第5話 冒険者組合

 陽もまだ存分に上がりきっていない頃。

 顔を洗い髪を整え服装を確認し、軽く柔軟をしながら外出の準備を整える姿があった。

 その少年はいつも通りの時間にいつも通りのことをしているだけだが、こと街の中に置いてこれほどの時間から起きているのは野良犬か商人くらいのもの。

 部屋の隅にあるベッドの上でイビキをかきながら寝ている男もその例外に漏れることはない。

 いつもなら起きてくるのに何故だろうと不思議に思いながらカリスはグウェインの体を揺さぶった。


「朝だよ、早く組合に行こう」

「んぁ……? まだ陽も満足に上がってねぇじゃねぇか。森ならまだしも街中でこんな時間から冒険者組合なんか開いてないぞ」

「ええ? もう起きちゃったよ」


 そう言えば説明を忘れていたなと思い出すグウェインだったが、言葉通り既に準備を終えているカリスは不満げな顔をしている。

 とはいえいまから起きて外に行くような気力はグウェインにはこれっぽちもない。


「そこらへん歩いて回って来いよ。お前なら素手でもこの街のやつらには負けないだろ、鐘が鳴る頃には俺も起きるから」

「じゃあちょっと外走って来るよ」

「おう。気を付けろよ」


 そういいながらもう一度深く毛布をかぶりなおして眠りにつくグウェインを置いて、カリスは宿屋を出て早朝のランニングを開始する。

 昨夜は雨でも降ったのか石が敷かれた道路は少し滑りやすくなっており、普段走っていた獣道とはまた違った感触を楽しみながらカリスはとどまることなく速度を上げ続けて街の中を走り回っていた。

 陽もまだ上がり切っていないような早朝とはいえここは帝国の首都である帝都、それなりに人も行きかいしておりそれにぶつからないように走るのは良い特訓になる。

 これから継続的に朝のランニングは続けようとそう思いながら走っていたカリスは、ふと小さな飲食店の前で足を止めた。

 昨夜はグウェインにおススメされた店でご飯を食べたカリスだったが、街特有の濃い味付けに慣れていないカリスは箸があまり進まずお腹を空かせていた。

 そんな彼に対して待っていましたとばかりに開かれたその店に誘われるようにしてふらふらとした足取りで店の中へといざなわれる。


「いらっしゃい」


 8人掛けのカウンターが一つだけ、外から見た時には普通の店と変わらないだけの広さがあったものの席の数は少ない。

 店内に見受けられるのは初老を迎えている男性が一人。

 促されるままにカウンターの中央に腰を掛けると、他の席との感覚が広く見た目よりも随分とくつろげるようになっていることに気が付く。


「すいません、このお金で何かおススメの物をお願いします」

「はいよ」


 金だけを渡してメニューも見ずに注文をするその姿は失礼に映るかもしれないが、少なくともカリスのような子供が一人で来て文句を言うような大人はこの場にはいない。

 等の本人であるカリスはといえばグウェインから教えてもらった方法で無事に注文ができたことに胸をなでおろし、目の前で作業を始める店員の手さばきを興味深そうに眺めていた。


「坊ちゃん、こんな朝っぱらから一人でどうしたんだ?」

「一緒に来てた人が寝てたので一人で散歩してたんです。そしたらおいしそうな香りがして来たので」

「身なりからして冒険者かい?」

「いえ、冒険者自体は今日からなんですよ。お婆ちゃんが死んじゃったので、お婆ちゃんの弟子の人と今日から冒険者です」


 この世界ではそう珍しくもない話。

 むしろ少しだけ恵まれているともいえるかもしれない状況は、だがそれでも見た目10歳の子供が口にすると途端に哀愁を漂わせる。

 なんだか重たい空気になったのに気が付いたカリスは誤魔化すように笑みを浮かべ、そうこうしているうちに料理が目の前に差し出される。


「……そらぁ大変だったな。これから頑張れよ、この店はいつでも開いてるからよ。好きな時に食べに来な」

「ありがとうございます。いただきます!」


 出された料理に手をつけてあまりの美味しさに驚きの表情を浮かべたカリスは、最低限のマナーを気をつけながらバクバクと食べ進める。

 昨日街にきてから食べた店では濃い味付けで少し食べにくかったが、出された料理はカリスに良くあった味付けだ。

 舌触りも良く丁寧に下準備されているのが感じられ、客に対してしっかりとした物を提供したいという思いが料理から感じられた。


(この店また来よう)


