第66話 完璧な和食

「あの……どうでしょうか。貴方様」


 次の日の服屋。

 奥からおずおずと出てきたセレスを見て、それは卒倒しそうになる。


 出てきたセレスは薄藍色の着物に、下は赤いスカート、そして茶色のブーツという出で立ちだった。

 髪は後ろでポニーテールでまとめ、青い大きめのリボンが目立つ。


 可愛い。可愛すぎる……!


 俺は目元を押さえて上を向いて唸る。


「くっ……! なんも言えねぇ……!」

「貴方様? ちゃんと言葉にしてくださいまし?」

「めちゃくちゃ可愛いです!」


 まさかこの世界で自分の未来の妻に大正ロマンな服を着させることができるとは思わなかった。

 いつものドレスや戦闘衣装、学生服ももちろん可愛いが、元日本人の俺からするとこの服装は


「お兄~。着てみたよ~。どう?」

「ぐはぁッ!?」


 さらに追撃が来る。

 マリンはいつものクラシカルなメイド服ではなく、袖の広がった和風のメイド服を着ていた。

 色こそ白黒という地味なものだが、逆にそれがいい。


「マリン、似合ってますわ。この国にいる間はその恰好で通しましょう?」

「お嬢様こそ綺麗……! 綺麗なだけじゃなくてカッコいいです!」


 わかる……!


 さりげなく自分の長剣を帯に差している辺りがいつものセレスだが、それが返って和風女剣士という雰囲気を出している。

 こんなビジュアルのいい女性二人を連れて歩くことができるなんて夢のようだ。


 拝啓、お父さん、お母さん。

 あなた達の息子グレンは、ちょっとだけ殺意が高いけどやっぱりいい嫁をもらえそうです。

 マリンも変わらず超絶可愛くて当分シスコンも卒業できなさそうです。


 そんな風に星々に祈っていると、セレスとマリンの顔がこちらを向く。


「貴方様はなにか着ないんですの?」

「いや、俺はこっちの制服があるからそれを着る。騎士学校には女性の制服がないから、セレスはその恰好でいいぞ」

「あらまぁ……。私だけおしゃれをして申し訳ないですわ」

「こっちこそ申し訳ないくらい綺麗だ。だからこの国にいる間はそれを拝ませてくれ」

「よくそんなキザなセリフ言えるよね、お兄……」


 俺は思ったままを言ったつもりだったが、客観的に見るとちょっと恥ずかしい言葉だったらしい。

 マリンが赤らめた顔を隠している。


 俺はその反応に照れ隠しで後ろ頭を掻きつつ、鞄から制服を取り出した。

 

「一応、持ってきてはいるんだが……」 

「おっと、お客さん。騎士学校の生徒さんでしたか!」


 それを見た男の店員が目を丸くして声をかけてくる。


「ああ、留学でこっちに来たばかりなんだが」

「でしたら制服は身の丈にキチっと合わせた方がよろしいですぜ! 特にお偉いさんの生徒さんはほとんどがそうです。うちで直していきやせんか?」


 言われて、俺はセレスを顔を見合わせた。


 当然、俺に合うサイズのものを支給されてはいるはずだが、一度着てみないことにはわからない。

 一流の店の店員がそう言うのならばそうなのだろう、と思い、俺は頷いた。

 

「じゃあ頼む」

「へい! じゃあこちらでまずは着てみてくだせぇ!」

 

 そうして、俺は言われるがままに試着室に入るのだった。



 ◇   ◇   ◇



「どうだ?」

「まぁまぁ! よくお似合いですわ!」


 俺が店員によって仮止めで直された制服を着てみると、セレスが手を合わせて声を上げる。

 制服は詰襟の学ランに学生帽、そして黒のマントだった。


 一応、学ランもマントも薄い生地で出来てはいるが、暑い。


「なんで黒いマントなんだ……。さらに暑いじゃねぇか」

「お客さんの乗ってるどーる? ってやつぁ黒いのなんでしょう? 乗るやつの色のマントを羽織るってのは騎士さんの特権でさぁ」


 ここにきて【ペルラネラ】の色で苦しめられるとは思わなかった!


