第8話 初めての集団戦

 カリスが冒険者になってから早いもので三日。

 この三日間組合監修のもと冒険者としての基本的な講習を行いようやく依頼を正式に受注できる様になったカリスは、グウェイン達と共に街の外へとやってきていた。


「にしてもよぉ、なんでったって俺が子供のお守りをしないと行けないんだよ。しかも二人も」


 彼の視界の先にいるのはカリスともう一人、グウェインの言葉に不機嫌そうにして鼻を鳴らすダフネである。

 冒険者として一定の実力を認められ、金の札すら手に入れたダフネがカリス達とこの場所にいる理由。

 それは単純に彼女が経験不足だからだ。


「ランクは高いけど冒険者としては未熟。強い奴とパーティーを組んで身体を慣らした方がいいなんて、グウェインが組合の人の前で自慢げに言うからだと思うけど」


 グウェインは適当な人間ではあるが、他者にはそれとなく情をかける。

 それは未熟な者達が才能を開花させずに死んでいくのを見ていたからか、それとも生来の物なのか。

 口と本心を別にするグウェインは長く共にいないとその性質は分かりづらく、そんな彼の言葉に拒否されていると感じたダフネは反発せずには居られない。


「私は一人でもやっていけるから、ここは二手に分かれましょう」

「無理無理、お嬢ちゃん弱いもん」

「――ッ!!」


 だがそうやって反発したところでグウェインは一刀の元に切り捨てる。

 奥歯を噛み締め殺意すら籠った目線を向けるダフネだが、海千山千のグウェインには微風の様なもの。

 逆にダフネを責め立てるような目つきでグウェインはいまにも殴りかかってきそうなダフネに言葉を返す。


「睨むなよ、実際弱いじゃん」

「グウェイン、なんでそんな嫌なこと言うの? 楽しくやろうよ」


 さすがに目に余るグウェインの言葉に対して非難を寄せるカリスだが、グウェインは少し嫌そうな顔こそするものの言葉を訂正する気はないらしい。

 心配な気持ちは理解できるのだが、だとしても口下手が過ぎる。


「俺みたいに一人で探索できるのは本当に強いやつだけだよ。死にたいなら別だけど貴族の嬢ちゃんがわざわざ冒険者なんてやるんだ、死ぬのが目的じゃないんだろ?」

「……いくら先輩の冒険者とは言え、人の家の事情に首を突っ込むようなことをしないでください」

「はいはい、悪かったね」


 空気は最悪、不幸中の幸いは二人ともソレほど引きずるタイプでは無いことか。

 空気を入れ替えるためにカリスは少々強引ではあるが話題を切り替える。


「そ。そういえば今日はなんの依頼だったっけ?」

「まずはグリフォン2頭の討伐だな。魔女の森開拓用の荷馬車を襲うってことで困ってるらしい。俺が一匹担当するから後はお前らに頼んだ」

「頼んだって飛行系の魔物が相手だけど魔法は使っていいの?」


 飛行する魔物を討伐するなら遠距離武器か魔法は必須。

 だがカリスは現在グウェインによって魔法の使用を止められている。

 基礎訓練自体は続行しているため全く魔力を使っていない訳では無いが、攻撃魔法全般については完全に使用を禁止されているのが現状だ。

 ようやく魔法解禁かと浮き足立つカリスに対し、グウェインはそれを否定する。


「お前はダメだ。まだ戦士としての基礎が出来てないからな、嬢ちゃんは使えるなら好きなようにしな」

「グリフォンくらい私一人だって倒せるわ!!」

「そりゃあよかった。ちょうど来てくれたぞ」

「――――――!!!!」


 いつの間に目的地へ到達していたと言うのか。

 グウェインが言うが早いが太陽の光を遮る影が空中に現れる。

 鷹の体に陸上肉食生物の様な堅牢な体、大きな翼を携える空の番長はつがいで狩りを行う。

 今日の獲物は話をしていた人間三匹といったところか。

一頭は少し距離を取ったグウェインの方へ、もう一頭はカリスたちの方へと一目散にとびかかってくる。


「合わせなさい!」


 言うが早いがダフネが抜剣しグリフォンめがけて突撃していく。

 全身のバネを有効活用し魔力によって強化した体で飛翔するダフネは、身長の何倍も高く飛んで目標まで肉薄。

 基本的な構えを忠実に守った剣での攻撃は人相手には素晴らしい威力を発揮することだろう。


「まずは翼から――きゃっ!」


 しかしいくら敵に届くだけの跳躍力があるとはいえ、翼を持たず直線でしか攻撃できない空は目に見えた不利がある。

 三次元的な動きをして避ける相手に対してこちらは直進のみ、翼による風圧で吹き飛ばされたダフネを受け止めカリスは何かないかと思考を巡らせる。

  届いたところで何も考えずに突っ込めばまた叩き落されて終わり。

 相手の出方を待つという方法もあるが、討伐依頼でこの場所に来ている以上逃げられる可能性を生み出すわけにはいかない。

 となると最初に手を出すべきはあの大きな翼だろう。


「僕が落とす!!」


先ほどのダフネよりもさらに早く地面を蹴り飛ばしたカリスは、グリフォンが警戒するよりも早く敵の翼を切る。

切り落とすにはあと少し踏み込みが足りなかったが、それでも飛行能力を損なわせるのには十分な一撃だ。


「――――――――!!!!!」


痛みのあまりに吠えたてるグリフォン。

ドスンと大きな音を立てながら地面に撃墜されはしたが、それでも羽がもがれただけで本体はまだまだ元気そのものだ。


「墜とした!!」

「――変わりなさい!!」


追撃を仕掛けようとして前に出たカリスを押しのけて、背後から抜き身の剣をダフネが振るう。

ギリギリのところで回避こそしたが、風切り音を立てながら髪の毛を切ってグリフォンの身体に突き刺さる剣。

