第7話 試験開始
「それでは本日の試験内容についてですが――」
今日は試験当日。
早朝から冒険者組合に呼び出された受験生たちは、講義室の様な所で試験の説明を受けていた。
試験に大切なのは予習、そう言っていたグウェインの言葉を参考にしてここ数日カリスは図書館と酒場を往復する生活をしていた。
図書館は一般教養の勉強をするために、酒場には先輩冒険者から様々なアドバイスを受けるために行っていた。
冒険者組合としては他の冒険者と優劣をつけるのは規則に違反するので試験内容を教えることはできないが、既に試験を受けたことのある先輩冒険者は話が別である。
確かに試験内容を漏らさないようにというお触れは出されていたようだが、規則だけでは人の口に戸は立てられない。
酒を奢り話を聞いてどうにかこうにか試験内容を聞き出したのは2日前の事。
思い出すのはその日の夜にグウェインから言われた言葉だ。
「いいか? 実技に関しては間違いなくお前は最強だ。この街にいる全ての冒険者が集まってもお前より強い奴は俺以外いない。一般常識問題も想定してたよりよほど楽だ、文字が読めたら落ちることはないだろう」
「つまり僕はどうすれば?」
「一番良いのは間違いなく実力を見せつけることだな。向こうだって優秀な人材は欲しいはずだ、とりあえず思いっきりやってこい。そうしたら万が一筆記が出来なくても向こうで調整してくれる」
「なんか悪い顔してますね」
「大人はみんなズルいんだよ」
大人はみんなずるいとそうグウェインは言っていたが、カリスとしてはグウェインとその周りの人だけなのでは無いだろうかというのが率直な意見だ。
ここで冒険者として早期に合格してしまえばおばあちゃんの願いであった一人で生きていくこと、この願いに関しては確実に叶えられるだろう。
そのためにもカリスは何としてもこの試験に落ちるわけにはいかない。
筆記よりも先にある実技、魔物の森に先輩冒険者と共に行き指定の成果物を持って帰ってくるという依頼を完璧にこなして見せると息を巻く。
「以上となります。先輩冒険者の胸を借りるつもりで頑張っていきましょう」
そういうと部屋の中にこの講義室で話を聞いていた受験生と同じ数の冒険者が入って来る。
年齢や性別は完全ランダムであり、付けている階級章も金以上という共通点こそあれどそれ以外は特に決まりはなさそうだ。
有望な物にはそれなりの人物が付くのか、カリスの目から見て強そうに見える受験生のところにはランクの高い冒険者が付いている。
たとえばこの間睨みつけ脅してきた赤髪の女の子には赤の冒険者ランクを持っている人物が付いていた。
赤の冒険者と言えば冒険者としては一流に近い。
そんな彼らがわざわざ組合からの依頼とは言えこんな場所に立っている理由は青田買いをしたいという利害の一致も大きいのだろう。
そしてカリスの前にも同じように、赤札を首から下げた冒険者が立っていた。
「君がカリスくんかな? 僕は担当のエイベルです。よろしく」
金の髪に青い目、この国では特に目立ちもしない外見だが首から下げた赤札が彼が凄い人物であることを証明する。
エイベルと名を名乗った彼はその人当たりのよさそうな雰囲気をそのままに笑顔を浮かべてカリスに手を差し出す。
それに対して手を返しながらカリスは失礼のないように挨拶をした。
「よろしくお願いします」
「うん、良い挨拶だね。カリス君若いけどどうしてこの業界に?」
「お婆ちゃんが死んで引き取ってくれた人が冒険者だったので」
軽い身の上話は人が親睦を重ねる上で大切なこと。
この数日間の様々な人との会話はカリスのコミュニケーション能力を飛躍的に向上させていた。
「へぇそうなんだ。それってもしかしてグウェインさん?」
「そうです。知ってるんですね」
「昔お世話になったんだよ、向こうは覚えてないかもしれないけどね。それじゃあ今回の目標である緑鬼種退治に行こうか」
「はい! よろしくお願いします」
師匠の知り合いならば何か融通してくれるかも。
街に来てから少しの間のグウェインの立ち振る舞いに影響されてそんな事を考えるカリスは、影響されている事すら自覚せずに元気よく返事をして目的地へと向かう。
道中の移動方法についても完全にカリスに任されており、近場での狩という事で馬車を使う運賃が無駄だと判断したカリス達は走って目的地まで向かうのだった。
時間にして30分ほどだろうか。
