第2話 大きな疑問と小さな違和感
ゴーン、ゴーン。教会の鐘のような音が聞こえ、雄也は目が覚めた。濡れたまま寝たせいで身体は冷えているが、さっきより幾分かマシである。鐘の音が止むと、今度は飾夢の声が聞こえ始めた。
「この鐘の音は、午後八時をお伝えする鐘、すなわち、夕食の完成をお知らせするものでございます。用意ができましたら、三階のレストランフロアへお越しください」
雄也はその放送に驚き、慌てて時計を見た。時計は確かに八時を指している。寝た時間はわからないが、少なくとも昼だったことを覚えていた雄也は、その事実に呆気にとられている。しかし、その内腹の虫が鳴り出したので、雄也はレストランへと向かうことにした。
リーフレットを頼りにレストランに着くと、すでに四人の客が席に着いていた。四人とも同じ席に着いている。近くを通りがかると、赤いパーカーの青年が話しかけてきた。
「こんばんは。あなたも一人ですか?」
「え? まあ、そうですね」
「良ければ一緒に座りませんか? 俺たち、一人で座るのが気まずくて、一緒に座ってたんです」
青年はそう言って、苦笑いを浮かべた。確かに、いかにも高級レストランです、みたいな風貌のこの場所で、一人座るのは居心地が悪い。納得した雄也は青年の提案を呑み、一緒に座ることにした。
「せっかく一緒に食べるんですから、自己紹介しませんか?」
そう切り出したのは、少し色褪せたグレーのスーツを着た金髪の男性だった。特に誰も異論は出さなかったので、男性は自己紹介を始めた。
「はじめまして。私は
晃也は少し気まずそうに笑いながら言った。
「俺は
「僕も大体同じですね。僕は
「オレは
「ぼくは天乃雄也と申します。それにしてもすごい偶然ですね。受付で出会わなかったのが不思議です」
「確かに、なんで会わなかったんでしょうね」
光が頭を捻っていると、料理が運ばれてきた。全員お腹が空いていたので、一旦食事に集中することにした。どの料理も立派で、皆一様に舌を唸らせる。
「凄いホテルですねぇ。やはり一流ホテルなんでしょうか?」
「聞いたことないホテルだけど……まあそうなんじゃないですか?」
雄也はその会話を聞いて、ホテルの名前を把握していないことに気付いた。もらったリーフレットの表紙を見てみると、『HOTEL《ホテル》 FIKTIV《フィクティブ》』と書いてある。確かに聞いたことがない名前だ。
「そういえば、雄也さんは見ました? 白衣を着た人たち」
「いや、見てないですね。そんな人たちがいるんですか?」
「ここに来るまでに、三人見かけましたよ」
「俺は一人だけでしたね」
雄也以外は皆口々に、白衣の人物を見かけたと言っている。雄也は見ていないが、集団で泊まりに来ているのだろうか。
「従業員さんじゃなさそうなんですよねぇ。凄いジロジロ見られましたし」
「かと言って、宿泊客ってわけでもなさそうですよね」
手帳に何かを書きながら、光は話を続けた。
「ホテルの関係者でも、宿泊客でもないとしたら、相当怪しい集団ですよ」
「飾夢さんに伝えたほうがいいんですかね」
「まあこの広いホテルで目撃者多数なら、飾夢さんが見逃してるわけはないと思いますけど……」
「ところで、光さんは手帳に何を書いてるんですか?」
隼斗が尋ねると、光は手帳を見せながら照れ笑いで言った。
「実を言うと、探偵でして……怪しいものを見ると、癖でメモを取ってしまうんですよね」
「そうだったんですね」
「はい、なので、あまり気にしなくていいですよ」
ジャケットを羽織り直しながら、光は再び手帳に視線を落とした。しばらくすると、沈黙が気まずくなったのか、誇歌が話を切り出した。
「そういえば、皆さんはこのホテル、どのくらい散策しました? 俺はまだ三階までしか見れてなくて」
「とんでもなく広いですもんね。オレは二階までしか見れてません」
「ご飯が終わったら、みんなで行きますか? ここで会ったのも何かの縁。同じような理由でホテルに来たわけですし、仲良くしましょ?」
特に断る理由もなかったため、皆が晃也の案に賛同した。ついでにお風呂に行こうと言うことで、食事を済ませ、皆一度部屋へと戻っていった。
部屋に戻ると、雄也は置いてあったレンタルの寝巻きとタオルを持って、さっさと部屋を出た。他の四人は知らないが、雄也は財布とスマホ以外の荷物がないため、特に鍵も閉めずに大浴場へ向かう。一つ上だからと階段で行こうとすると、白衣を着た四人ほどの集団が、上から降りてくるのが見えた。話に聞いた通り、従業員にも、宿泊客にも見えない。関わらないほうがいいと思い、気にせず階段を登ろうとすると、少しだけ会話が聞こえてきた。
「……の様子はどうだ」
「特に変化はない。やはり……なのだろう」
