第43話 自信と希望の朝

勉強机の上に置いたランドセルに教科書と筆箱を入れた。

息吹は、今日も学校の行く準備をしている。いつも母に起こされるが今日は自分で目覚まし時計をとめて静かに起きた。服も言われる前に着替えるし、朝ごはんもパクパク食べた。全然違う姿に母は驚いている。


「息吹、何か変なものでも食べた? 朝ごはんのおにぎりに塩じゃなくて砂糖でも入れちゃったかな」

「お母さん、今日は歩いていくから大丈夫だよ」

「え?! いつも車で行くって言うのに? 大丈夫?」


 母は、息吹の額に触れる。平熱であることを確かめた。息吹は母の手を振り払う。


「大丈夫だって。僕は行くよ」


 玄関のフックにかけておいた黄色い帽子をかぶる。ランドセルをしっかり背負った。


「行ってきます」

「うん。いってらっしゃい」


 母は笑顔で息吹を見送った。朝起きるのが苦手で、いつもぎりぎりの準備になる。徒歩通学の予定が結局間に合わなくて親の車での送迎が多かった。歩いて行くという宣言にびっくりする。神経質で我慢がしにくい。無理だとわかるとストレス感じて、涙が出る。もっとひどいと過呼吸になる。息の整え方を教えていたところだった。ストレス耐性も弱い。息吹はクロンズとヌアンテの世界に行って、見違えたようだった。なんでもできそうな気がしてきた。友達とのトラブルも解消できるはずだと自信に満ちていた。


 「僕はできるんだ。お母さんに頼らなくても平気だ。頑張る」

 

 弱虫で泣き虫で何かにつけて虫がつく。そんな虫なんて殺虫剤でやっつけてやるっていうやる気が出て来た。


「おはよう!」


 通学路で歩いていると近所に住む女の子に会った。上級生だった。


「おはようございます!!」

「うん、息吹くんだよね。久しぶりに会うね。元気でよかった」

 

 小学6年生であと数カ月で卒業する。ずっと同じ部落で一緒で、心配してくれる優しい人だった。名前は憶えていない。息吹は人の名前を覚えるのが苦手だ。どうにかして、思い出す。


斎藤彩音さいとうあやねちゃん……」

「そう、覚えてくれていたんだね。よかった。いつかの部落の夏祭りで一緒に水ヨーヨーしたんだけどなぁ。覚えていたかな?」


 息吹は静かに頷いた。彩音が嬉しくなって笑顔になる。


「よかった。またお祭りあるみたいだから楽しもうね」


 彩音はもう一人の女子のお友達を見つけて行ってしまった。いつも車に乗ると友達と話すことはない。上級生の友達と話せて嬉しかった。小学校の校門の近くに着くと、校長先生と挨拶運動の委員会の人たちが集まっていた。


「「「おはようございます」」」

「お、おはようございます」


 息吹はドキドキしながら、みんなにお辞儀して挨拶した。いつもは素通りしてしまう。勇気を出して言えたことが心躍った。

 次から次にできることが増えて、息吹が学校が行くのが楽しくなってきた。ふと校庭を見るとブランコでゆらゆら遊ぶ男子がいた。見たことある姿だった。ライバルである上島拓人だ。同じ小学1年生。毎回いじめてくるのを黙って耐えて耐えられなくなった。最初は仲良しで楽しく遊んでいたのにいつからかちょっかいかけてきて、ヒートアップしてきた。筆箱の鉛筆をぽきぽき折ったり、消しゴムをバラバラに壊したり、ランドセルカバーに鉛筆で落書きしたりされたことがある。一緒にいるのが嫌だった。先生に言ってもお父さんやお母さんに言っても解決せずに自分が悪いって責められた。ネガティブなオーラが湧き出そうになったが、気持ちを切り替えた。死にかけて入院した日を思い出す。拓人は、眉毛をさげて申し訳なさそうにお母さんとお見舞いに来ていた。悪いって思っているのが見えた。やりたくてやったわけじゃない。嫉妬していた。友達がたくさんいる息吹がうらやましいという気持ちが大きくなり、拓人は自分のことを見てほしくてアピールした。一緒に遊びたい欲求が強い。そういう気持ちが息吹の頭の中に入りこんでいた。息吹は呼吸を整えて、ブランコで遊ぶ拓人のそばに駆け寄った。


「たっくん! おはよう。僕もブランコ乗っていい?」


 前とは違う息吹。気持ちを切り替えて次の楽しいことを考える。拓人と仲良く遊ぶこと。


「息吹くん。おはよう。うん、もちろん!!」


 満面の笑みで拓人は喜んでいた。今までにないくらい2人は、心から楽しく遊んだ。喧嘩してもまたすぐに遊べる無二の親友に変わった瞬間だった。もう息吹に怖いものはない。呼吸も荒くなることはない。きっとこれからも元気に友達と過ごしていけるだろう。


 クロンズとヌアンテは平和に過ごせている息吹の姿をして、空に浮かぶ雲から覗いていた。空に虹がさしかかっていた。


「俺たちの出番はもう必要ないってことなんだな」

「ええ、あの二人はもう大丈夫よ。ほかにも同じように悩む子がいるかもしれないから助けに行かないとね」


 ヌアンテは、東の空に向かって雲を動かした。太陽がさんさんと輝いている。


 昨日の雨でできた水たまりにはアマガエルが泳いでいた。


 息吹と奏多は平和に学校生活をこれからも過ごしていくだろう。





【 完 】







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