第9話 武器を買いに

緑の深い森の中。

魔女の森に足を踏み入れていたカリスは、つい先ほど討伐した魔物の解体をしているダフネを守るために周囲を警戒しながら、暇な時間を潰すために彼女に疑問を投げかける。


「ダフネはいつも剣で戦ってるけどほかの武器を使うつもりはないの?」


カリスは基本的に武器を選ぶような戦い方をしないようグウェインから育てられてきた。

もちろんそれには理由があり、冒険者として生きていくうえで武器を一本に縛ってしまうと何らかの理由で自分の武器が破損したときに扱える武器がないせいで、危険な状態に陥ってしまう可能性があるからだ。

最も手になじむ武器を主として戦う事は珍しくないにしろ、ダフネのように武器を一本しか持たないような人物というのは少なくともこの数日間カリスが出会った冒険者には居ない。


「剣は帝国貴族のたしなみなのよ。この武器以外を使う気はないわ」

「そうなんだ。貴族って偉い人の事だよね、本で読んだから知ってるよ」

「――そういうあなたは一体どこの生まれか聞いてもいいのかしら」

「生まれはよく覚えてないんだ、川に捨てられたことは覚えてるんだけど」


良いか悪いか、両親の顔をカリスは覚えていない。

川に捨てられこそしたものの自分を産んでくれた相手の事は全く恨んでいないので、カリスは全く気にする様子もないが聞かされたダフネは少しだけ同情的な視線を向ける。


「そう。あなたも大変なのね」


いくらグウェインの弟子とはいえ、その見た目から普通の人生を送ってこなかった事くらい想定していたとはいえ親に捨てられたとあっては同情するのも無理はないだろう。

なんとなく言葉を口にしにくい雰囲気が一瞬漂うが、カリスはそんな事をまるで気にする様子もなかった。


「ダフネはなんで冒険者を目指したの?」

「私が一人で生きていくにはこれしかなかったの。あなたも似たようなものでしょう?」

「そうかもね。それで言うと似た者同士だね」


ニコニコと笑みを浮かべながらそんなことを口にするカリスの胸中はどうなっているのだろうか。

相変わらずつかみどころがない男の子だが、なんとなくではあるが少しだけダフネは彼の事を理解できたような気がする。

解体作業を終えて次の依頼書を取り出すと、二人は更に森の奥へと進んでいくのだった。


▽▽△▽△▽△▽△△


場所は変わって冒険者組合のラウンジ。

夕日も既に沈んでしまっているような時間であることもあってか、いつもに比べれば人が少ない組合のテーブルの一角でダフネとカリスは席を共にしていた。

朝一番から外に出て帰ってきたのはつい先ほど。

慣れてき始めたとはいえ命のやり取りを一日中していれば二人の顔には濃い疲弊の色が見える。

ダフネはなんとか精神力をフルに活用して貴族として恥ずかしくない態度を維持しながらどさっと重たい音を立てて革袋を机の上に二つ置く。

中に入っているのは今回の報奨金、今日戦った敵の強さを考えれば実入りは雀の涙ほどしかないが、それでも一日で稼いだ金額として考えれば相当なものが入っている。


「カリス、これ今日のアンタの分よ」

「こんなに要らないよ。今日はほとんどダフネが戦ってたんだし」


差し出された袋を見てカリスはそこから一つかみほど手に取ると差し戻す。

連携を強化するために今日はダフネが前線をメインとして張っていた、後衛に比べて飛躍的に危険度の上がる前衛を務めたのだからカリスからしてみれば今日の功労者はダフネである。

だが彼女はそんなカリスに対して再び袋を差し戻した。


「私ひとりじゃ何かあったら困るから訓練に付き合ってもらってるのよ、これくらい払わないと貴族としての誇りが損なわれるわ」

「そういう事ならありがたく受け取るよ」


貴族としての誇りがあると言われれば、カリスとしても素直に受け取るほかない。

そんなカリスを見てダフネも少し嬉しそうだ。


「そのお金で装備を新調してきたら? カリスその剣だいぶ刃こぼれしてるでしょ」

「何回か買い換えてるんだけど、1回外に出るとこうなるんだよね。いい鍛冶屋さん知らない?」


カリスの筋力は同年代と比較して以上と言っていい程の物がある。

技の使いかたをグウェインから教わりこれでも最初の頃に比べれば剣を浪費する様な事はなくなっていたのだが、強い魔獣を相手にしたり連戦していれば摩耗は目に見えるほどに早くなる。

一回探索に出るたびに使い捨てのように武器を浪費していたのでは金もかかるし、万が一戦闘中に武器が折れでもしたら大惨事につながりかねない。


「私は冒険者組合共産の武器屋さんで基本買うようにしてるからあんまり詳しくはないのよね、受付の人に聞けば多分教えてくれるわよ」


餅は餅屋、こういったことは分かっている人間に聞くのが一番早い。

そういう事でカウンターまで足を運んだ二人は、受け受け嬢に現在の状況と要望を伝えていた。


「装備についてですか……この首都は冒険者組合でしか正規の武器の売買が認められて居ないの、でちゃんとしたものを買うとなると遠出しないと行けませんね」

「カリスのこの剣は売ってたのにダメなのかしら?」


この帝都で武器の売買が認められていないというのはダフネも初耳だった。

彼女が持っている剣は一族に伝わる武器であり、それ一本で戦い続けているダフネは武器を売買する機会がなかったからだ。

毎回折れるたびにカリスが剣を買ってくるという事は、この街のどこかで購入しているはず。

そんな疑問からのダフネの問いかけで受付嬢は途端に怪訝そうな顔を見せていた。


「……見せてもらっても?」

「どうぞ」


鞘と一緒にカウンターの上に剣を置くと、受付嬢は一言断りを入れてから刀身を抜き武器の全体像を観察する。

重度の刃こぼれをしており武器としてはもう扱えないと言っていい程のなまくらだが、彼女にとって肝心なのはそこではない。


「そうですね、これ多分行商人を名乗る人から買われたと思うんですけど合ってますか?」

「そうですね。いつも同じ人が持ってきてくれてます」

「生活に困った農民の方とかが作った粗悪品を売りつける詐欺が流行ってるんですよ、申し訳ありませんがこちらの剣は預からせていただきます。これからはこの認可の印がついた商品だけを購入してくださいね」

「すいません」

「謝る必要はないんですよ、むしろもう少し早く講習を行うべきでしたね、申し訳ありません。商売が盛んな街までの地図を持ってきますので少々お待ちください」


武器はなくなってしまったが、次の武器を買うまでは拳で戦えばいいだろう。

そう考えていたカリスだったがそんなもので戦っていたことを知ったダフネとしては気が気ではない。


「カリスそんな粗悪品でずっと戦ってたの? っていうかいくらだったのよあれ」

「切れはしなくても生き物だから叩けば倒せるし……銀貨5枚だったけど」

「銀貨5枚っ!? ……グゥエインさんはこの武器見てなんて?」

「僕には丁度いいって言ってたけど」


銀貨五枚といえば帝都でも普通に暮らせば2週間は生きていけるような金額だ。

それをあることか粗悪品の剣を購入するために使うなんて金遣いがあまりにも下手くそすぎる。

本来お金の使いかたを教えるべき存在であるグウェインはどうやらカリスに教えるつもりもないようだし、誰かが彼にお金の使いかたから教えてあげる必要があるだろう。


「悪いこと言わないから今度何か買うときは私に相談しなさい。」

「そうするよ」


ひとまずこれでおかしな買い物はしなくなったと思いたい。

――それから少しすると受付嬢が一枚の地図を持って戻ってきた。


「こちら地図になります。往復で一週間ほどですが最近街道の魔物が増えているので、もし良ければこの街に向かう商人の護衛任務はどうですか?」

「今日か明日発の依頼があればそれで行きたいですね」


どうせ行くのであれば早いに越したことはない。

別の街への護衛任務ともなると普通はそれなりに準備をしてから行くものなのだが、身一つで移動するのに慣れているカリスとしては別に何も準備する物もない。

受付嬢もカリスから言われるままに現在組合側に出されている護衛依頼を探し始めていると、ふと見知った人間がカリスの方を叩く。


「なんだお前ら地図なんか持って、どっか行くのか?」


先程まではいなかったので、いましがた到着したのだろう。

グウェインも今日は冒険に出ていたのかところどころ汚れが目に付く。


「武器を買いに行くんだ。グゥエインも来る?」

「ようやく買い替えるのか。行き先にもよるが……ここか、丁度いいかもな。俺も仕事でそっちに行く予定あるし付いてくわ」

「そういう事でしたらこちらの依頼がよろしいかと」


渡された依頼書には3人以上での護衛依頼だ。

明日の明朝に出発することになっているが、依頼された日付を見てみると今日の夕方ごろであり随分と急な予定での出発だ。

だがこちらとしては都合がいいし、グウェインが来てくれるのであれば人数の問題も無事に解決することができる。


「グゥエインさんが付いて来てくださるなら頼もしいですわ」

「睨みながら丁寧なふりするのやめろよ。嬢ちゃん顔怖いんだから」

「――――っ!!!」


グウェインの言葉に顔を真っ赤にするダフネだが、さすがに組合の中だからか剣を抜く気はないようだ。

最初は伸びた鼻をへし折るために嫌な態度を取っていたグウェインだったが、ダフネの反応が面白いのかこうして事あるごとにダフネを怒らせている。

一体だれがこの後機嫌を取ると思って居るのか。


「ほらグゥエイン早く準備しに行くよ!」

「はいはい、お前らほんと元気だな」


新しい街、そこに何があるのか。

見知らぬ場所に行けるようになるドキドキとそこで何が起きるのかという期待感を胸に秘めながら、2人を引き連れてカリスは冒険者組合を後にするのだった。

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