番外編② レオナルド・ラルスト・オーギスト
オーギスト王国第1王子にして王太子レオナルド・ラルスト・オーギストは、毎日毎日紹介され続ける香水臭い少女たちに辟易としていた。
彼女たちは自分たちの興味があるドレスや化粧、装飾品、お菓子、そして自らを誇張してもはや嘘に近いアピールをする、無駄にしか感じられない会話に勤しむ。そして、その会話に対して残念ながらレオナルドは全くの興味を示すことができなかった。それを薄情だという人間がたくさんいて、それがレオナルドにますますの反感を抱かせた。
レオナルドは至って普通の少年だ。
剣や馬、英雄譚を愛する、ごくごく普通の、健全な少年だ。
それを踏まえて考えてみて欲しい。
レオナルドは薄情者だろうか。
剣や馬、英雄譚をこよなく愛するごくごく一般的な少年が少女趣味を楽しめないことが、薄情なのだろうか。
レオナルド自身は、この答えは否であると思っている。
どんなに頑張っても、レオナルドは彼女たちを好きにはなれなかった。それどころか、香水や化粧臭い彼女たちが近づいてくるとあまりの臭さに即倒してしまいそうなほどだった。
1つずつの単体ならまだマシだ。けれど、複数のニオイが重なってしまうともうダメだった。
これが分からない人は想像してみて欲しい。
きつい薔薇の香りの隣から爽やかで甘ったるい柑橘、その上からけばけばしい化粧の匂いがするというごちゃ混ぜの匂いを。
レオナルドは受け入れられなかった。
その匂いを嗅ぐだけで拒否反応を起こしてまうほどに匂いに敏感になってしまった。
そんな地獄のような日々で、自分の6歳の誕生日パーティーで出会ったのがユティカ・フィオナ・グラツィーニ公爵令嬢だった。
噴水の端っこに座って足をぷらぷらと揺らしている彼女からは、今まであった少女たちのようなうざったらしい香りはしなくて、それどころか野花のような自然で優しい香りが漂っていた。
地味な焦茶色の巻き毛も、ぱっちりと大きな榛色の瞳も、特筆するところはないにしても綺麗に整った顔立ちも、素朴な微笑みも、レオナルドの心を大きく揺さぶった。
「あ、あの!」
「なぁに?」
勇気を出して話しかけたレオナルドのことを不思議そうに見つめながらこてんと首を傾げる仕草も、何もかもが愛らしくて、愛おしくて、胸がどくんと高鳴った。
本能が告げていた。
彼女はレオナルドの妻になるべくして生を受けた特別な相手なのだと。“運命”の相手なのだと。
「わ、私はレオナルド。君の婚約者候補だ」
「………………そっか」
「君、名前は?」
「ユティカよ」
「ついてきて。君を、父上に報告しなくっちゃ」
眉を下げて微笑むユティカの愛らしさにレオナルドは胸を撃ち抜かれ、彼女が何も言わないのをいいことに、無理やりに引っ張って父王の元へとユティカを連れていった。
婚約はとんとん拍子に決まっていって、レオナルドはとても幸せな気分だった。
彼女と愛し愛される関係になれるのだと、信じて疑っていなかった。
だって、王太子である、この国で3番目に尊い存在であるレオナルドは、愛されて当然の、人々に愛される敬われ、尊ばれるために生まれてきた、そんな人間なのだから。
しかし、そんな日々は、夢見た日々は、一向にやってこない。
それどころか、彼女の曖昧な笑みが心を隠すための仮面だと気がついた時、自分と同じ教育を受けるに連れて純粋無垢な笑みや仕草が消えてきている吐息がついた時、レオナルドは自分の愚直さが招いた最悪に、何度も何度も取り返しのつかない後悔した。
だから、レオナルドは婚約10年目にして大きな決断を下した。
愛おしくて、狂おしいほどに愛おしくて、殺して自分だけのものにしてしまいたいほどに愛おしい婚約者を、試すことにした。
自らに対してほんの少しでも情を持ってくれていたらという最後の願いに賭けて、レオナルドは婚約破棄の茶番を実行し、そして失敗した。
愛おしい彼女は、もうこの国にはいない。
憎たらしい男に、ユティカは盗られてしまった。
アレは、レオナルドの物だったにに。
レオナルドが愛し、そして、レオナルドだけを愛するべき物だったのに。
冷宮へと入れられたレオナルドは、大量のウォッカを煽りながら、物に当たり続ける。
粉々に砕けた家具ににぃっと笑って、ケタケタと腹を抱えて大声を上げる。
「アハハ!!アハハハハ!!ダイジョーブ!ダイジョウブダヨー!!ユティカー!ワタシハタトエオマエガワルイコトヲシヨウトモー!ズッーッとアイシツズケルノダカラ!!」
不気味な狂気を放ち続けるレオナルドについていく人間はいない。
幼い頃から必死になって周囲が隠してきた彼の狂気は、解き放たれた。
彼によって起こる恐怖を、もう、誰も止められない———。
小指を握って呼びかけて 水鳥楓椛 @mizutori-huka
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