一歩間違えていれば刺さっていたのはカリスの首だ。


「危ッ!? いきなり武器振り回さないでよ!」

「なんでいま前に出てくるのよ!!」

「逆になんでそっちが前出てくるのさ!!」


お互い複数人での戦闘をまるで経験したことのないズブの素人。

個人単位で見ればなるほど組合の査定は間違っていないが、集団戦闘ともなればとたんに足元がおぼつかなくなる。

味方同士の攻撃を機にする必要がない遠距離武器とは違い、近接戦で敵を囲む戦士達には阿吽の呼吸が必然的に求められるのだ。

いがみ合っている暇などないと判断したカリスは、ひとまず簡単な作戦を立てることにした。


「僕がもう一撃当てて動きを止めるからそしたら止めでいい?」

「元からそのつもりよ。合わせなさい」


どちらが先に攻撃するか、トドメを刺すかさえ決めれば後は早い。

先ほどと同じ様に前に飛び出したカリスに対してカウンターを仕掛けたグリフォン。

だが逆にその伸び切った前足を一刀で切断したカリスを追い抜く様に、ダフネが前へと飛び出る。


「これで止めよ」


突き出した剣は正確にグリフォンの心臓を射抜き、その命を終えさせる。

自分もしたからこそわかる血の滲むような努力の末の一撃。

カリスにとってあまり好ましく思えなかったダフネだったが、いまとなってはどこか通じるものを感じていた。

いつもの戦闘では感じない疲労感から膝に手を置きそうになるが、まだ戦闘が終わったわけではないと自分に言い聞かせてグウェインの援護に向かおうと視線を移すと、そこには既にグリフォンを討伐しているグウェインの姿があった。


「お疲れさん。ようやく倒せたか」


ようやく、そう口にした通りグウェインは肩で呼吸している二人を見て退屈そうな表情を浮かべている。

あげく腰を軽く叩きながらカリス達の方へと歩いて寄り倒れているグリフォンを見て一言。


「カリス、もっと警戒しろ。体の動きが魔物相手の動き方になってない」


頭を軽く小突かれてカリスは不満を顔に表す。

確かに一人で戦う時より時間もかかったし危険な状況にもなったが、それはチームワークの問題で会って個人技の問題ではないはず。

だがグウェインから言わせてみればそんな考えこそがカリスが魔物との戦闘を想定できていない証である。


「まぁこの相手を倒せたら最低限は大丈夫か。依頼はまだまだある、とりあえず夕方までこの調子で回し続けるぞ」

「ちょっと、魔石は回収していかないの?」


懐から数枚の依頼書を取り出したグウェインに対してダフネは疑問を投げかける。

依頼を受けて討伐に来ているとはいえ、魔物を討伐するうえで最も金になる魔石をわざわざこんな場所に捨ておくグウェインの考えが理解できなかったのだ。

だがそんなダフネの問いに対してグウェインは間をあけることなく言葉を返す。


「欲しいなら取っていけばいい、別に俺は金に困って無い。解体している暇があったらその間に他の依頼を受けなきゃならんからな」

「待ちなさいよ、別に私も依頼の方に行くわよ」


何のために魔物を討伐しているのか、そう問われたダフネはもったいなさを押し殺して移動を始めるグウェインの後を追いかける。

そうして5時間以上が経過したころ、最初のグリフォンとの戦闘が一番楽だったと思えるほどにハードなスケジュールをこなしながらカリス達は身を粉にして働いていた。

グウェインが懐から取り出した依頼書はどれもかなり年季の入った依頼書ばかりだったが、ああいった依頼は基本的に実入りが少なく危険度が高いうえに実力者でなければ受注すらできないようなものが大半だ。

金にもならない面倒ごとを受けたがる物好きでもなければ受注しないような依頼だが、グウェインはそれを今日中に全て終わらせる勢いで予定を組み立てているようである。

さすがに気合でどうにかならない領域まで疲弊が蓄積し倒れ伏しているダフネから少し離れたところで、カリスはグウェインに今日の行いについての理由を問いただす。


「それで、なんでこんなに酷い事するの師匠」


グウェインは口で物事を語りたがらないが、それでも意味もなく相手をいびる様な嫌な性格はしていない。

本当にダフネが嫌いならもっと明確に拒絶の意思を示しているだろうし、ましてやこうして足手まといになることを分かりながら自分とダフネの二人を引き連れて依頼に来ている時点で何か考えがあるはずだ。

そう信じて疑わないカリスの目に見つめられて隠そうと思って居たグウェインも気まずさから声を出す。


「……師匠みたいな目で見てくるな。朝にも言っただろ、あの子はあのままじゃ死ぬ。最低でも集団戦闘にはなれさせておかないとな。あとお前も戦士複数人での戦闘苦手そうだし」

「それわざわざこんなに厳しくして教えないとダメなの? もっと優しくしてあげないと」

「良いんだよ、ああいう子は厳しくされた方が呑み込みが早くなんの。現に今日の戦闘、後半に行くにつれてお前若干足引っ張り始めてたぞ」

「嘘だぁ。僕結構いい動きしてたと思うんだけど」


いいながら思い当たる節がありカリスは苦笑いを浮かべるが、グウェインはそんなカリスを切って捨てる。


「良い動きが出来るように動かせてもらってたんだよ。お前ももっと鍛えないとな」

「まだまだ一人立には遠いか」

「とりあえず明日はいい感じの依頼見繕ってきたからそれ2人でこなして来い、俺の愚痴でも喋ってれば会話も困らなくて済むだろ」


あっけからんとそうグウェインが口にしたことによって、これから数日間カリスとダフネが共に冒険することがあっさりと決まるのだった。

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