第68話 ストレンジャー
「や、やぁ。留学生諸君、僕は今日案内役を務めるクリス・イヴレフ。よろしくね」
編入当日、俺たちはまず学校の施設を案内されるために、目の前の少し頼りなさげなクリスの前に立っていた。
クリスは青い髪に優しそうな顔立ちを引き攣らせて、慣れないように手を挙げる。
「じぇ、ジェスティーヌも久しぶりだね」
クリスが声をかけたのは、俺たちの後ろに控えるジェスティーヌだ。
すると、ジェスティーヌは深々と頭を下げてそれに応じる。
「従兄殿もおひさしゅうございます。本日はよろしくお願い致します」
「相変わらず他人行儀だね……。あはは……」
親戚とは思えない態度に、クリスは苦く笑って肩を落とした。
どうやら親戚仲はあまり良くないらしい。それとも、これもこの国の男尊女卑が原因だろうか。
「はぁ……。じゃ、じゃあさっそく学校を案内するよ。ついてきて」
少し息を入れて気を取り直したとみられるクリスは俺たちを見回した後に先を行く。
俺たちは言われるがままにクリスの背中についていくのだった。
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと……歩くの早くない?」
俺たちがクリスを先頭に歩いていると、その速度にリースが漏らす。
確かにクリスはキビキビと早歩きで歩いていて、俺たちも自然とそうせざるをえない。
リースやジェスティーヌは王国の制服をそのまま着ているが、セレスは先日購入した着物にスカートという出で立ちなので歩きにくそうだ。
俺はその歩き方に疑問を持って、少し歩を速めてクリスに話しかける。
「なにか急いでるのか?」
「うん? どうしてだい?」
「歩くのが早いって文句垂れてるやつがいてな」
すると、クリスは後ろを見て、「ああっ!」と頭に手をやって何かに気づいたようだ。
「ごめん。言ってなかったね。学校内ではこういう風に歩くのが校則なんだ」
「歩き方にまで校則があるのかよ」
俺が言うと、クリスは再び苦笑いを浮かべる。
「そうなんだ。背筋を伸ばして、腕を真っ直ぐにして早歩き。だらだら歩いていると先生に怒られるよ」
「息苦しいな」
「そのうち慣れるよ。でも……」
クリスはセレスやリースを見て、少し思案した。
「今は女の子が一緒だからゆっくりの方がいいかな……。気がつかなくてごめん」
「クリスは女に偉そうにしないんだな」
「まぁね。実は僕は父親を早くに亡くして、お母さんが一人で頑張って育ててくれたんだ。だから、それを見てると……大きな声では言えないけれど、いざというときは女性の方が精神的に強いと感じたね。まぁ、戦いにいくべきは男だっていうことには反対しないけど」
「同感だ。本気になった女は怖い」
「あはは。君とは仲良くなれそうだね」
そうして歩いていると、俺たちは広いグラウンドに着く。
そこではなにやら黒い集団が綺麗な四角を作って移動していた。
学校の生徒たちだ。
「早歩きなのはああいうのをやるためだよ。女の子は……参加するのかな。僕にも知らされてないなぁ」
『右向けぇぇぇ! 右! 全ぁぁぁ体! 止まれ!』
クリスが指差している生徒たちが行っていたのは、いわゆる行進訓練だった。
カンカン照りの中、学ランを襟までしっかり閉めた生徒たちが一糸乱れぬ歩行をしている。
「うっわ……。超体育会系じゃん……」
「あれはどのくらいの時間ああしているんですの?」
今すぐにでも帰りたそうな顔をリースがする横で、セレスがクリスに問う。
「授業時間内と同じだから、一時間はやるかな。途中で倒れる生徒も珍しくないよ」
「い、一時間!? フェルディナン様! あたし帰りたい!」
「む、無理を言わないくれリース……」
平然と言うクリスに、リースが仰天してフェルディナンにすがりついた。