 俺は軽い頭痛を感じながらも、詰襟を少し開こうとする。


「あぁ、駄目ですよお客さん! 少し苦しいくらいがちょうどいいんですわ! できれば少し着古した方がいいんですがそこはしょうがねぇ! 制服も学帽もしっかり着るのがあそこの気風でさぁ!」

「マジか。着崩したりはしないのか? 暑いだろ」

「そこは男を見せて気合で耐えるしかねぇ! あそこの生徒さんはみぃんなそうですぜ」


 なるほど。暑くてもカジュアルに着こなすのではなく、あえてフォーマルに決めるのがこっちの学校の気風なのだろう。

 郷に入っては郷に従え、だ。

 セレスがいる手前、服装でナメられたくはない。


「じゃあこれで頼む。すぐに着なきゃいけないんだが……」

「夜までにはなんとか直しときやすぜ! よろしけりゃ出来次第、届けやす!」

「そうか。色々と世話になる」


 そう言って料金を多めに出すと、「毎度あり!」と威勢のいい声が返ってくるのだった。



 ◇   ◇   ◇



「完っ璧な日本食が出来たわ!」


 その夜、リースが使用人に無理を言って作った料理が並べられた。

 それを見て、俺は叫ぶ。


「カレーじゃねぇか!」


 ここにハリセンがあったらその金髪を引っ叩きたい。


 目の前には香ばしい香りを放つ、白と茶色に分けられた料理があった。


「仕方ないでしょ! 一日で醤油とか味噌が作れるわけないじゃない! ほら! お米もあったのよ! まずは食べてから文句を言いなさいよ!」


 リースはエプロン姿のまま叫ぶ。

 だが、確かに白い穀物は若干丸い形をしているが、白米に見えなくもない。


 俺は意を決して、その料理を口に運ぶことにした。


 すると。


「んぐっ!?」

「貴方様! 大丈夫ですか!?」


 俺は口に広がる味に思わず身を跳ねさせる。

 それを見て、セレスが背中に手を当ててきた。

 

 だが――。

 

「――う、うめぇ!? 日本の味だ! 俺の知ってる味だこれ!?」

「そうでしょそうでしょ!?」

「ど、どうやった!?」


 俺の反応にリースが薄い胸を張って勝ち誇ったように話し出す。


「市場にあった全部のスパイスを味見したのよ! それを調合して作ったわ!」

「いや、だが、この味はスパイスだけじゃ……!」

「ふふん、そうよ。それだけじゃない……!」


 頬に緩やかに反った手を当てて、リースが不敵に笑った。


「さすがにこの暑い国には鮮魚はなかった……。けれど、地方で処理された魚ならあった! この意味がわかるかしら?」

「まさか……。この旨味は!?」


 俺は椅子から腰を浮かしてテーブルに乗り出す。

 

「そう、そのまさかよ! ――乾燥させた魚で出汁を作ったのよ!」

「そ、蕎麦屋のカレーだああぁぁぁぁ!」


 俺は目の前の完全な日本食に絶叫した。


 嗚呼、懐かしきこの味ッ! 野菜の甘味と出汁の旨味ッ! そして後からピリッと来る辛さとの融合から来るコクッ!

 スプーンが止まらない。

 米的な穀物もしっかりと固めに炊いてあり、とろみのあるカレーと絡み合う。

 

 俺は気がつけばリースの作ったカレーを完食していた。


「オーホッホッホ! どうかしら!? あたしの作ったカレーは!」


 それを見て、リースが高笑いを上げて俺に迫ってくる。

 俺はこいつに色々とやられたが、こんなものを作られては大きくは出れない。

 

「……ぱいだ」

「なになに? 聞こえないわ!」

「完敗だ……。認める。お前の料理の腕を……!」


 言うと、リースは天高く腕を突き上げた。

 逆に俺は食べつくして空になった皿を見て、燃え尽きる。


「くそっ……! もっと味わっておけばよかった!」

「なにを言ってるの? ……カレーは余分に作っとけって教わらなかったかしら?」

「なっ……! まさか!?」


 俺は首をめいっぱい捻ってリースを見た。

 その目の奥に、秘めたる野望を俺は感じる。

 

「――明日の分もあるわよ!」

「二日目のカレーだああぁぁぁぁッ!」


 再びの俺の絶叫に、さらなるリースの高笑いが重なった。


「……セレス。あの二人はあんなに仲が良かったのか?」

「さぁ……。詳しくはわかりませんが、二人には共通の文化があるようですわ」

「それにしても美味しいですね。昨日食べたものよりもこっちの方が私は好みです」

「俺はぁもっと辛いのもいけるぜ?」

「リースの手料理がこんなにも美味いとは……。いや、だが、しかし、侯爵家の男として嫁に料理をさせるなど……!」


 俺たちがカレーではしゃいでいるのを、他の面子は首を傾げながら見て、各々の感想を口にしていたのだった。


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