 食べ終わり、満腹になったお腹に満足しながらカリスは店長に見送られて店を後にする。

 喋りながら食べていたので気がつけば随分と長い時間が経過しており、地面は乾き始め陽も少しずつではあるが出始めている。

 大通りにはもう人がそれなりの数歩いており、街も徐々に体を起こし始めているようだ。

 食べたばかりなので先ほどまでのような速度では走らず、景色を楽しむようにして街中を走り回るカリス。

 それでもかなりの速度で走っているとふと後ろ側から誰かに追い抜かれた。


「わっ、危ない」


 肩が振れそうになるほどの距離感で抜かれてしまったので一体なんだと自然と声に出したカリスに対して、抜き去った人物は一瞬振り返るとキリッとした赤い目で一瞬睨むとまた再び走り始めてしまった。

 ローブを頭まで被り風のような速度で走り去ってしまったのでどんな顔だったのか、性別も年齢も確かではないが身長はどうやらそう変わりないように思える。


「危ない人もいるもんだなぁ」


 走って追いかけたら追いつくだろうが、別にぶつかられたわけでもないので積極的に追いかけることもせずカリスは宿屋に戻る。

 ちょうど宿屋に着く頃には鐘がなっており、部屋の中からも人が動いている気配がする。


「いまのいままで走ってたのか?」


中に入れば準備を終えたグウェインが武器の手入れをしているところであり、抜き身の綺麗な剣に目を奪われながらもグウェインに言葉を返す。


「初めて見るものが多くて楽しかったよ。美味しい食べ物屋さんも見つかったし」

「そりゃあ良かったな。そんじゃあ組合行く前に体拭き直してこい」

「はーい」


それから数十分後。

街中をとぼとぼと歩きながら今日の出来事についてカリスがグウェインに説明していると、気がつけばいつのまにか目的地に到着していたようである。

グウェインが突如として足を止めたのは、三階建ての重厚な雰囲気の建物の前だ。

どことなく血と酒の匂いが辺りに漂っているこここそ冒険者達の本拠地。


「迷子になるなよ、出るの結構めんどくさいぞ」


そう言いながらスタスタと中に入っていくグウェインの後を追いかけてカリスも中へと入っていく。

中に入って一番にカリスが思ったのは意外と狭いなということ。

人が4人横並びで入れるくらいのスペースはあるが、それでも外見から想像していたよりずっと室内は狭い。

道中すれ違う人々は必ずと言っていいほど帯剣しており、ここが冒険者組合なのは間違っていなさそうである。

道中何度か曲がり角を曲がっていると窓が少ないことも相まって、自分がどこにいるのかも不確かになり始める。


「何でこんな面倒な作りになってるのここ」

「貴重品が多いからな。外に漏らしたらまずい情報もあるし、万が一って事もある。対策するに越した事はないだろ」


扉を開けた先にまた扉があったり、職員だけしか入れない通路というのも多くあるらしい。

試しに近くのドアに入ってみようと手をかけてみれば、鍵がかかっており鍵穴もどこにあるのか見当すらつかない。


「街での生活って大変なんだね」

「数が増えりゃ悪いことする奴も出てくるからな。ほらようやく受付につくぞ」


扉を一枚隔てると、急に開けた場所に出る。

吹き抜けは3回にまで達しており、人の数も先程までの比ではない。

カウンターの様な場所では様々な人が会話を繰り広げており、カリス三人分はあろうかという大きなボードには依頼書が何枚も貼り付けられていた。

物珍しさのあまりキョロキョロとしていたカリスの目にふと一人の人物が止まる。

知り合いというわけではないが周囲全てを警戒する様なその赤い目には覚えがあった。


「あ、あの子」

「なんだ知り合いもう出来てたのか?」

「朝ぶつかってきた子に目が似てたんでもしかしてと思ったんだけど」


黒い長髪に整った顔立ち。

装備は上にコートを着込んでいるのでわからないが、武器を持っている人特有の重心のブレが見て取れる。

この場にいる誰よりもカリスの目線を惹きつける彼女はそんなカリスの視線に気がつき、ツカツカと足音を立てながら一直線に近づいてくる。

そうして開口一番まるでそう口にするのが当然の如く言葉を投げ捨てた。


「なにジロジロ見てきてるの? 喧嘩を売ってるなら買ってあげるけど」


新米冒険者、ましてや女子供は職業柄舐められやすいこと。

街ではみだりに人をジロジロと凝視してはいけないこと。

そんな事などまるで知らないカリスは目を丸くしながら押し黙ってしまうのであった。

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