4.その男(4)

 開拓者の村は戦場へと変わった。

 旅人の体力を奪う風に乗り血の匂いが荒野に吹きすさぶ。

 

 迫りくる兵士たちの練度は高かったが、征四郎は当意即妙にして己の剣の型に捉われずに敵を斬り裂いていく。

 これは怪物や魔人と言った常識外の戦いをする者たち相手に培った征四郎の戦闘方法であった。

 意外な攻撃、予想外の攻撃を前にして心乱れ、ただその動きに反応を返しているだけでは死するのみ。

 魔人であれ怪物であれ相対する相手の意を察して裏を取り、自分でも思いがけない様な返し技を放つ。

 基本は己の鍛えた剣の型ではあったが、怪物たちとの戦いが征四郎に臨機応変の技を教えていたのだ。

 

 そんな征四郎である、剣を振るえば兵士の首や手足を斬り裂き跳ね飛ばすのは容易な事であった。

 だが、その征四郎ですらポートボーンの兵士たちの動きには舌を巻いた。


(力量差は見せた。それでもまだ向かってくるか……。これはまさか師が言っていた屍行かばねこう!)


 征四郎は巡礼騎士団で出会った師がかつてこう言っていたのを思い出した。


「地下王国の兵を侮るなかれ。かつての強国、その成れの果てと言えども矜持ある兵士は恐るべき戦法を取る。例えば屍行かばねこう。敵わぬ相手であろうとも己の身を捨て屍になり果てながらも敵の足枷と変じて仲間が討つのを求むる。性根に座った精鋭のみが行う恐るべき戦法」


 己の身を投げ打ってまで勝利を求むる貪欲さと団結力、そして死にゆく兵士が止まらずに攻めてくる様は、同じ人間相手では大いなるプレッシャーを与えるのだとか。


(まさか自分が標的になるとはな。確かに死ぬと知りながらも迫り来る者たちの鬼気迫るあり様は怪物の猛攻よりも恐ろしい)


 確かに恐怖と言う名のプレッシャーは感じる。

 だが、征四郎にとって恐怖とは剣を鈍らせ足る要素ではなかった。


 左右から二人の兵士が斬り込んでくる。

 中腰になり頭を狙った左右の攻撃を避ける。

 幅広い剣の刃風を頭上で感じながら征四郎は一人の腿を斬り払った。

 絶叫が響き兵士の一人がもんどりうって倒れるも、残った一人はひるまず再度、横薙ぎに剣を振るう。


 その一撃を刃にて受け流し、体勢くずれた相手の頭蓋を叩き割るべく一撃を見舞う。

 辛くもその一撃を受け止めたかに見えた兵士だったが、征四郎の一撃は柄ごと兵士の手指を斬り裂いた。

 バラバラと落ちる指が地面に着く前には、征四郎は続けざまに額に打ち込んで梨割りに断ち切る。


(これで十八。残り二……。それでも諦めないか)


 仲間の多くが地に伏したとて、ポートボーンの兵士たちは逃げ出すことは無かった。

 死への恐怖は征四郎の剣を鈍らせるものではない様に、彼らの任務遂行への意思を妨げる物でもないらしい。

 地下王国の連中は地下に逃げ込んだ腰抜けと言う地上の生き残りが叩く陰口は、当てにはならないようだ。


「なお、来るか?」


 それでも。

 それでも流石に問わざる得ない。

 征四郎は剣の道に邁進している剣士ではあるが、人を斬って気分が良くなることなどない。


 技の上達は喜びを伴うが、実戦で振るえばどこか虚しい。

 昔からそうだった。

 かつては斬った者が寝所に立ち、恨めし気に征四郎を見つめているなんて事すらあった。

 生気を失い鉛色の肌をした顔を断たれた戦士が恨めし気に自分を見つめているのを、征四郎は負けじと睨み返し、眠れなくなった日々もあった。

 それはいずれはこのように死ぬのだと言う、死への恐怖が見せた幻影だったのだろう。

 その恐怖を誰にも言えず、一人煩悶はんもんしていたものだ。


 死への恐怖は既に征四郎をさいなむ存在ではなかった、あるがままを受け入れようと覚悟は決まっている。

 自身の命はそれで良い、だが、敵の……それも殺すには惜しい融資の命となれば話は別だ。


「行かぬ道理はない」


 問いかけに応えが返る。

 予想通りの言葉に征四郎は頷き、残った二人に向かって切っ先を向けて駆け出した。


 荒涼たる地上の荒野に吹く風は、冷たく旅人の体力を奪っていく。

 その風に乗り血の臭いが広がっていった。

 今、開拓者の村に立っているのは征四郎一人のみ。

 地には二十の死体が転がるばかり。


 ふと、征四郎はむくろの数に違和感を覚えた。

 刹那に剣が風切る音を立てて迫る事に気付く。

 紙一重に首筋を掠めた一撃を避け、刃の返礼を返す。

 征四郎の一撃は寸分たがわずロズワグンと名乗った女隊長の首を刎ねた。

 首は宙を舞い、金色の髪は風になびいて広がる様は奇妙な程に美しい。

 

 その美しさは一瞬の物でしかなかった。

 驚いた事に舞った首を首なしの死体がよどみない動作で掴み、生首となった女が呵呵かかと哄笑したのである。

 

「はははっ! 目にもの見たぞ、貴公の剣! この痛み、覚えたぞ」


 生首を掴んだ首なし死体は、そうとは思えぬ俊敏な動きで飛び退る。


 異様な光景、されども征四郎は不必要に恐れることなく追撃しようと駆けだす。

 が、殺気を感じて本能のままに右手側に飛ぶと、一条の雷が征四郎がいた場所を貫いていた。

 魔術、奇跡の類。

 雷が放たれたであろう方を見ると腰の曲がった老人が杖を片手に立っているのが見えた。

 

「紛れもなく巡礼騎士団ピルグリムナイツ。剣技が奇跡へと昇華されし強者よ」


 老人は感嘆の言葉を述べると同時に、身を翻して姿を消した。

 首を断たれた筈の女の姿もまた、既にどこにもなかった。

 この村での死闘を物語るものは兵士の骸とその血潮、そして征四郎自身のみ。

 征四郎は僅かに沈思した後に村長の家に入り、何やら書きつけて外へと出た。


※  ※  ※


 開拓者たちが村に帰ることを許され、村に戻ってきたのはその数日後の事だった。

 冷たい風が死臭を運ぶ村の情景に絶句した村長だったが、彼は家に戻りそこに残された書つけを読みやはり言葉を失う。

 書きつけにはこう記されていた。

 死したる二十の勇士の死体を丁重に葬るべし、されば怪物討伐の代金は不要とす、と。


「……我らの事情を悟り、約定を破った事を責めることなく。また兵士たちに情けを掛ける。これが巡礼騎士団……」


 どこかでこの冷たい風に晒されているであろう黒髪の剣士の姿を思い浮かべ、村長たる少年はその場で頭を垂れた。


 びゅうと村を吹き抜ける風は強く、冷たく荒涼としている。

 その風は荒野に死を吹きすさぶと言う。

 だが、村の者たちは二十の骸を埋葬しながらもどこか温かさも覚えていた。

 騎士などすでに形骸化し、騎士団と名乗る輩もただの私兵集団に過ぎないこの終末の世に。

 騎士と呼ばれるに足る者が未だにいる事実が、何故だか妙に嬉しく思えたのだった。


<その男・了>

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征四郎、血風行路 キロール @kiloul

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