魔力によって強化された脚力でそれだけかかったので、移動時間は結構なものである。
2人とも息切れする様子すらなく、目的地の森の手前で地図を開きながら今後の予定を立てていた。
「ここから先が魔女の森に分類される場所だよ。知識はある?」
「元々この森の奥に住んでました」
「そっか、さすがだね。装備もしっかりしてるようだし基礎はもう終わってるみたいだね」
チラリとエイベルの視線がカリスを上から下まで見下ろす。
冒険者は冒険に出る前にする準備の量でその力量が分かるとグウェインは言っていた。
その教えを忠実に守り、先輩冒険者から話を聞きながら準備をして来たカリスは完璧と言っていいだろう。
「はい。師匠に教わりました」
「じゃあここから先は僕ら監督官は緊急時以外手を出さないから頑張って」
「話し相手はしてくれるんですか?」
「ははっ、それくらいなら全然大丈夫だよ」
それから二人は森の中をずんずん奥へと進んでいく。
傍目から見ていると自然体にしか見えないが、街中を歩いているときよりは僅かに狭い歩幅でかつ周囲を常に警戒している。
昨日今日始めたところで染み付くような動きではなく、カリスが本当にこの森で生活していたのだと言う事実をその動きが物語っていた。
そうやって会話をしながらも目的の獲物を探していると、ふとカリスが立ち止まる。
「──意外と師匠ってすごいんですね……あ、ここ足跡ありますね」
「よく気がついたね」
「散歩の時になるべく他の生き物と出会わないように気をつけていたので」
思い出すのはおばあちゃんの森の外ではどんな生き物とも触れ合うなと言う鉄の掟。
グウェインから教えを受けた頃にはその教えも解除されたが、小さな子供が魔物と出会うことの危険性はいまなら十分にカリスは理解できた。
足跡を追いかけていけば必然的に目的の生き物はその姿を表す。
カリスよりも20センチは低い背丈、長い耳に不揃いな歯緑の体にギラギラとした金色の目は獲物を探し回っている。
冒険者の最初の敵、この世界で繁殖する知的生命体の中でも下層に位置付けられている性獣に分類される亜人種。
「いたね」
「行ってくるので少し待っててください」
「気をつけるんだよ」
緑鬼種と対峙するにあたって最も気をつけなければいけないのは、相手が獣ではなく知性を持った生物であることを忘れないこと。
眼前にいるのは5体、粗悪な武器を手にしている。
獲物を探してはいるようだが周囲は警戒しておらず、隊列を組んでいるようすもない。
手に小さな石ころを持ったカリスは、それを緑鬼種達より少し奥の草むらに投擲。
葉に触れた石ころが音を立て緑鬼種がそれに意識を割いたその瞬間──カリスは草むらから駆け出した。
「──早っ!?」
流れるように腰から短刀を抜き出すと、緑鬼種達の急所に的確に攻撃を仕掛ける。
襲われている緑鬼種達が何をされているのか気付けず声すら出せぬまま、確実な致命傷を与えて5体の緑鬼種を討伐して退けた。
倒した緑鬼種達が所持していた武器になりうるものを即座に蹴り飛ばし、カリスは確実に動けなくなるように念入りに殺害する。
死体切りとも見て取れる行いは非情ではあるが、身の安全を考えるのであればこれが確実だ。
「素晴らしい……予想以上だよ!」
「ありがとうございます。素材は耳で良いんですよね」
「そうだね。さっさと集めて戻ろうか、この森は危ないし」
そうして依頼を無事に終えたカリス達は帰路に着く。
あっという間の出来事であったが、これはカリスがこの程度十分にこなせるように用意してきたからこそ。
道中何度か緑鬼種達と遭遇し、そのたびにソレらを完全に撃滅しながら依頼用に渡された袋を満タンにして満足したカリス。
行きよりも早く20分ほどで街へと帰ってきたカリスは、受付に試験を受けている証と一緒に緑鬼種の耳が入った袋を置く。
「お帰りなさいませ。──って早いですね!? もう終わりですか?」
「はい! これが素材です」
時間にして2時間もかかっていない。
早朝から開始されたこの試験は実技だけで夕方の鐘が鳴るまでタイムリミットがある。
まだ昼の鐘すらなっていないことを考えれば、カリスのタイムは驚異的だ。
受付嬢は依頼通りの物品が入っていることを中身を見て確認し、カリスの依頼書にハンコを押した。
「確かに受け取りました。この後二回で学科試験があります、学科試験終了後は合格発表まで組合内の施設でお待ちください」
「分かりました」