「しかし被験体が増えたな……面倒だ」
大体このような感じだった。何の会話かはわからないが、碌でもなさそうなのはわかる。やはり飾夢に話した方が良さそうだ。考えている内に大浴場に着いたため、雄也は静かに四人を待った。
風呂から上がり、五人は寝巻きに着替えながら話をする。着ていた服はどうやら洗濯してもらえるカゴが置いてあるようなので、そこに放り込み、雄也は先程の白衣の人物たちの会話を四人に共有した。
「なるほど……警戒した方が良さそうですね」
「単独行動もなるべく避けた方がいいのかなぁ?」
「危なそうですしね……どうします? 散策は明日に回しますか?」
「その方がいいかもですね。でも、飾夢さんには報告した方が良くないですか?」
「何かあってからでは遅いですからね。彼にも警告に行きましょう」
五人はエレベーターで受付に向かい、ベルを鳴らして飾夢を呼び出した。
「はい、どうされましたか?」
「飾夢さん、白衣を着た人たちって知ってますか?」
「白衣を着た……はい、把握はしています」
「ぼく、すれ違いざまに会話を聞いたんですけど、なんか碌でもなさそうな話をしていたんですよね」
雄也は飾夢に、会話の内容を伝える。
「……弱ったな」
話し終えた瞬間、飾夢がそう呟いたのを、雄也と誇歌は聞き逃さなかった。後ろの方にいて聞こえなかった隼斗が、白衣の人物について、飾夢に尋ねる。
「ベルマンさん、あの人たちって、宿泊客なんですか? そんな風には見えないんですけど……」
「……おっしゃる通り、彼らはお客様でもなければ、ホテルの関係者でもありません。私も詳しくはわからないのですが、どうやら彼らには彼らの仕事があるようで、そのためにホテルにやってきたみたいなんです」
飾夢は俯き、困ったように話を続ける。
「私もどうにかしたいのですが、流石に嵐の中に追い出すわけにはいかないですし……と、愚痴のようになってしまいましたね、すみません。ひとまず、ご報告ありがとうございます。私も出来る限りのことは致しますが、もし何かあった場合は、すぐにお知らせください」
飾夢はそう言ってお辞儀をし、控え室に戻っていった。
「飾夢さんも大変だなぁ。体調崩さないといいけど……」
「とりあえず、今日はもう部屋で休みましょう。白衣に注意! これ大事です」
「連絡先も交換しません? 俺たち部屋が離れてるし、万が一の時のために、連絡は取れた方がいいと思うんですよ」
「私も賛成です。交換しましょう」
五人は連絡先を交換し、エレベーターで各自の部屋がある階層に戻っていった。
雄也は五人の中で一番上の階層だったようで、一人で部屋に戻っていく。部屋の扉を開けて、雄也は目を見開いた。出ていく前より、部屋が荒れている。貴重品は全て持っていた上、他の荷物はないので、実質的な被害はゼロだ。とはいえ、部屋の荒れ方は尋常ではない。鍵を閉めなかった雄也も悪いが、一体誰がこんなことをしたのだろうか。雄也は何となく、目星をつけていた。
「……共有、しとくか」
先程作ったばかりのグループに、雄也はメッセージを送信した。
雄也がメッセージを送る少し前、同じ階に部屋がある光と誇歌は、二人で部屋に向かっていた。エレベーターから少し離れたところで、誇歌が迷ったように立ち止まった。
「誇歌さん? どうしました?」
「……小紫さん、実は、あなたに伝えたいことがあるんです」
「光でいいですよ。それで、伝えたいこととは?」
誇歌は言葉を選びながら、手短に伝える。
「さっき、ベルマンさんに、白衣の人たちについて話したじゃないですか。雄也さんが会話の内容を話し終えた後、ベルマンさんぼそっと、『弱ったな』って言ってたんです」
「ふむ……」
「ベルマンさんについて、疑ってるわけじゃないんですけど……やっぱり気になっちゃって」
「確かに、小さな違和感ではありますが、気になりますね。でも、どうして僕にだけ話したんですか?」
「探偵さんだから、何となく発言の意味がわかるかなって思いまして」
光が納得したように頷き、口を開こうとすると、二人のスマホが小さく震えた。確認すると、雄也からの手短なメッセージが送られていた。
「部屋が荒らされてたって……やばいことになってきましたよ」
「……これは、詳しく調べる必要がありそうですね」
光は手帳を取り出し、簡易的なメモ書きを残した。
『飾夢想は、白衣の集団に関与の可能性あり』
Forget me ゆうやま のあ @ais0306
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Forget meの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます