<最終話・護りたい理由>

 あんなことがあって、小宵はひょっとしたらものすごく落ち込んでいるのではないか。もしくは、トラウマになっているのではなかろうか。香帆のそんな危惧は、部室に入って開口一番の小宵の一言で木っ端微塵に打ち砕かれた。つまり。


「香帆ちゃん! それで、聖君との関係に進展はあったの⁉」

「はいいい⁉」


 コレである。ちょっと待って。昨日、侵略者に襲われて死にかけたばかりである。そして、口が酸っぱくなるほど聖達と千葉教諭に箝口令を敷かれてそれっきり。おぞましい怪物やら、七不思議のオバケやらを目撃しておいての最初の感想が、どうしてそこに行き着くのだろう。


「……あ、あの。私とあいつは、そういう関係じゃないんですけど……?」


 どうにか絞り出したのはソレである。恋人なんて甘ったるい関係などでは断じてない。それは、小宵にも何度も言った筈なのだが。


「知ってるわよ、だからこそ“進展”ってものを期待してるの!」


 朝から部室にいるのは、部長の小宵くらいなものである。他の人間がいないからいいものの、だからと言って誰が来るかもわからない場所であるのには間違いない。あまり大きな声で、そういうことを騒ぐのはやめてほしいのだけど、と香帆は冷や汗だらだらで思う。

 もし自分と彼女が異性なら、ラブコメ的展開が起きていてもおかしくないよな、と思う香帆。現実逃避気味なせいで、昨日からだいぶ漫画やアニメの残念なネタばかり思い出してしまいがちである。いや、最近は同性でもこのテの展開はありかもしれない。ここで自分が嫉妬に狂って小宵に壁ドンしたら、もろにシチュエーションは完成してしまいそうだ。


「昨日だーいぶいい感じだったじゃない? 危機的状況に、眠らせていた能力を覚醒させるヒロイン! そして、ヒロインの危機に颯爽と現れて敵にトドメを刺していくヒーロー! いいわよいいわよ、胸キュン展開の盛り合わせですっごくいいわよお!」

「静かにしてると思ったらそんなこと考えてたんですか⁉ 怖がって震えてるかと思ったら!」

「そりゃ私だってあの時は多少なりに怖かったけど! 終わったことなら関係ないでしょ、思い出して萌えるのは私の自由!」

「自由かもしれないけど人を使って楽しまないでくださいよおお!」


 ああ、助けておいてアレだけど、この先輩は放置しても死ななかったんじゃなかろうか。多少のことがあっても、幸運と奇跡と萌えパワーで生き残ってそうな気がする。香帆はやや白目になって思ってしまう。


「聖君は、香帆ちゃんを事件に近づけないようにしてた。そして、オカルト研究会に入った理由も1年E組の秘密もぜーんぶ内緒にしてた。確かに先生達から口止めはされてたでしょうけど、だからって強制力があったわけじゃないもの。面倒だと思ったのに、それでも侵略者討伐に積極的になったのは全部香帆ちゃんの為だったんじゃない? 何その萌えるシチュエーション。これでなんであんたら付き合ってないのよ! 相手イケメンなんだから、がっちりキャッチしておかないと駄目じゃない、誰かに取られてから後悔しても遅いのよ?」


 まあ確かに、あのアホは一部の女子に随分モテるのは間違いないらしい。イケメンなのは事実ではあるんだろう。でも、夏美も苺も、あの面倒くさがりで秘密ばっかりなあいつの本性知らないからそんなことが言えるんだ、と思う。

 いや、わかってはいる。――そうやって、秘密だらけになっているのが、一体誰の為なのかということくらいは。それでも結局無理やり自分が押しかけて聞き出してしまって、結果ピンチになっていちゃ世話ないなと己でも思うのだが。


「……あいつは、お人好しすぎるんですよ」


 香帆は、ぼそりと呟く。


「面倒くさがりなくせに、本気で困ってる人のことは見捨てない。でもって、その人のせいで怪我するようなことがあったら、痛くても隠してそのまま家に帰ったりするようなヤツなんです。……そうやって昔からトラブル結構しょいこんで、傷だらけになることが多くて。そんなあいつが、私はずっと嫌で。高校入ってからは余計、私に対して隠し事ばっかり増えて……なんだかそういうの、信用されてないみたいじゃないですか」


 それが、彼なりの護り方であるのだろうということは分かる。同時に、弱みを見せることを怖がっているのだろうということも。でも。

 自分は、守られるだけのか弱い乙女なんてものは、まっぴらごめんなのだ。彼はわからないのだろうか。香帆のせいで聖にもしものことが起きて、香帆が後でそれを知ったらどれほど傷つくことになるのか、というのを。

 助けて、と叫んだせいで助けに来てくれたヒーローが自分のせいで死んだら。後悔しないヒロインなんて、きっといない。アニメや漫画にはそんな後先も考えず、勝手にピンチになって安易に助けを求めるヒロインがやたらと多い気はするけれど。


――だから、何だろうな。……多分自分だけの危機なら。あんな能力は、覚醒しなかった気がする。


 あの時、一番守りたいものとして考えたのは聖のことだった。

 それが何を意味するか、わからないほど香帆は鈍い人間じゃない。でも。


「あいつが、そうやって助けようとするのは私だけじゃないし。……私は、あいつのお荷物になりたいわけでもないんで」


 両思いだとは思わない。万に一つそうだったとしても、恋人なんて関係になりたいとは思えない。

 そんなものになったら最後――自分は一番大事な、友人としての地位を失ってしまうような気がしてならないから。もう対等の相棒のような存在には、なれないような気がしているから。


「ま、そういう香帆ちゃんの気持ちも……わからないではないけどね」


 はあ、と小宵はため息をついて、言った。


「でも、今の香帆ちゃんは力を手に入れたし、ちゃんと覚悟も見せたわけでしょ。侵略者討伐にも貢献して、他のクラスだけどオカルト研究会からも入部申請が来ているわけで。……隣にいる資格がないとか、相棒にはなれないとか、荷物になっちゃうとか。そんなこと無いと思うんだけどなあ」


 そして彼女は、まるで子供のようににっかりと笑って。背伸びをしながら、自分より随分背の高い香帆の頭をぽんぽんと撫でてきたのだった。


「ありがとね香帆ちゃん。おかげで助かったわ。大丈夫よ、昨日の香帆ちゃんは本気でカッコ良かったもの! 片思いってことはない! 多分! きっと‼」

「って、なんでそんな自信なさげな言葉つけちゃうんですかー!?」


 とりあえず、ホームルームまでに教室に戻らなければならない。どんな顔をして聖に会うのが正解なのか、少々悩ましいところではあったけれど。





 ***




『お疲れ様、聖君。無事“異次元エレベーター”を討伐してくれたということで何よりです。消えた守彦君達もどうにか帰ってくることができたそうですし』


 晴天の下、此処は屋上。

 電話の向こうからご機嫌な声が聞こえてくる。数回会っただけの人物なのだが、何故か聖は随分気に入られてしまっているらしい。彼――柊空史は、まだ病院で入院中の筈である。いくら電話をかけられる場所があるからといって、少々かけすぎではなかろうか。特に親しい相手でもないというのに。


『まあ、君達が頑張ってくれたのは全部病院から“見てた”んですけどね。千葉先生もなかなか思い切った采配をするものです。1年E組の中でも限られた生徒だけで討伐目標をクリアさせようだなんて』

「経験を積ませたかったんでしょう。どうしても、先輩達と比べれば戦闘経験は少ないですから。俺だって、実質まだ三回目だし」

『この時期でももう三回目の参戦というのは十分多いと思いますよ? 君は先生からもOBの方々からも期待されていますからねえ。能力も攻守に長けた使いやすい類ですし……何より珍しいのです、君のように“眼”も“武器”も双方兼ね備えた能力者というのは。1年E組に配属される人間は何かしらの素質を持っているものですが、君みたいにはっきりと顕在化した能力を持ち、しかもそれとは全く関連性のない能力を新たに目覚めさせた人物は相当珍しいのです。それは君の意思が無意識に、それだけの力が必要だと判断したということ。何がそこまで、君を駆り立てているのでしょうね?』

「…………」


 興味を持たれているのは、わかっている。しかしさすがに聖も、その根幹部分を話す気はなかった。

 きっと、香帆はあんな話など覚えていないだろう。なんといっても、小学校に上がるよりも前のことである。

 その頃聖はまだ、自分の見ている景色が人とどこまで違うのか、ということがきちんと分かってはいなかった。だから言ってしまったことがあるのである。――あの人は怖いから近寄らない方がいい、とか。あの場所は危なそうだから行かない方がいい、的なことを。

