Forget me
ゆうやま のあ
第1話 嵐とホテル
とても酷い雨だった。鳥も、人も、建物でさえも飲み込んでしまいそうなほど、強い嵐の午後だった。古い本屋の中で、男が一人立ち尽くしていた。
「なんで......これ、一週間前に見てもらった案なのに......」
男は手に持っている本を見て嘆く。小説家志望らしいこの男は、どうやら持ち込みの際に案を盗まれてしまったようだ。男は絶望しながら、本を置いて店を後にした。
「......はは、何のために書いたんだろう」
自嘲気味に笑う男だったが、その目に光はない。夢も希望も、生きる意味さえも失くした男は、宛もなく嵐を彷徨い始めた。そしてその嵐は、男の絶望を表すかのように、際限なく強さを増していった。
一時間だろうか、三十分だろうか。それとも、五分だろうか。嵐を彷徨い、感覚も意識も失いかけた男の前に、優しい暖色の光が差し込んだ。男が顔を上げると、そこには大層立派なホテルが佇んでいた。普段なら絶対に入らないような高級そうな外観のホテルだったが、休息を欲していた男の体は、ゆっくりとホテルに向かっていった。
大きな扉を開くと、百人は余裕で入れそうなほど広いフロアが見えた。間違いなく高級ホテルの部類だ。男がその豪華さに圧倒されていると、受付にいたベルマンが、タオルを持って走り寄ってきた。
「大丈夫ですか!? えっと、とにかくこれで体を拭いてください! 風邪を引いてしまいますよ!」
男はタオルを受け取り、言われた通り体を拭き始める。ある程度拭き終わったところで、ベルマンが尋ねる。
「どうなさいましたか? 外は嵐でしたよね?」
「......ちょっと、色々あって」
「そうですか......少々お待ちください」
ベルマンは受付で何かを確認すると、男の側に戻り話し出した。
「お客様、現在五階の五六七番のお部屋が空いております。そこでよろしければ、嵐が止むまで、ここに泊まることが出来ますよ」
「え、でも、今手持ちが......」
「お代なんていりません。こんな天気ですし、それでお身体に障ってもいけないですから」
優しい笑顔で言うベルマンに、男はしばらく考えてから、甘えることにした。
「......じゃあ、お願いします。すみません」
「かしこまりました。では、チェックインの手続きをしますので、お名前を教えてください」
「えっと、
「雄也様ですね。こちらがお部屋の鍵となっております。万が一紛失された場合は、内線よりお電話ください。お風呂はお部屋にもありますが、六階にも大浴場がございますので、お好きな方をご利用ください」
ベルマンは慣れた手つきで手続きを終えていく。それを眺めていた雄也は、一つ気になっていたことを聞いた。
「......ベルマンさん、あなたの名前はなんですか?」
「え? ああ、そういえば言っていませんでしたね、失礼しました。私は
ごゆっくりどうぞ、と言ってお辞儀をする飾夢にお辞儀を返し、雄也は部屋へと向かっていった。
五階に着き、広々とした廊下を進み、雄也は部屋にたどり着く。学校の教室一つ分ほどはありそうな部屋のベッドに、ゆっくり腰を下ろした。そこでようやく安堵したのか、雄也は電池が切れたように、眠りについた。
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