第10話 護衛の依頼

 明朝。

 依頼者との合流を果たし荷物の積み込みを終え、3人は馬車の荷台でゆったりと揺られていた。


「それで……本当に2人分の依頼金で良いのかのう?」

「構わねぇよ、俺は本当に危なくなってからしか動かないからな。メインはこの2人だ」


 御者台から今回の依頼主である商人――名前をラドラーという彼が申し訳なさそうにそんな事を口にするが、グウェインからしてみれば運んでもらえるだけで文句はない。

 冒険者としての位だけを考えればこの3人を雇おうと思えばそれなりの金額を用意しなければならないだろうが、利害の一致からくるものなので今回に限ってはなんの問題もないのだ。


「私達で無事に送り届けて見せます、ビバルディ家の私にお任せください!」

「頼りになるねぇ。二人ともその若さで金と赤の冒険者だなんて大したもんだよ」

「ありがとうございます!」


 貴族として再興するのが目的であるダフネとしてみれば、首都に居を構える商人との関係性を構築しておくことは大きなメリット足りえる。

 いつも元気な彼女だが、今日はさらにより一層やる気があふれ出しているようだ。

 それに比べてカリスは初めての馬車の揺れ方が心地よかったのか、乗り込んでそうそう目を閉じてすうすうと鼻息を立てながら眠ってしまっていた。


「そっちの子は弟なのかな?」

「いえ、カリスは私のライバルです。彼はグウェインさんの弟子なんですよ」

「そうなのですか?」

「腐れ縁があってね。俺の師匠がどっかから拾った子供がこいつだったんだよ」

「ほう、グウェインさんの師匠ということはあのお方ですか。昔私も助けて頂いたことがあるのですよ」


 昔を懐かしむようにしながらそう口にしたラドラーの言葉に、先ほどまで眠っていたカリスはパチリと目を開けると御者台まで身を乗り出す。


「お婆ちゃんの事、知ってるの?」

「ウィンター氏には命を助けていただきました。まさかあの方の拾い子だったとは、奇妙な縁もあるものですね。ならその時の話をしましょう」


 いつもは意識的に使うようにしている敬語も、心地いい馬車の上もカリスにとってみればダフネの話に勝るものではない。

 ラドラーから語られる自分が知らないウィンターの話に興味心身になったカリスは、そうして語られるかつての育ての親の話を楽しく聞くのであった。


 時刻はそれから数時間、日も暮れようと言ったころ。

 思い出話に花を咲かせていた一行だったが、ふとグウェインが馬車を止めさせる。


「止めろ」

「どうかなされましたかな?」

「囲まれてるな。盗賊だろう」


 グウェインの言葉を聞いてラドラーは即座に馬車を止める。

 今現在馬車が通っている道は元々農村があったのか両脇に畑の跡地がある長い一本道であり、腰の丈ほどの高さの草が生い茂っている見通しの悪い場所である。

 確かに盗賊たちが攻め入るには絶好の場所、襲ってくるのも不思議ではない。


「御者台から下がってください。頭を守って姿勢を低く、弓矢が飛んでくるかもしれないので」

「基本に忠実で結構、隠れてるのは分かってるから出て来いよ!」


 隠れているのが無駄だと分かったのか、グウェインの呼びかけに呼応して20人余りの盗賊がその姿を現す。

 人数で威圧しようという魂胆が透けて見えるが、それにしても3対20という絵面はあまりにも酷く見える。

 いまだ隠れている盗賊がいると考える方が自然な考えだし、それでなくともこの人数差。

 盗賊たちの顔には成功を確信した物特有の嫌な笑みが浮かんでいた。


「積荷を下ろせば手出しはしないが、反抗するなら分かるな?」


 リーダー格であろう男が武器を持ちながら要求を告げる。

 基本的に積み荷をすべて降ろす必要性というのはなく、通行量のように一定の積み荷を降ろせばそれで盗賊達も満足してどこかに行く。

 彼らにとってみても事を大げさにして国から騎士団などを差し向けられるリスクは無視できない物であり、商人達も命の代金代わりになるならと多少の荷物を置いていくのだ。

 だが今回は荷馬車に乗っている相手が悪かった。

 その男は笑みを携え笑いかけるような自然体のまま、盗賊の要求を突っぱねる。


「時間の無駄だから辞めろ。お前ら全員連れてけるほど食料に余裕ないからな、攻撃してくるなら殺すぞ」

「この人数差で随分な余裕だなぁおい!」

「良いから尻尾巻いて逃げろよ、それともやるか?」

「――ッ!! 逃げるぞ!!」


 人数差を前にしても引くどころかむしろ乗り気にすら見えるグウェイン。

 交渉の余地がないのならばと彼が腰に挿した剣をほんの少し抜いたその瞬間に、盗賊達は蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。

