第33話 ドラウグル王
現在レンとアリスは、クレアに連れられ王都中心にある王城に来ていた。
「――おいおい……」
西洋風の大きな城に入ったレンは、目を見張る。なぜなら今し方、城の中に入った筈なのに木々や草花などの植物が生い茂っていたからだ。
「まるでジャングルだな」
「そうですね……室内なのに森の中に迷い込んだ様な気分です」
レン同様、この光景にはアリスも心底驚いた様子。
「あはははは! この城に初めて入った人はみんな二人みたいに驚くんだよね!」
「そりゃ、城の中に森林があったら驚くだろ……」
「生まれた時からここに住んでるボクにはこれが普通だよ!」
「お城の中にこんな豊かな自然があるのは、何か理由があるのでしょうか?」
「それはね、マリドラを飼育するためだよ」
「マリドラって……王都の入り口で検問をしていた兵が、肩に乗せてたトカゲ……じゃなくてドラゴンだったよな? 確か……悪意を感じると鱗が黒くなるんだっけか?」
レンは最初に王都へ来た時の事を思い出す。
「その通り! よく知ってるねレン」
「アリスに教えてもらったんだ」
「流石はアリス!」
「たまたま知っていただけですよ……!」
クレアに褒められ謙遜するアリスだが、まんざらでもなかったのか嬉しそうに微笑んだ。
しかし、マリドラを飼育するためだけに城の中に森を作ったのか。
マリドラが居れば悪意を持った人間を簡単に見抜くことができるので、王族が住む城では重宝されるだろうが――
「ここほどの森林を用意しないと飼育できないほどの生物なのか?」
「マリドラはとても便利な生き物だけど、飼育は極めて困難でね。少しの環境の変化でもストレスを感じて死んでしまうような繊細な生き物なんだ。
だから、城の中で飼うために、なるべく彼らの故郷である大森林に近い環境にする必要があったってわけさ」
レンの疑問にクレアは丁寧に説明してくれる。その表情はどこか楽しそうにも見える。
「繊細なら検問所に居たマリドラは大丈夫なんですかね?」
確かにアリスの疑問はもっともだ。あんな人の往来が激しい場所に居たらそれこそストレスだろう。
「それは大丈夫だよ。なるべくストレスに耐性がある個体を選んで、日替わりで連れて行ってるからね。それにマリドラを検問で使うの事は滅多にないよ」
「レスタム王国のクーデターが成功した事を請けての対応ですよね」
「――そういえばアリスはレスタム王国の王女だったね……なんか……ごめん」
クレアがアリスに嫌な事を思いださせてしまったと、申し訳なさそうに謝罪する。
「いえ、そんな気にしないでください……とはいえ、私が王女である事は――」
「もちろん誰にも言ってないよ!」
食い気味にそう答えたクレアの表情は真剣そのものだ。本当に誰にも言っていないのだろう。
「ありがとうございますクレア」
「アリスにも色々事情はあるだろうからね。当然だよ。だけどもし何か力になれる事があったら、遠慮なくボクに言ってね?」
「ふふっ……ありがとうございます! クレア!」
クレアの優しさが嬉しかったのかアリスは顔を綻ばせる。
〜〜〜
城内の森の中を三人は談笑しながら進んでいると、やがて、庭園の様な場所に辿り着く。
そこには色とりどりの花々が咲いており、中央にある大きな噴水からは勢いよく水が噴き出していた。
「わあー! 綺麗な場所ですね!」
「フフフ……そうでしょ? ここはボクの母上が作った場所だからね。この城の中で最も手入れが行き届いている場所だよ。ボクもここが大好きなんだ!」
「クレアのお母様ですか……きっと優しい方なんでしょうね」
「そうだね。もしまだ生きていたなら、アリスを母上に会わせたかったよ。ボクにも友達ができたよってね……」
「――え?」
クレアの言葉に目を丸くするアリス。
「母上はボクが小さいころに病気で死んじゃったんだ」
「――それは……すみません……」
「え!? いや、謝る必要はないよ!? もう悲しむ時期はとっくに過ぎてるからね! むしろ母上との思い出が詰まったこの場所を二人に見てもらえて嬉しいよ!」
アリスが申し訳なさそうな顔で謝罪するのを見て、クレアは慌ててフォローするのだった。
〜〜〜
クレアの母が作った美しい庭園を歩いていると、庭園の中にあずまやが見え始める。いや、西洋風なのであずまやではなくガゼボと言うべきか。そこに厳かな雰囲気を纏った男が座っていた。
「父上! レンとアリスを連れてきたよ!」
「――父上? てことはあれがこの国の王……」
クレアに父上と呼ばれた男は持っていたティーカップを受け皿に置き、ゆっくりとこちらを向くと鋭い視線でレンを射抜いた。
高貴さを感じさせる顔からは考えられないほどの獰猛な眼光にレンは身構える。
「――その瞳、まるで伝承にある龍人族の様だな……」
「――龍人族……?」
男はレンを数秒見ると少し間を空け聞き覚えの無い単語を口にした。
「いや、なんでもない。こっちの話だ。それよりもレンとアリスだったか。娘の命を救ってくれたそうだな。礼を言う。ありがとう」
そう言うと王はゆっくりと頭を下げた。
「ちょっ――国王陛下!? 頭を上げてください!!」
これを見たアリスは当然大慌てをする。一国の王が一介の冒険者相手に頭を下げる事は異常だからだろう。
「ははは。心配するな。ここには私と君たちしか居ない。それにこれは王としてではなく、一人の父親としての行動だと思ってくれ」
「はあ……」
「さあ、話したい事が山ほどあるんだ。そこに掛けてくれ。お茶を入れよう。
それと、無礼講で頼むよ。私は堅苦しいのは嫌いなんだ」
「て、手伝うよ! 父上!」
戸惑うアリスを他所に王とクレアはてきぱきと人数分の紅茶を入れ始める。
「アリス、座らないのか?」
「――え……? で、ですが、国王陛下と同じテーブルに着くのは流石に……」
王の正面に着席したレンを見ても、一向に動こうとせずに、その場に立ち尽くすアリス。
王女のアリスにとって一般庶民が国王と同じ席で茶会をするのはありえない事なのだろう。どうすればいいか分からないといった様子だ。
いや、レンもこれが普通でない事は理解できているが、不思議と臆することなく王と対峙できている。
おそらくここで不敬罪のようなものを持ちだされても、余裕でアリスを連れて国を出れる自信があるからだ。クレアが居る以上そんな事になる筈がないという打算もあるが。
「無礼講だぞアリス。それに立ったまま茶を飲む方が不敬じゃないか?」
「……そ、それもそうですね……では、失礼します国王陛下」
レンの隣の席へ恐る恐る腰を降ろすアリス。
「――君の気品ある立ち振る舞いは貴族のそれだと思うが、どこの出身かね?」
アリスの一連の所作を見た国王は突然そんなことを訊いてくる。
「――それは――」
王からの質問に口ごもるアリス。真実を話すかどうか迷っているのだろう。
ここは強引にでも話題を変えるべきか。
「それよりも王様、この城に使用人はいないのか?」
「――レン様……」
何か言いたそうな顔をするアリスだがそれを無視して、疑問に思っていた事を訊いてみる。
この城には人がいなさすぎる。城に入ってからここまで護衛の兵士どころか使用人の一人すらも見ていない。現に茶会のお茶を王自らが注いでいる。普通こういう事は側仕きのメイドなどの使用人がすることだろう。
「使用人ならもちろん居る。君たちと話すには邪魔だから追い払ったがな。警備の兵もほとんど出払っているから静かでいいだろう?」
「不用心じゃないのか?」
「不用心? 愛娘が連れてきた友人に用心など不要。それに私は戦う王だ。そこらの兵士で対処できる程度の相手に苦戦するほどヤワではない」
戦う王。クレアから聞いた話だと、ドラウグル家は代々この国を統治すると共に、四大害獣から人々を守ってきた戦士の一族だそうだ。その中でも目の前に居るグレス・ドラウグルは歴代最強の王とも言われているらしい。確かにそれほど腕が立つなら護衛など不要だろう。
「とはいえ、私ももう歳だし、そろそろ娘には後を継いでもらいたいものだな」
「だから父上、ボクは
「馬鹿をいえ。
「――う……っ……」
王の言葉に苦虫を噛み潰した様な顔をするクレア。
「仕方ないじゃないか……
「お前が陰で血の滲むような努力をしていたのは知っている。だからこそ天はお前に機会を与えたのだろう」
「…………国の一大事をそんな風には思えないよ」
「周期的にもお前は避けては通れない道だ。むしろ今あれが目覚めたのは好都合と言っていい。四大害獣である地龍から国を守ればお前は英雄として――」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!? 四大害獣から国を守るってどういう事ですか陛下!?」
国王とクレアの会話にレンとアリスは何の話か理解できずに置いてけぼりになっていたが、国王から放たれた最後の一言にアリスは席を立ち上がる。
「……なんだ? 話していないのか?」
怪訝な表情でアリスを見る国王はどういう事だとクレアの方に視線を向ける。
「――あ……」
すると、しまったといった顔をするクレア。
どうやらレンとアリスに何か伝達していない事があるらしい。
「まあいい。君たち二人は四大害獣についてはどこまで知っている?」
「俺は冒険者ギルドで四大害獣って単語を聞いただけだ。それ以上は何も知らない」
レンは嘘を付く意味がないので正直にそう答える。
だが、アリスはレンとは違い、何か知っている様子だ。
「――五百年前に魔神によって生み出された四体の巨獣で、大戦で最も人を殺し、多くの街や国を滅ぼした魔物ですよね。現在は世界各地に封印されてると本で読みました」
「世間一般の認識ではそれで合っている。だが完全に封印できたのは二体だけだ。それ以外の二体は不完全な封印だったため、百年の周期で目覚めてしまう。このドラウグル王国に眠る四大害獣の一匹、地龍テラガイアが正にそれだ」
「それが今目覚めたと?」
「そうだ。六十年前に先代の王、つまり私の父が撃退して以降は龍影の森で眠りについていたのだが、一週間ほど前に見張りの兵からの定期連絡が途絶えてな。念には念をと冒険者ギルドに調査を依頼したのだが、その結果――」
「後四十年は眠っていた筈の地龍テラガイアがなぜか活動を開始し始めたというわけですね」
「ギャンツからその報告を聞いた時は耳を疑ったもんだ。なんせ百年の周期を無視して活動を開始するなど前例がないからな」
「見間違いの可能性は?」
「ないな。ギャンツが調査に出したのはA級冒険者のパーティだ。そんなミスをする筈がない」
A級冒険者パーティ。つまりは最上位ランクの冒険者たちによる偵察ということか。確かにそれなら見間違いの可能性は低そうだ。
「陛下、お言葉ですが四大害獣が動き出したのならお茶会をしている場合ではないのでは……?
クレア……王女が言ったように国の一大事ですよね……?」
アリスがもっともな事を国王に言う。
先ほど城の兵のほとんどが出払っていると言っていた。つまりそれほどまでに緊迫した状況だという事だ。アリスの言う通り呑気に茶会を開いて談笑している場合ではない。
「手は既に打ってある。この茶会もその一つだ」
「――どういうことですか……?」
「君たちを呼んだのは娘を救ってくれた礼を言うため、だけではない」
「……まさか、俺たちに地龍を倒せとか言うんじゃないだろうな」
「いいや、そこまでは期待していない」
流石に国を滅ぼすような化け物を初対面のレンたちに倒せとは言わないか。
だが、『そこまでは期待していない』というのはどういうことだろうか。
「じゃあ何を……」
「娘を守ってほしい」
「――何?」
予想外の言葉にレンは困惑する。
「これは私からの個人的な依頼だ。もちろん拒否してくれても構わない」
「守るって地龍からですか?」
「そうだ。地龍を撃退する
「なぜ俺たちにそれを頼むんだ? もっと適した人材がい――」
「
魔将がこの国の迷宮で何をしていたのか気になるところだが、それを倒した君たち以上の適任者が居るとは私は思わない」
「……なるほど」
魔将リリム、彼女の圧倒的な強さは記憶に新しい。とはいえレンにはそれを倒したという肝心な部分の記憶が無いのだが、この世界で一目置かれる称号持ちを倒したと聞けば、戦力として期待されても仕方がないだろう。
「父上! やっぱりアリスたちを巻き込むなんてできないよ! もう充分二人には助けてもらったんだ!」
黙って聞いていたクレアは声を張り上げ抗議する。
「強制はしていない」
「――っ……」
国王の言葉に口ごもるクレア。すると国王の説得を諦めたのか、拒否権を委ねられたレンとアリスに顔を向けた。
「――アリス! レン! 断ってくれていい!」
自らの護衛を断れというクレア。自分の身の安全よりも、レンたちの心配をするあたり実にクレアらしい。しかし、アリスもクレアに負けず劣らずのお人好しだ。
「……分かりました。クレア王女の護衛任務、引き受けましょう」
「――アリス!? なんで……!?」
「友人を助ける事に理由が必要ですか?」
困惑するクレアにアリスが優しく笑いかける。
「まあ、アリスならそう言うだろうな」
レンとしてはアリスがクレアを見捨てるような事はしないと分かり切っていたので、国王からの依頼を聞いた時には既にこうなる事は分かっていた。
アリスは現状追われている身なのでこの国に長居する事は避けたいが仕方ないだろう。
それに――
「俺もクレアを見捨てたくはない。友達だからな」
「――レンまで……!?」
「決まりだな。なら、作戦の詳細について話そう」
レンとアリスの言葉を聞いた国王は、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるのだった。
龍神に転生した男、異世界で無双する~助けた美少女ヒロインが魔神復活の鍵ってどういうこと!?~ 猿山 @saruyama07
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。龍神に転生した男、異世界で無双する~助けた美少女ヒロインが魔神復活の鍵ってどういうこと!?~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます