第67話 連邦の力
「さて、学校に行く前に我が国のゴーレム、としてタヴァルカの製造工程を見学してもらいましょう」
次の日、俺たちは神樹の根元に建てられた大規模な工房に来ていた。
学校編入前に国を紹介するという体での案内だ。
その案内役は検問にいた軍人だった。
「その前に……さすがは千輝星長殿。学生服を見事に着こなしていらっしゃる。後ろの軟派な連中とは違いますな」
軍人の目はエドガーたちの方を向く。
しっかりと詰襟を閉じた俺とは違い、エドガーたちは暑さのためか、完全に学ランの前を開いて着崩していた。
それが軍人にとって軟派だと言いたいのだろう。
「まだこっちの暑さに慣れていないんだ。見逃してやってくれ」
「フン。学校ではそうはいきませんぞ」
俺は一々つっかかられるのが面倒で、そんな風に逃げ道を作ってやる。
これから案内をされるっていうのに服装なんかで言い合いをしていたら日が暮れてしまう。
それを予想して、俺はセレスに
「ではまず、我が国が誇るゴーレムの製造工程を見てもらいましょう」
そう言って案内されたのは天井の高い工房だ。
元技師の俺には馴染み深い光景が広がっている。
だが、違うところもある。匂いだ。
「なんていうか……青臭い匂いがするな」
「ここでは神樹から剪定された枝や葉、そして実をゴーレムに加工しています」
「ゴーレムの材料が全部神樹のものなんですか?」
リオネルの問いに、軍人が頷く。
「実の外殻は非常に強固で、しかも軽い。だからこそ外殻は装甲の材料に、実の中身は魔力を蓄積する特性から魔導炉の原料になります」
なるほど、と俺は思った。
ゴーレムの心臓部である魔導炉には比較的大きな魔石を必要とする。魔石は魔力を吸収したり放出したりする役割を担っていて、連邦はそれを神樹の実で代用しているというわけだ。
「あのぶらさがってるのは腕か?」
「そうです。枝を樹液で加工したものを腱として利用し、葉の繊維を筋肉として使っています」
「それにしては少し細いな。あの中に骨格が入るのか?」
俺がそう言うと、軍人は目を丸くしてから、笑みを浮かべる。
「慧眼ですな。……我が国のゴーレムは王国のそれとは根本的に作りが違います。人間でいう骨の役割は筋肉を覆う装甲が担います」
「外骨格なのか! そりゃ王国のやつとは大違いだな」
「そうなんですの?」
俺が驚くと、セレスが首を捻った。
「ああ。王国や帝国のゴーレムは固い金属で人間の骨格を模して、その外側に魔力で変形する金属の筋肉とか腱をつけてるんだ。だけど連邦は逆。骨が外側にあって、中に駆動系を内包してるってことだ」
「千輝星長殿、お詳しいですな」
「これでも元技師でな」
言うと、軍人はぽかんと口を開ける。
元技師と聞いて態度を変えるか……?
