第七話 忘れ形見
戦闘を終え空母に戻ると休憩時間が与えられた。出撃前は、狭い相部屋の二段ベッドが全て埋まっていたが、今はがらんとして三分の一しかいない。三分の二は戦死した。戦死者の一人に誠二もいる。
夕方に再び出撃が予定されているので、仮眠や休息を取るべきだ。それなのに、興奮状態でじっとしていられない。徹夜明けのランナーズハイみたいになっている。
突然立ち上がると、ベッドの狭い隙間を抜け、棚から誠二の
まず手に取ったのは、文字がたくさん書き込まれた布だ。広げてみると日本国旗の白い部分に必勝祈願、安全祈願、激励などの寄せ書きが記されている。
次に、写真館で撮ったであろう白黒の家族写真。軍服の誠二、着物を着た若い女性とおかっぱ頭の女児、高そうな布に包まれた赤ん坊が写っている。見覚えがあった。兄の妻、長女、長男と瓜二つだ。兄にそっくりな誠二といい、どこまでもリアルな仮想体験にできている。長女は兄に似た奥二重に薄い唇をしている。長男は兄に似た耳の形をしている。
出撃を渋った俺をビンタをした誠二が言い残した、本土が攻撃されるかも知れないという言葉は、妻子を守ろうとする気持ちからだったのではないか。だから、自分を犠牲にしてでも米空母を攻撃することを優先したのか。
写真の下には、自分の無事を知らせ妻子の安否を気遣う誠二の書きかけのハガキがある。裏面を見ると宛先が広島県広島市になっている。兄の妻と子供達は、確か今は神奈川県大和市に住んでいるはずだ。歴史なんてまともに勉強しなかったからよくわからないが、広島市に原爆が落とされ凄まじい被害を受けたことだけは記憶している。高校の修学旅行は原爆博物館にも行った。誠二の残した妻や子供達が被害に遭うかもしれない。全身に悪寒がする。周りの航空兵に聞いてみたが、手紙しか外部とのやり取りの手段はなく、一度陸を離れてしまうと長らく郵便物は止まってしまう。広島を含む大都市から離れ地方に避難するように、誠二の妻子に伝える手段はない。
ベッドに寝そべり頭皮をかきむしりまくる。現実では兄に人間ドックを勧めておけば、仮想体験の今は誠二を犠牲にせずとも米空母に攻撃しておけばと、救えたかも知れない別の選択肢について考え込んでしまう。自分を残し逝ってしまったことに裏切られたような気持ちにもなる。
水で流し込みながらカレーをかき込むと、水筒に水を補充し甲板に急いだ。戦闘機が無い見渡しの良い甲板に出ると陽光は眩しくギラついている。肌がほんのりとひりつく。辺りを見渡すが、波も空も穏やだ。まるで戦争をしているのが嘘のように。
上官と思われる体格の良い軍服に尋ねると、別の米空母を標的とした第二波攻撃隊は既に発艦し終えたようだ。第二波攻撃隊に加えて欲しいと申し出たが、俺は第三波攻撃隊となる予定なので却下された。第一波攻撃隊の経験から米軍の戦術を熟知しており、日本側を最小限の被害に留め米空母を撃沈できると繰り返し伝え、なんとか許しを得た。
味方の航空隊ようやく追いついた。先程とは様子が違った。空に米戦闘機は無く海上の米軍艦からの砲弾が激しく飛び交うだけだ。砲弾をかわした味方の戦闘機が米軍艦に爆弾を落とし大きな爆発が起きる。対空砲火をできる米軍艦は一隻のみとなったお陰で、スペースが広がり悠々と米空母に近づける。側面に「WORKTOWN」と大きく印字されている。鎮火されているが、俺と誠二が参加した第一波攻撃隊が甲板の滑走路を使用不可能にした米空母だ。俺は第二波攻撃隊長に手信号でこのことを伝え、第二波攻撃隊は本来の攻撃目標となる米空母に向けて前進した。
注意深く周りを見渡しながら標的となる米空母に、ついに辿り着く。予想通り、塊のように編隊を組んだ複数の米戦闘機が眼前に現れ空中戦となった。だが今回は冷静に米戦闘機を撃墜し空いたスペースから攻撃をかわし海面付近を低空飛行し魚雷を放つ。米空母は旋回をするも時既に遅しで、土手っ腹が大きな
「お疲れ様でした。高見沢さん。だいぶ健闘したね。上出来、上出来。いいデータも取れたよ」
灰澤のその声を聞き、ゆっくりとVRゴーグルとイヤフォンがついたヘルメットを外した。洗濯物の生乾きの雑巾臭が鼻腔を刺激する。目が慣れてくると天井に取り付けられた黄ばんだ蛍光灯、ニヤけた灰澤の顔が視界に入る。お腹が空いたし、尿意が限界で今にも漏らしそうだ。時計の長針はまもなく二十三時になるところだ。誠二の妻子が原爆の犠牲になる展開は防げただろうか。
電車のドアが開くと、薄手の長袖を羽織らないと肌寒さを感じる風が入り込み、季節の移り変わりを感じる。もう、先週まで鳴り響いていた蝉の合唱も聞こえない。熱気が遠くの景色が歪ませることもない。青い空には薄い輪郭の雲が点々と流れている。俺は兄の妻子宅を訪れるために小田急線に乗っている。兄の妻の好きな店のモンブランケーキ、長女の好きなプリキュアの変身セット、長男が消耗する紙オムツと粉ミルクで両手はいっぱいだ。
読まれない自作ライトノベルを改善しようと超転移型VRを使ったら人生が変わった件 @kenkom
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