第3話 先生✕生徒 ③
茜は階段を上がって自分の部屋へと戻り、閉めたドアに背中を預ける。
「はぁ~」
自分しかいない六畳の部屋で溜息が漏れる。
「うぅ……。見られちゃったよ。絶対変に思われたよね」
カバンで顔を覆い、先程の兄への振る舞いを後悔する。
昔から兄の良太は変わっていない。妹が困っていると助けようと手を差し伸べてくれる。
「でも、まだダメ」
闇雲にしまった未記入の進路調査票を取り出して、それを見つめる。
「お兄ちゃん……」
子供の頃からずっと慕っている兄という存在。茜にとって良太は憧れだった。
何をしても卒なくこなして、教師という人を指導する立場という責任感のある仕事に就いている。
いつからか、そんな兄の背中を追いかけたいと思うようになった。
「期末までもう、時間もない」
茜には夢がある。
良太と同じく教師になりたいという夢だ。
その事は、良太本人も知らなければ両親にもまだ話してはいない。
進学は、自分一人で決めて良いことではない。ちゃんと相談して決めなくてはならないものだ。
挑戦することは悪いことじゃない。それでも、何もないままではいけない。その夢を叶えられるだけの結果が必要なのである。
「自分ができることをやらなくちゃ」
高校に入って一年間、上位の成績をキープしてきた茜。
だが、二年生となり一気に勉強の難しさが変わった。本当に少しだけではあるが成績も現在は落ちてしまっている。
だから、次の期末では絶対に成績を上げなくてはいけない。自分一人の力で……。
それが出来なければ、夢を叶えるのなんて無理だ。
人に頼ってばかりでは、これから先絶対にどこかで躓いてしまう。
「頑張らないと……」
二年生に上がって自分の苦手教科が明確となってきた。それを克服する事が今の課題でもある。
良太に頼めば力になってくれるかもしれない。でも、それに甘えてはならない。自分自身のためにも。
まずは、自分の力で何とかしないと。
「お兄ちゃんみたいに、私もなりたい」
思い出すのは学生時代の良太の姿。
「あの時のお兄ちゃん、格好良かったな」
良太が今の茜と同じ歳の頃、両親二人を前に自分が教師になりたいという想いを伝えているところを、こっそりとドアの隙間から覗いていた。
その時のことを思い出すと、顔が熱くなる。
自分もあんな風に気持ちを素直に伝えられたらと、そう思う。
自分の気持ちを誰かにぶつける事が出来ない自分には、言葉だけで熱意を伝える事など到底出来ない。
「すごいなぁ」
兄は、自分の夢を親に告げてから努力して、大学の合格ラインに届く成績を出す事を条件に教育大学への受験を許してもらっていた。
しかも、それを実際に成し遂げたのである。
有言実行とはまさに、あの時の事を指すのだと茜の記憶と共に胸の中には残っている。
茜はその逆。事前に結果を出すことで示す道を選んだ。
「お兄ちゃん、聞いたら驚くかな……」
きっと、自分と同じ職業を目指していると聞けば喜んでくれる。成績が上がれば褒めてくれる。
夢も叶って嬉しい未来。ついそんな幸せに満ち溢れた事を思い描いてしまう。
「えへへ……」
そう考えるだけで、自然と笑みが溢れた。
やっぱり、自分にとって良太は尊敬する憧れの存在で、大好きなお兄ちゃんなのだと改めて実感した。
僕の私の可愛い妹LIFE 桃乃いずみ @tyatyamame
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