 武器を手にしたことによってグウェインの全身からにじみ出た強者の圧、それが彼らの心をいとも容易くへし折ったのである。


「ふぉっふぉっ、さすが最高位冒険者ですな。尻尾を巻いて逃げていった」


 来た時も逃げるときもどうやってか気配を消して逃げていく盗賊達。

 そんな彼らの背中を眺めながらカリスは自分よりも前に出ていたグウェインに言葉を投げかける。


「……意外だな、てっきり戦わせるつもりなのかと思ってた」

「無駄な戦闘はしないに越したことはない。お前なら100回やっても負けないだろうが、一万回に一回をいま引いたら死ぬぞ」


 獣との戦いでもそうだが、戦闘には常に死ぬ可能性が付いて回る。

 不注意や慢心、ましてや武器を持っていない今ならば普段と違う戦い方の影響で何か想定外の綻びが出る可能性もあるのだ。

 わざわざ隣町までの移動にグウェインが付いてきたのも、万が一の事が起きないようにするためである。


「首都に近い街道で何故わざわざ盗賊なんてしてるんでしょうか」

「顔が疲弊してたし新しい傷も散見できた、他の盗賊との争いで逃げ延びて来たんだろ。まぁそのうち無茶な相手に詰めてやられて終わりだな」

「……誰か被害者は出ないでしょうか」

「可能性としてはあるが、荷物さえ渡せばあいつらも見逃すだろ。騎士団に本格的に目をつけられたら首都の側なんてすぐに殺されるからな」

「だったらいいんですが……」


 心配する気持ちも理解できるが、自分たちがそのせいでリスクを負う必要性はない。

 冒険者的な感性でグウェインが言葉を返すのであればもし死んでも当人の実力不足であり運がなかっただけだ、そう割り切れないのは出生と生まれつきの心の良さなのだろう。


「優しいんだねお嬢ちゃんは」

「甘いって言った方が妥当だな。まぁ気持ちは分からんでもないが」

「ダフネは優しいもんね」

「みんなしてなんですかその生暖かい目ッ!」


 本人は嫌そうだが、優しさはダフネの美徳だ。

 さすがに盗賊に襲われたばかりの現在地点で野営をするわけにはいかないので、そこから1時間ほど移動したところで馬車を止めて野営の準備を始める。


「それじゃあ今日はここら辺で野営としようか」

「いつも通りの担当でいい?」

「ああ。任せた」


 カリスとグウェインはお互いの作業を確認すると、そそくさと仕事を始める。

 依頼主であるラドラーも荷台に積んでいたらしいテントを立て始めており、各々が夜間に向けての準備をテキパキと進めている。

 そんな中遠出が初めてであるダフネは何をすればいいのか分からず立ち尽くしており、どうにも困っているようだ。


「私も何か手伝えることある?」

「なら料理手伝ってもらってもいいかな。グウェインが食材と薪持ってきてくれるからそれの調理しないと」

「そういう事なら任せなさい。いつも自分で料理してるんだから」

「うん。頼りにしてるよ」


 グウェインが食材を持ってくるまでに料理の準備を一通り終え、少ししてからグウェインが持ってきた猪の様な魔物を調理しお腹いっぱいご飯を食べた面々は眠りにつく。

 夜間に街の外という事もありラドラーを除いた3人で交代しながら警備をすることになった。

 順番はグウェイン、ダフネ、カリスの順番。

昼間寝ていたカリスは自分が夜中になるように順番を組んでもらい、いま眠気眼を擦りながら固まった体をほぐして火の番もしているダフネに声をかける。


「ふぁぁっ……ダフネ、変わるよ」

「もうそんな時間?」

「多分それくらいだと思うよ。何してたの?」


時間を測定するような高価な器具は持ち合わせていないので体感でしかない。

だが月の満ち欠けから考えてもそれなりの時間は経過していそうなものである。


「星を見てたんだ。あんまりにも綺麗だったから見入っちゃった」


言われて空を見上げる。

夜間でもある程度明るい街に比べて森の夜空は満天の星空だった。

息を呑まずにはいられない。

森や山と同じ環境でしかない筈なのに、煌々と輝く星々は何があろうとも人の手中に収まらないのだ。

届かない物だと分かっているからこそ、人はそれに惹かれる。

それはたとえ英雄と呼ばれた物であってもそうだ。


「……お婆ちゃんも星好きだったんだ。いつも窓から夜になると星を見てた」

「前亡くなったって言ってたわね。どんな人だったの?」

「雰囲気はグゥエインみたいな感じだよ、僕が知る限り誰よりも強くて誰よりも優しい人だよ。ダフネにも合わせたかったなぁ」


懐かしさと悲しさから、なんだか自分の胸の内がよく分からなくなる。

年月がこれを解消してくれるのか、それはそれでなんだか寂しいような気もする。


「カリス、そんな顔もするのね。本当に嬉しそう」

「お婆ちゃんの話を出来る機会なんてあんまり無かったからかな。嬉しいよ」

「私、このままここで寝るからさ。寝るまでお祖母様の話を聞かせて」


昼間他人の口から語られたウィンターの事を思い出しながら、それならとカリスは自分が見てきた彼女の話をし始める。

ダフネはそんなカリスの様子をどこか楽しそうに見つめるのだった。


そんな二人の会話を聞く人影が二つ。

半分ほど寝ていても警戒を欠かさない彼等は子供達の話し声で目を覚ましたのだろう。

ぼうっと寝入るまで話を聞こうとしていると、ふとお互いの視線が交差する。


「あの二人、いい雰囲気ですな」

「大人が茶々を入れるもんじゃないとは思ってるんだが、もどかしいな」

「あれくらいの時期が一番楽しいのですよ」


大人は大人として、子供の成長を見守るのも楽しい物だ。

そうして夜は更けていく。

カリス達が街に到着するのはこれから2日後の事だった。

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