第69話 まぁ、男子校だからね
さっそくお出ましかよ。
目の前で自分が主人公だと言い張ったジェラルドに、俺は後ろ頭を掻いて呆れる。
まさか編入初日で出くわすとは思わなかった。しかもこっちが転生者であることがバレている。だが、事前にセレスやリースと話した通り、ここで隠しても仕方がない。
俺はひとつ息を吐いてから、ジェラルドに対峙した。
「なんだバレてるのか。まぁ、俺は平穏に過ごしたいだけのモブだ。気にしないでくれ」
「ハッ! 嘘をつきやがれ! 【凶兆の紅い瞳】を引き連れてわざわざこの国に来たんだ。そんなお前ェがただのモブなわけがねェ! だけどな! 主人公はこの俺サマだ! どう足掻こうがそれは変わらねェぜ!?」
ジェラルドは獰猛な笑みを浮かべて俺に迫ってくる。
明確な敵意、というわけではないが、警戒をしているようだと俺の【情報解析】が告げてきた。
ここは穏便に話を進めるだけでよさそうだ。
「別に主人公の座なんて狙ってない。……どっかの誰かさんと違ってな。とにかくアンタと敵対する気はないってことだ」
「ヘッ! 女々しいぜグレン。俺たちァせっかくこんな世界に生まれ変わったんだ。好きなように生きて頂点を目指すくらいの気概はねェのかよ?」
「あいにく生まれも心もモブでな。偶然が重なってセレスと一緒になっただけで、物語を引っ掻き回そうなんて気はないんだよ。というか、この国での物語ってやつも俺は知らない」
言うと、ジェラルドは意外そうに目を丸くする。
「知らねェのか? じゃあ転生した意味がねェじゃねェか!」
「だから言っただろ! ……アンタが主人公で、勧善懲悪をやってくれるなら邪魔はしないさ」
あくまで対立はしたくない、というこっちの意を伝えると、それまで勢いのあったジェラルドが興を削がれたように舌打ちをした。
「チッ……。面白くねェ。せっかく俺サマの力を王国に見せてやろうってンのによぉ」
「あー……やめとけやめとけ。物語にないことやって良い方に転がった試しがない。それよかアンタが物語を知ってるなら教えてくれないか?」
「あ? なんでだ?」
「知っとかないとアンタの邪魔をするハメになるかもしれないだろ。転生者同士、仲良くしてくれると助かる」
俺の言葉に、ジェラルドは少し上を向いて考える。
トントンと足を鳴らす落ち着きのない仕草が目につくが、俺は努めて平静を保った。
「……それもそうだな。いいぜ。今度ツラァ貸せ」
「ああ。頼んだ」
そう答えると、ジェラルドは剣の訓練に戻っていく。
それを見送ったクリスが、不思議そうな顔で聞いてきた。
「なんの話だい? 物語とかストなんとかとか」
「大したことない。ちょっと共通の話題があっただけだ。あっちも俺のことを知ってたみたいだしな」
「へぇ。お互い優秀な騎士なだけにそういうのがあるんだね」
俺が適当にはぐらかすと、クリスはそれ以上は追及してこない。
「ふふっ、随分と威勢のいい方でしたわね」
「主人公やる気十分って感じだな。まぁ、その方がいいだろ。こっちに厄介ごとが降りかかってくるよりかは」
セレスは鼻で笑いつつ目は笑っていない。
ジェラルドからは少々荒々しい印象を受けたが、話は聞けそうではあった。それならば俺としては文句はない。
そんなことを考えていると、後ろで話を聞いていたリースが小声で漏らす。
「あたし、ああいうタイプ嫌~い……」
「絶対にちょっかいかけるなよ!」
「なんであたしからちょっかいかける前提なのよ!」
「前科があるからだよ!」
見たところジェラルドは顔はよかった。リースの前科を考えると、また「主人公だから」と色目をかけて取り入ろうなんて考える可能性もある。
そんなことしたら今度こそ首をバッサリやるからな。セレスが。
俺は視線でそう釘指すと、同時にセレスがニコニコしながらチャキっと腰に差した剣を鳴らした。
それを聞いて、リースはフェルディナンの後ろに隠れて「わ、わかってるわよ!」と焦った声を上げる。
本当にわかってるんだろうか? コイツの監督責任を押し付けやがってあの女王!