 それを話しても大抵信じては貰えない。幼稚園の子供達からは虐められてばかりいたのが事実だ。


『ママが言ってた! おかしなことばっかりいう子とはあそんじゃだめだって! ちょーのーりょく? みたいもんなんかあるわけないって! おまえ、まぼろし見てるんだろ? ないものが見えるっていうヤツは、はんざいしゃになる危ないやつなんだぞ! さいこぱす、だってママは言ってたぞ!きよいは、さいこぱすなんだ!』


 中途半端な認識と知識、それを柔軟に受け止めてしまう少年少女達の心。自分はどうして責められるんだろう。何がそんなにおかしいのだろう。涙目で沈み込んでいた聖をたったひとり助けてくれたのは――その当時一番身体が大きくて、一番力が強かった女の子である。




『何かみえたっていーじゃん! 人とちがったっていーじゃん! みんなちがって、みんないいんだって、おうたでも言ってたんだから‼ かほは、きよいがかほとちがってるから、だからおもしろいっておもう! なにかフシギなちからがあったら、すっごくかっこいいっておもうもん‼』




 昔から、そういう少女だった。それは大きくなってからも何も変わらない。妙にカンが良くて、暗くて、やる気も何も出せないでいた自分を遠巻きにする者は少なくなかった。そんな聖が思わずしてしまった人助けで、怪我ばかりしていた時。聖を真正面から叱ってくれたのは、いつだって香帆だったのである。

 彼女だけだ。聖にどこまでも付き合って、ぶつかってくれようとしたのは。


――だから、巻き込みたくなかったのにな。


 これを人は、運命と呼ぶのだろうか。

 侵略者と関わり、そして能力を開花させた以上――もう彼女も、最前線の兵士として迎えざるをえないのだろうから。


「……俺の守りたいものは、今も昔も変わっていない。それだけです」


 この想いも、記憶も。自分だけのものだ。――誰にも渡す、つもりはない。


「どうせ先輩は病院にいたって、“長目飛耳”の力で全部わかるんでしょう。だったら、俺に訊く必要なんかないじゃないですか」

『あはは、まあ、それも一理はあるんですけどねえ』


 腹の底が一切見えない、おっとり狸な先輩は。電話の向こうで、からからと笑い、そして。


『とりあえず真面目な話をしておきますか。……エレベーターが消えたことで、七不思議は自動的にまた新しくすり替わった。その認識で間違っていませんね?』

「……はい。これはいつものことなんですよね? いつの間にか“異次元繋がるエレベーター”の話がなくなって、“焼却炉から覗く目”という七不思議に変わっていました。しかも、誰も異次元エレベーターなんて怪談があったことを覚えていません」

『そういう仕組みみたいですよ。その七不思議を則っていた侵略者を倒すと、その七不思議そのものが消滅して置き換わる。長年そうやって、この戦いは繰り返されてきたんです。……果てしなく、ね』


 それでも、そうすることで僕等は誰かを守れているんですよ、と諭すように空史は言う。


『終わりのない戦いに見えるかもしれません。それでも、僕等は何も進展していないわけじゃない。少なくとも、あの“屋上で招くカナコさん”は、あの一体のボス格であるに違いない。この僕を病院送りにしてくれた元凶ですからね。彼女を倒せば、この状況も大きく改善される見込みです。……無駄なことなんて、ひとつもない。君にとっても、君の大切な人にとってもね』


 やっぱり、すべてお見通しらしい。はあ、と聖はため息をついた。やっぱり、この先輩は苦手である。あのカナコさんのせいで侵略者の呪いを受けて、入院生活が長引いてしまっているのは気の毒なことだとは思うし。もし彼があの大怪我をしなければ、自分はこの件を真剣に考えることも、こんなにも香帆を巻き込まない為に奔走することもなかったかもしれないとは思うけども。


『人は必ず、いつか死ぬ。それが明日でない保証はどこにもないのです。僕達のような兵隊は尚更にね。……それを重々、肝に銘じておくといいですよ。では』


 一方的に言い放ち、そのまま携帯は切れた。ツーツー、という無機質な音を漏らすばかりのスマートフォンを恨めしげに見つめ、聖は途方にくれて空を仰ぐ。

 明日死ぬかもしれない場所にいる。そんなことは、わかっている。でも。


――後悔するかもしれないとわかっていても。簡単に踏み出せないこともあるのが、人間だろうが。


 そろそろホームルームの時間だ。何となく、香帆に会うと面倒な気がしてしまう。このままサボろうか、ズル休みでもしようか。真剣にその選択を考え始めた、聖であった。

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1年E組~彼らは異世界バスターズ~ はじめアキラ @last_eden

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