実技を異例の速さで終え、学科の準備をしっかりとしてきたカリスに抜かりはない。
一度もペンを止めることなく学科試験を終え予想以上の手応えを感じながら学科試験をパスしたカリスは、余裕の笑みを携えて図書館にいた。
ひとまずこれでおばあちゃんから課されていた一人で生きていけるという点に関してはクリア。
カリスの目標はこの世界で生きること、他に何かしたいことがある訳ではないが次の目標は何か決めておいた方がいいだろう。
本を開きっぱなしにしながらカリスはああでもないこうでもないと考える。
最初に思いついたのはおばあちゃんの話をいろんな人に聞いて回ること、昔は有名な人だったとグウェインからよく聞いているので、長命な種族の人間ならばおばあちゃんと話をしたことがある人もきっといるだろう。
あとはおばあちゃんの技をもっと磨き上げ、おばあちゃんと同じ領域まで並び立てるようになることも目標の一つか。
こう考えるとやる事というのは無限に湧いてくるものであり、大きく伸びをしながらカリスはこれからの人生に思いを馳せる。
そうしているとふと図書館の扉が静かに開かれた。
冒険者が図書館に来るなんて珍しい、そう思いながら視線を向けるとそこには見知った人物がいた。
(あ、あの子だ)
赤髪をポニーテールにして鋭い目つきを図書館の人間全員に向けているその人物は、ドカドカと足音を立てんばかりの勢いでカリスの元へとよってくる。
「えっと……なに?」
「アンタが一番早かったって聞いたわ」
とっさに本で顔を隠しながらカリスは彼女に言葉を投げかける。
初対面でいきなり怒られたのがトラウマになって彼女と話をするのが少しだけ怖いのだ。
「そうだったんだ。知らなかったよ」
「貴方、強いわね。次は私が勝つわ。もうそろそろ集合時間だから、じゃあ」
それだけ言うと彼女は去っていった。
わざわざ集合時間を教えにきてくれるなんて意外といい人なんだろうか。
そう思いながらもカリスは準備を終えて講義室へと向かうのだった。
そうしてやってきた講義室。
合格を確信しているもの、ギリギリなのか不安そうにしているもの、落選確定で青い顔をしているもの。
様々な表情の中で受付嬢が大きな紙を持って部屋にやってくる。
「それでは本日の合格者を発表します」
そういって受付嬢は講義室の前に合格者一覧を提示する。
合格者名一覧と書かれたその紙にはしっかりとカリスの名前が刻まれており、自身はあったものの対策をしっかりと行かせたことにガッツポーズをするカリス。
難しいことではなかったが、それでも努力が報われるというのは嬉しいことだ。
「次に特別成績優秀者の表彰を行います。まずはダフネ=ビバルディ前に」
先輩冒険者から聞いていた成績優秀者の表書式、どうやらソレが始まった。
呼び出されたのは赤髪のあの子、何かと因縁がある彼女の名前はどうやらダフネと言うらしい。
「新米冒険者とは思えない素晴らしい働きを表彰し、金の位を授けます。新米冒険者としては破格の待遇ですが、これに驕ることなく活動に勤しむことを期待しています」
「ありがとうございます」
カリスを睨んでいた時とは違い、職員に感謝の言葉を述べながら頭を下げるダフネの姿は堂に入っており礼節が感じられた。
それなりにいい教育を受けてきたのだろう。
普段の物腰は怖いがこう言った場では一番まともなのかもしれない。
「次に最優秀成績を収めたカリス君、壇上に上がってください」
「は、はい!」
そうして油断し切っているとふと自分の名前が呼ばれ、カリスは急いで講義室の前へと向かう。
「正午の鐘が鳴るまでに返ってくる仕事の速さ、同行冒険者からのお墨付き、冒険者としての基本的な立ち回りができている事を考慮に入れ、貴方には暫定的に赤の称号を授けます。これからこの国で冒険者として献身的に活動してくれることを期待しています」
「頑張ります!」
試験制度変更依頼初めての初授与での赤、冒険者組合の一存では決められず皇室に判断を仰ぎさえしたその功績はまさに一流の冒険者が新たに誕生したことを祝福するに相応しい。
この場にいる誰もがその実力を認め、付き添いの冒険者達は自分達を一瞬で置き去りにした新たな新星の誕生に期待と嫉妬の念を送る。
こうして始まったカリスの冒険者人生。
ただし当の本人は式の緊張で何が起きているのかさっぱりわかっていないのであった。
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