これを見ると、王国の学校はお坊ちゃまお嬢様学校だったんだなぁ、と俺は思う。
制服は各々で着崩したり、化粧やアクセサリーなどの流行のファッションが認められていたし、厳格な校則などなかった。
それに比べたら連邦の学校は軍隊そのものだ。
連邦も貴族制なのは変わらないはずで、今、行進をしている生徒たちだって貴族の子息たちだろう。
確かに有事の際は兵らを率いて戦う貴族をこういった風に教育するのは理にかなっている。
どちらかというと王国の方がカジュアルすぎるのかもしれない。
とはいえ、男子校だからこそ作り出せる気風ではある。
「ま、まぁ行進訓練を君たちに強いるかはわからないけどね。じゃあ次は剣の訓練場を見に行こうか」
ぎゃあぎゃあと騒いでいるリースに苦笑しながら、クリスは次の場所へと案内してくるのだった。
◇ ◇ ◇
「きえぇぇぇぇぇッ!」
「とぅぁああああああぁぁぁッ!」
「へああぁぁぁぁッ!」
建物に入ると、汗の匂いが鼻をついた。
目の前では、防具を身に纏った生徒たちが奇声とも取れる気合と共に竹刀を振っている。
剣道だ……。
だが、俺が前世で見たような、面、胴、籠手を取るようなものでなく、より実戦的な模擬戦が行われていた。
生徒たちは全力で剣を振り回して相手を叩き、鍔迫り合いから相手を吹っ飛ばしたり、竹刀を叩き払った相手を滅多打ちにしている。
王国では剣の修練は基本的に木剣による寸止めだったが、こっちは本気で相手を叩くらしい。
「帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい!」
リースがそれを見て顔を青くしながらガクガクと震えて呟いている。
それには俺も若干同じ気持ちだ。ここまで厳しい修練を行っているとは思わなかった。もう体育会系とかそういうレベルじゃない。
「……防具着てても叩かれれば超痛いだろ。アレ」
「まぁね。けど痛いのが嫌なら強くなるしかないかな」
「思ってた以上に実力主義だな……」
大したことない風に言うクリスを、俺は横目で見る。
クリスには最初は頼りなさげな印象を持っていたが、校内を見回るうちにその気風に順応しているところを見ると、この男もそれなりに鍛え上げられた生徒なのだろうと思い始めていた。
「守護騎士に選ばれるのはやっぱり強い男だからね。ほらあの……」
と、クリスが指差した方向では、すでに倒れて竹刀を落とした相手を叩きのめす生徒がいる。
「ま、参った! 降参だっ!」
「オイオイオイオイ! こんな程度かァ!? そんなんじゃ守護騎士なんて夢のまた夢だぜ!?」
その生徒はあらかた相手を叱咤すると、被っていた自分の面を剥ぎ取った。
茶髪を短く切り揃えた、顔は整ってはいるが、眼光の鋭い生徒。
彼は剣道場の端っこから見ていた俺たちに気づく。
「オイオイ! クリスよぉ! それが噂の留学生ってやつかァ!?」
「うん。そうだよ。紹介しようか。彼は……」
クリスが言う前に、生徒はずいと前に出てくる。
「お前ェ……グレン・ハワードと【凶兆の紅い瞳】だな!? 知ってるぜ……!」
「そりゃ話が早いな。なんで知ってるんだ?」
俺の答えに、生徒はにやりと頬を吊り上げた。
「お前ェらは物語に出てこねェからなァ! ストレンジャー!」
「
「へっ! その反応、お前も転生者なんだろう? なァ!? そうだろう!?」
生徒は鍛え上げられた胸筋を反らして続ける。
「俺サマはジェラルド・バーシン……この国の守護騎士。そんでもって――」
ドン、と胸を叩いて、ジェラルドは誇らしげに声を上げた。
「――この物語の主人公ってヤツだ! 覚えとけ!」
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