そう俺が思っていると、軍人は帽子を外して軽いお辞儀をしてきた。
「いやはや、さすがでございます。技師から騎士へ叩き上げとは……。これでは我が国の技術も丸々盗まれてしまいますな」
「でも、神樹がなけりゃ真似できない。そうだろ? じゃなきゃ俺たちにこんなもの見せない」
「ふっ。左様でございます」
軍人は軽く笑って帽子をかぶり直す。
そもそも俺たちをここに案内したのは、神樹の恩恵で作られるゴーレムを見せて真似できないことをアピールするためだろう。
要は『こんなにスゴイものが連邦にはあるんだぞ!』という話を俺たちを通じて王国に誇示しているのだ。
そこは友好国とはいえ、王国に比べて小規模な国である連邦は防衛力を見せて、攻め込まれる可能性を減らしたいという考えに付き合うしかない。
確かに王国の貴族が莫大な金をかけてゴーレムを揃えるのに対し、神樹の恩恵だけでゴーレムが製造できるのはかなりの優位性がある。
「この分じゃ騎体はかなり軽量なんだろうな」
「はい。そこから来る機動性こそ、我が国のゴーレムの特筆すべき点です」
だが、逆に防御力と関節部の可動域を犠牲にしているな、と俺は思った。
機動性を上げるのなら、自重を支えるのに最小限の外装で済ます必要がある。
加えて、外骨格であるならばある程度決まった方向にしか関節は動かせないはずだ。
ただ、それを言うとこの軍人は憤慨しそうなので、俺は心の中で思うだけにする。
「では、次にタヴァルカの生み出される場所を紹介しましょう」
そう言って、軍人は俺たちを先導するのだった。
◇ ◇ ◇
「これこそが……我が国を守護する者の乗るタヴァルカが生み出される場所です」
案内されたのは先ほどの工房のさらに奥――神樹の真下に当たる場所だった。
だだっ広い空間の上には巨大な根が張り巡らされ、それを避けるようにして金属製の天板が設置されている。
一見するとドームように見えるその真ん中に、緑色に輝く何かがあった。
「あれは……なんだ?」
眩しくてその形はよく見えない。俺が呟くと、軍人が誇らしげに応じる。
「神樹の核、と我々は呼んでおります。日を浴びた葉から作り出された魔力が最後に行きつく場所です」
「魔力を溜めこんでいるのか」
「はい。迂闊に近づけばその膨大な魔力にあてられて命の危険があります」
軍人の言う通り、核とやらへは道は作られておらず、その周囲に輪っかのような足場が組まれていた。
そこには研究用の魔導具らしきものや魔力を送り込むパイプのようなものが設置されている。
だが、一番目を引くのは、天井の根からぶら下がった半透明の果実のようなものだろう。
その直下には果実を受け止めるためのクッションのようなものが見えた。
「あれが神樹の実か?」
「いいえ。……実際にご覧になった方が早いでしょう」
軍人は言うと、果実に近づいていく。
俺たちはそれについていくと、だんだんとその果実の全貌が見えてきた。
「あら……人が入っていらっしゃいますわね」
セレスが言う。
そう。半透明の果実の中には、人型の何かが体を縮めて入っていた。
「うわ……。グロ……」
リースがその形に目を背ける。
確かに、中の人型は皮膚のない、筋肉が剥き出しになったような外見で、顔に関しては瞼すらない。
しかし、目は人間とは違い、眼球は全てが黒目のような単色だった。
その骨格は完全に男性のものだ。
それを見て、俺は軍人に話しかける。
「これがタヴァルカか。神樹から生えてくるってのはほんとだったんだな」
「はい。この個体はすでに成熟しておりますが、守護騎士が選ばれたときに覚醒するでしょう」
「覚醒ってのは?」
「この実が落ち、守護騎士と同様の紋章が手の甲に浮かぶことを指します。そうなれば守護騎士とタヴァルカは合一を果たすことができるでしょう」
「合一……?」
俺が聞きなれない言葉に聞き返すと、軍人はにやりと笑って応じてきた。
「タヴァルカはゴーレムとは違い、騎士と一体となることで動きます。タヴァルカと合一した騎士はその皮膚を風が撫でる感触まで感じることが出来ると言います」
「感覚を共有するのか。そうなると痛みも感じるんじゃないか?」
「もちろんです。しかし、それは守護騎士となれば当然のこと。腕がもげようと戦いをやめることはないでしょう」
どうやらタヴァルカというのは完全に生体兵器であるらしい。
感覚を共有しているということは、自分の体のように騎体を動かせるのだろうか。
だとすれば、騎士の技量がそのままタヴァルカの技量となり、ドールやゴーレムとは違い、予備知識は必要ないだろう。
だが、その反面、ドールにある一千年前の科学技術の恩恵は得られない。
完全にマニュアル操作のタヴァルカと、ある程度はオートで動かすことのできるドール。
果たして、戦えばどちらに軍配が上がるのだろうか。
それを軍人に問えば、当然タヴァルカだと言うだろう。
俺は頭上でかすかに脈打つタヴァルカを見上げながら、そんなことを考えるのだった。
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