オレンジ

心沢 みうら

私のも勘違いだったらいいのに。

「あの試合ほんとにすごかった!ユイ先輩もカホ先輩も格好良すぎてビッグラブだよ、付き合いたい」

「え、マジ?高等部バレー部の?」

「女同士じゃん」

「女の子同士で付き合ってもいいじゃん、私男女両方いけるから」

「れずびあんってやつ?」

「あー、ちょっと違くて。両性愛者、バイセクシャルだよ」


まるで自慢するかのような口調で、サエが言った。

──今までなら、他の人なら、冷めた目で見てればそれで良かったんだけどなぁ。

大きな声で騒いでいる幼馴染おさななじみをチラリと見て、私はオレンジを口に放り込んだ。食べるのが遅い私は、いつも昼休みの後半まで給食を頬張っている。


“まだ未発達な思春期の少女たちの中には、分かりやすいアイデンティティーとして、同性愛者などの性的少数者を自称する者たちがいる”

中学生になって、昔ネットで読んだ話は本当だったと実感した。

彼女たちはどうやら、それを誇るべきものだと思っているらしい。そして、好みの男を見つけるとその設定を放り捨て、ただの異性愛者の女に戻るのだ。仲間だと、そう思って信用しては裏切られる経験をしてきたからよく分かっている。


あの人たちは、私みたいな、どれだけ男を好きになろう、普通になろうと思っても同性を好きになってしまうような人間ではないと。

同性愛はただのバグ。生産性がない。そう思いながらも異性を愛することに拒否感を覚える自分に苦しんだことなど、ないに違いない。


「最近新しく韓国のグッズとか集めた店ができたらしくてさ、みんなで一緒に行こうよ」

「いいね!行こ行こ!」

「ついでに映画も見ようよ」


話題が変わり、一軍たちは近くのモールに行く計画を立て始めたようだ。サエもその輪に入っている。サエが同性好きを公言しても、誰も彼女をハブろうとは思わないらしい。クラスで一番可愛いサエだからなせる技なんだろうなと思う。

芋っぽい私が同性愛者だと告白したら、気持ちが悪いと避けられるのがオチだろうのに。


「土曜は部活あるから日曜日にしてほしいんだけど、大丈夫?」

「いいけど、サエはよく部活サボってるでしょ?」

「否定できない……!でも土曜日は高等部の先輩たちに会えるもん、だからあんまりサボりたくないの!」


サエは先輩への憧れと恋を混同して、自分は同性も好きになると勘違いしているだけだ。ちゃんと分かってる。ちゃんと分かってるんだ。


サエが女の子を好きになるなら、私にもチャンスあるかもな、なんて。


ぶんぶんと頭を振って、牛乳を一気飲み。オレンジと牛乳が組み合わさると吐瀉物としゃぶつみたいな味になる。私は新しい知見を得た。


◇◇◇


中学生になって、私とサエが学校で喋ることはほとんどなくなったけれど、登下校はあいかわらず一緒だ。同じマンションに住んでいるから、当然同じ路線、同じ帰り道。

一緒の中学に入れたのは幸運だった。ふたりとも補欠合格から繰り上がって、運命みたいだなって。そんなことを思った記憶がある。


「でね、重くて運べなくって困ってたらカホ先輩が助けてくれたの。もうときめいちゃった」

「イケメンだねー。私も同じ経験したらきゅんってしちゃいそうだな」

「でしょでしょ!もう恋しちゃうよね!」

「いや、恋は流石にしないって」


サエは、私の前では学校にいる時よりもさらに同性好きをアピールする節がある。ある程度話を合わせて、最後は苦笑いでやんわりと私は違うからね、という風に線引きをするというのがテンプレート。


「結局サエって誰が好きなの?」

「うーん、特に誰とかはないかな。でも誰かと付き合いたいとは思ってる」

「あ、そうだったんだ。やっぱり先輩の?」

「そうでもない。誰でもいい、女の子と付き合ってみたい」


次乗り換えだしもう立っちゃおう、と手をひかれた。少し冷たい、心地のいいサエの温度にどきどきする。少し強めに握り返して立ち上がった。

この白くて細い指と私の指を絡められたら、どれだけいいだろうか。


「じゃあ私立候補しよっかな」


笑いながら言った。殺しきれない言葉を、冗談っぽく吐き出すのは昔からの癖だ。

サエが目を見開く。いつもなんやかんやで同性愛を否定するようなことを言っている私が、こういう冗談を言うのは変だっただろうか。


「いいね、ミユと付き合ったらすっごい楽しそう!」


3秒の空白のあと、サエが言った。満面の笑みに心が痛む。

今のは冗談じゃなくて本気で言ってたんだよ、なんて言えるわけがない。


彼女は1年もしたら、自分が両性愛者を名乗っていたことなんて忘れてしまうのだろう。そして大人になって、好きな男と結婚して、子供を産むのだろう。


口の中で、オレンジと牛乳が混ざったみたいな味がした。

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