼくはあまりに睡眠を貪っていたあまりに、教師から名前を呼ばれていたのだ。彼女からではなかった。教師が何か言って、周囲の笑い声が教室に響いた。ぼくの脳内が暴露された時に想定される笑いよりかは、はるかにましだ。ぼくはそう思って、わざとふてくされた顔を作り、授業を聞くフリを再開した。彼女は、口を抑えてまだ笑っていた。


ある日の帰り道のこと。正確には覚えてないけれど、まだ春の季節が残っていた気がする時期のことだったと思う。日は少し傾いていたかもしれない。友人と喋り込んで、学校で別れて、電車に乗って、最寄りの駅から出たところで、

「よ。奇遇だね」

彼女がいきなり現れてびっくりした。


なりゆきで、一緒に帰ることになった。ちなみにぼくの家は最寄りから徒歩でそれなりの距離を歩かないといけない。彼女の家は正反対だったんだけど、この偶然性を大事にしたいという旨の話を彼女が言ってくれたので、散歩でもしようかとなった。


胸が高まる。どくどくという心臓の鼓動が聞こえてくる。血が巡って、顔が紅潮してくるのがわかる。彼女がまさに隣にいる。偶然性を何かのきっかけにするのはありかもしれない。ここで、言ってしまった方がいいのかもしれない。いや、こんな道の真ん中で言ってどうする。雰囲気というものがあるだろう。そう、もう少し歩けば、少し広めの公園に着くはずだ。そう、そこで一緒にベンチに座って、そう、言えばいいんだ。


急に視界が開けた。彼女の髪がぼくの鼻腔をくすぐったからだ。気づけば、すぐそばにいた。彼女は振り向いて、こっちを真剣に見つめていた。こんな近距離に彼女がいるのははじめてだ。夕日は最大限にぼくを、ぼくたちを照らしつけていた。もう、言うべきなんだ。


「君のことが、好きなんだ」


ぼくは、一歩踏み出した。勇気を振り絞った。はずだ。けれど、これが現実なのか虚構なのかはっきりしなくなっている。今日は、入学式の日?それか、麺類好きを疑われたあの日?それとも、惰眠を笑われたあの日だろうか?そして、そのどれでもない日の出来事なのか?


彼女は微笑んで、ぼくの胸に頭を近づけて、いや耳を押し付ける格好で、ぼくに寄り添ってきた。

腕はぼくの腰に回して、ぎゅっと顔をぼくの胸に押し付けた。そして、


「わたしも、好きだったんだよ」


彼女からの返答は、ぼくの軌跡を明確にうつし出し夕陽の色に染め上げた。


妄想は現実ではない。かと言って虚構でもない。その意味は必ずある。積み重ねられた過去は、遡行的に発見されるものだ。そして未来は、現実にしようというその想いによって作られてゆくものだ。ぼくの人生の輝きは、まさに過去と未来の交差点にある。

しかし、止めようのない時間はいつもゆらめいている。

願わくば、意味ある現実が、ぼくの過去でありますように。そして、ぼくの妄想が、未来を意味ある現実にしてくれることだろう。


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