第9話 エピローグ
「これで……いいかな」
いつもの黒ジャンパーに身を包んだ池月先生がスコップで木の根元に土を盛る。
四方八方から聞こえてくる工事の音。騒がしい一角の花壇に植えられたその木の苗を見つめる。
「ありがとな、色々交渉してくれて」
池月先生が頭を下げる。
「いえ、彼女も喜ぶと思います」
二人で見つめる木の苗の先には梅の蕾が春の到来を今か今かと待っていた。
公園再開発で整備された道路の一角に何かを植えようという募集が行政から出ていた。僕は色々と行政と交渉して、かつて植わっていた梅と桜を再びこの地に植えようという企画を通した。
「いつまでも春を伝えてくれるといいですね」
「ああ……」
池月先生に対する思いは色々あったが、やがて僕の中でうまく消化できたのだと思う。彼もまた、教員として復職し、かつてのように古典を教えているらしい。
「きれいに咲くといいね」
後ろから由美に声をかけられ、僕は振り返る。
「大丈夫なのか? 外に出ないほうが……」
「まだそんなこと言ってる。大丈夫だってば」
彼女は大きなお腹をさすって見せる。池月先生も笑っていた。
「そろそろご飯にしません? 先生もよかったら」
「ああ、せっかくだし食べていこうかな」
僕らは苗木を背にして歩き出す。微かな梅の香りがどこからか僕らに春の訪れを伝えていた。
僕らはもう、白昼夢を見ることはない。春の行き着く先を知っているから。
〈了〉
春の湊 桜川 なつき @sakurakawa_natsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます