月に沈んだ宝物-宇宙考古学者の考察-

@noboru-higashimichi

第1話 初対面

 灰色の大地にくっきりとでこぼこした輪郭が浮かび上がる。恒星の光に照らされたそれは金色に輝き、過ぎ去った遠い過去の記憶を私たちに伝えるために再び人類の前に現れようとしていた。


 思わず緊張で体が硬くなる。船外服のセンサーがそれを検知し、充填されたジェルが動いて筋肉を程よくリラックスさせるように体を締め付けた。少し息をつき、私は改めてその物体を食い入るように見つめる。

 物体の上に立った一本の金属棒に一枚の白い布が取り付けられている。かつて、我々の祖先が所属する集団のシンボルとして用いた道具だ。今は色がなくなって白一色になってしまっているが、かつては何らかのカラフルな模様が描かれていたはずだ。文献資料でしか見たことのなかった存在を初めて自分の目で実際に収め、私は今までの自分の苦労が報われたように感じ、しばらく目を閉じて感慨にふけった。


 ここは「月」。「地球」唯一の衛星だ。長い歴史の中で、辺境の自給的な田舎惑星でしかなかったこの星は、近年学術界の注目を集めるようになった。この星が人類誕生の地である可能性が指摘されるようになったからである。

 現在、様々な分野の学術関係者らがこの星に殺到し仮説の真偽を確かめようと躍起になっている。「月」の軌道上には政府が研究者滞在者用のステーションを建設したが、到底収まりきらず、今や民間企業が軌道ステーション建設を競って行い、行政当局は軌道管理にてんやわんやという噂である。しかし、そのおかげで研究資金も実績も不十分な私のような駆け出し研究者が調査を行えるのだから、競争市場様様である。まぁ、その競争のおかげで資金の獲得にも苦労しているわけだが。

 私の専門は宇宙船考古学。文字通り宇宙空間に残る宇宙船を調査し、過去の人類の技術水準や宇宙航行方法、交易の実態を探る学問だ。人類の歴史は宇宙船の歴史と置き換えてもいい。過去人類は宇宙船に乗って宇宙の各地に進出し生活環境を切り開いてきた。宇宙人類のDNAと言ってもいいかもしれない。


 宇宙船考古学においても地球は当然注目の的だ。なにしろ人類が初めて宇宙に進出した時代の技術を明らかに出来るかもしれないのだから。宇宙各地に分かれて発展した人類圏各地域の宇宙船技術のすべての源流がこの惑星に眠っている可能性がある。その手掛かりの一つを実際に自分の手で調べる喜びは読者の皆さんにも想像できるだろうと思う。

 隣に座っていた同僚のスージーに目を向けると、彼女もまた黒い瞳をいまだ未知の物体にむけて思いを巡らせている様子だった。


 私達が乗った探査艇は、宇宙船から少し離れたところで静かに止まった。外部に取り付けられたボックスから十数基の「ドローン」が放出される。宇宙船を取り囲むように分散したドローンから画像データが転送され、船外服のフェイスシールドに3Dモデルが映し出される。

「まずは、どう思う?」

通信でスージーに問いかける。一瞬間をおいて返答が来た。

「外見はこれまでに発見されたものと比べて特別違いがあるようには見えない。機能は…中を見ないことには何とも。」

「ランピア先生が腰を向かすような発見物が詰まってるのを祈ろう。」

スージーは軽く笑い声をあげ、ドローンに次の指令を送る。


 ドローンのいくつかが赤い線状の光を出し、一面五×五の格子状のマスからなる立方体が出来上がる。立方体は内部も光で分割され、合計百二十五のブロックに分けられる。線のいくつかは宇宙船を貫いているが、物理的な影響は与えない。

 各ブロックには通し番号が割り振られる。宇宙船舶考古学でよく使用される調査方法で、探査後のデータの分類に役立つ。調査内容や回収された部品はブロックごとに管理され、調査報告書にも3Dスキャンデータと合わせて記載される。

「探査は宝探しではない。」

 ランピア先生の口癖だ。後々の人間には親切にしなければならない。


 それが終わったところで、探査艇の操縦士に指示を出し、探索区画のハッチが解除される。いよいよ念願の探査だ!高鳴る心臓を気休め程度に抑えるよう試みる。チームリーダーの私が先頭となって探査艇を出た。勢いで地面に向かって落ちてしまわないよう気を付ける。

「月」のような重力のある天体での探査は厄介だ。大気のない天体上では、一度人間活動の痕跡が残ると消えることがない。タイヤ痕や足跡などをつけてしまうとそれがどの時代の物かが分からなくなってしまう。そのため、探査は基本的にすべて浮遊した状態で行わなければならない。

 安全を確認するため、ハッチ入り口の取っ手につかまり現場をしばらく確認する。宇宙船自体に動きはない。ドローンも正常に稼働している。「よしっ!」心の中で小さく気合を入れてから、チーム全員に通信で指示を出す。

「作業開始。探査班は船を傷つけないよう行動は慎重に。探査艇を離れる前に船外服とスラスターの動作チェックを忘れるな。」

全員が動作チェックを終わらせるまでしばらく待つ。

「まずは外見の詳しい観察から始めよう。支援班はドローン探査を開始してくれ。同時に回収品処理の準備も頼む。」

「了解」

スージーが代表して返事をした。

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