俺は今もどこかで薄ら笑いを浮かべてそうなエルフの少女を思い浮かべながら、クリスの案内に続くのだった。
◇ ◇ ◇
それからは校内をぐるっと回って、食堂や教室などを教えられた。
すると、案の定、リースが文句を垂れる。
「なんで女子トイレが教員室のある階だけにしかないのよ!?」
「まぁ、男子校だからね」
ですよね……。そりゃ男子校に女子トイレをいくつも作っても使う人間がいないのだ。
むしろ教員に女性がいるために作ってある女子トイレの方が稀有なのだろう。
俺はそこで少し気になって、クリスに尋ねてみる。
「生徒は女の先生に対してはどう思ってるんだ? このお国柄、ナメられそうだが」
「もちろん敬意を持って接しているよ。ここで先生をやるからには勉学を極めた人だからね」
「ヤンチャなやつもいそうだけどな」
「あはは。僕たちは文武に励むために学校にいるからね。そういう軟派な輩は修正されるよ」
にこやかに答えるクリスに、俺は微妙な顔になった。
生徒は生徒でこの学校の気風に誇りを持っているらしい。
問題は制服すら用意されていないセレスを始めとした女子生徒だが……。果たしてどうなるやら。
そして、クリスによる案内が終わった後、俺たちは所属するクラスの教室に来た。
クラスには先ほどのジェラルドもいる。
事前にエドガーたちにはしっかり制服を着ろと言っておいたので、そつなく自己紹介をして終わり。
だとよかったが……。
「貴様! 女のくせになぜ剣など学校に持ち込んでいる!?」
セレスの番が回ってきたときになって、教員が怒鳴り声を上げた。
まぁ、予想はしてた。というか百パーセント言われるだろうと思っていたけど、セレスが譲らなかったのだ。
仕方なく、俺が口を出す。
「俺が持たせた。男子校だからな。俺の女に身を守る道具くらい持たせるのは悪いことじゃないだろう」
「我が校の生徒が女を襲うと言いたいのか!?」
「他にも色々あるだろうよ。異国の地だからな。許してくれないか?」
自分で言ってて、ちょっとこれは無理があるだろと思う。
けれど、俺は未来の夫として、あくまでセレスの味方をしてやらなければならない。
そんなことを言っていたら、セレス自身が前に出てくる。
「先生? この学校は文武両道……そして極めて優れた殿方が通う学校とお聞きしました」
「そうだ。だからこそ規律は守らねばならない」
「いいえ、先生。女が武器を持ち込んではならないという校則はなかったはずですわ」
「ぐっ……。それは我が校が男子校で……」
「それとも――」
セレスは教員に詰め寄って、その紅い瞳を光らせた。
「――女の剣が怖いのですか? 女である私が殿方に危害を加えられるとお思いで?」
「……っ!」
教員は完全に言葉に詰まる。
それに対し、クラスの生徒たちが口々に言葉を発した。
「うぅむ。いいよるわ。あの女……」
「さすがは千輝星長の妻か……!」
「面白い! 良いではないですか! 先生殿!」
そんな声を受けて、教員は歯を食いしばったあとに一歩引く。
「……ちっ! 勝手にせい!」
「ありがとうございます。先生」
セレスが恭しく頭を下げて後ろに退くと、生徒たちが感嘆の声を漏らした。
こういったところは引きこもっていたとはいえ、さすがは辺境伯令嬢だ。
あくまでこの国の女性としての立場をわきまえつつも挑発し、我を通したあとは目くじらを立てられないよう早々に身をひく。
場を味方につける、ということを自然体でやってのけるのだ。
もしかしたら【
そんなことを考えていたら――。
「――うっ……?」
「貴方様?」
一瞬だけ、俺は刺すような頭痛とめまいを感じた。
「だ、大丈夫だ」
それは微かな残滓も残さずにすぐに散っていく。
もしかしたら旅の疲れが今更出てきているのかもしれない。
今日は帰ったら早々に寝ようと、俺は大したこととは考えずに教員の指示に従って自分の席へと着くのだった。
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~ 阿澄飛鳥 @AsumiAsuna
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