第2話 先生✕生徒 ②

 良太は次の日も、その次の日も忙しいながらも仕事に努めていた。


「よし! 今日の仕事も終わりだ」


 終末の金曜日。本日の就業内容を終えた良太は、家族で暮らす自宅へと帰ろうと支度へと移す。

 週明けからはテストが始まる為に、その後の事も考え今日は早めに帰ろうと決めていた。


「お疲れ様です。柳原先生」

「山中先生」


 隣の席に座る数学担当教諭の山中渉やまなかわたるに応える。


「お疲れ様です。山中先生もお帰りですか?」

「ええ、今日はもう帰ろうかと。明日と明後日は休みですし、偶には早く帰ろうと思いまして」

「私もです」


 見たところ、渉もちょうど仕事がひと段落ついたようで帰宅の準備の途中だった。

 二人とも同じ予定だったようだ。


「やっぱりテスト前は色々と大変ですもんね」

「そうですね。特に三学年は受験との両立で大変そうですよね」

「ははっ、仕方ないです。やるからには努力します」


 渉と良太は同期の教師で、今年から七咲高校に赴任して来たのだ。三学年を担当する良太とは違い、妹である茜のクラスの担任を受け持つ二学年がメインの先生である。

 良太とは担当学年は異なるものの、職員室では隣の席で意気投合し同じく妹がいるということで良好な関係を築いていた。


「でも、やりがいはありますよ。やっぱり楽しいです」

「それは良かった。そうだ、明日は休みですし。良ければ私の家に夕飯でも食べに来ませんか?」


 渉の家は、学校から近いということもあり一度お邪魔させてもらったことがあった。


「きっと、柚乃ゆのも喜びます」

「有難いんですが。妹が家で待っていますので、別の機会に」

「あ、すみません。突然お誘いしてしまって」

「いえいえ、柚乃ちゃんにもよろしく伝えてください」

「はい。……柳原先生も、相変わらず仲がよろしいんですね」


 渉はコソッと言葉を付け足し笑顔を向ける。


「普通ですよ。山中先生こそ仲が良かったイメージがありますけど」


 話しながら、以前お邪魔した時のことを思い出す。


「まだ小学生でしたよね」

「はい、小学校六年生です。来年から中学生なんですが、まだまだ甘えん坊で。今頃一人で頬っぺたを膨らまして作り置きの夕食を食べていると思います」

「ははっ、可愛らしくて良いじゃないですか」

「まぁ、唯一の家族ですしね。元気に育ってくれれば嬉しいです」

「…………」


 その言葉に、良太は簡単に答えることができなかった。

 渉の両親は早くに亡くなったと聞いている。だからこそ、山中家の兄妹の絆は強い。

 とはいえ、


「うちも負ける気はないけど……」

「柳原先生、それでは私は帰ります」

「あの、山中先生」


 立ち上がる渉を良太は呼び止める。


「何か手伝える事があったら言ってください」

「ありがとうございます柳原先生」


 そんな同僚での会話を交わした二人は、職場である学校を後にして各々の自宅へと帰っていく。


   ◇   ◇   ◇


 学校から車で十五分、自宅のある住宅街へとたどり着く。

 時刻は夜七時半。

 お腹を空かせた良太は鍵を回して家に上がる。


「ただいまー」

「おかえりお兄ちゃん」


 リビングの扉を開くと、キッチンには料理をしている茜の姿があった。

 両親が共働きで家に居ないことが多い為、家事のほとんどはこうして茜が行ってくれている。


「あと少しでご飯できるから待っててね」

「もうお腹ぺこぺこだ。今日の夕飯はなんだ?」

「お兄ちゃんの好きなカレーだよ!」

「おおっ、それは楽しみだ」

「今週もお仕事お疲れ様」


 そう労いの言葉を掛けられながら、ダイニングテーブルに良太は腰を下ろす。

 好物が出てくるなんて今日はご褒美デーだ。


「ん?」


 席に着くと、テーブルの上には茜の勉強ノートやプリントが広げられていた。

 どうやら、テストに向けて勉強をしていたみたいだ。


「あっ、ごめんね!すぐに片付けるから」

「いいよいいよ。勉強してたんだろ?」

「だって週明けからテストだもん。頑張らないと」


 我が妹ながら、勉強にはだいぶ熱心なようだ。

 その結果が今の成績に繋がっているのは自分の事のように嬉しい。他の先生に褒められたのも一度や二度ではない。


「とりあえず、邪魔になるから片付けちゃうね」

「これ、進路調査票か?」


 散らかったプリントをかき集める最中、見覚えのある表記が目に入った。


「あっ……」

「そうか、茜も二年生だもんな。そろそろ考え始めないといけない時期か」


 良太の言葉に茜は表情を曇らせた。


「もしかして、悩んでるのか? 相談に乗れる事があればなんでも聞くぞ?」


 幸い実家暮らしで勤めているため、個人的に貯金のある良太。両親も現役で働いている。金銭面での心配はほとんどない。よほどの事がない限りは、本人の希望する進路に進ませてあげることはできるだろう。

 何より、良太は教師。悩める生徒の相談に乗るのは兄妹とかは関係なしに、当たり前のことだ。


「ううん、平気!」

「そ、そうか。無理だけはするなよ」


 そうハッキリ言われると、教師としても兄としても頼られていないのではないかと、少しばかり不安になる。

 兄としての威厳は保てているのだろうか。


「何かあれば気兼ねなく言ってな?」


 それ以上言うのも嫌がられるかと思い、追及することはしない。頼られなくても嫌われることだけは避けたい。


「ありがとう。お兄ちゃん」


 予想通り、茜は何も言わず感謝だけを伝えてくれる。

 そして、ソファに置かれていたカバンに勉強道具をしまった後はすぐにリビングを出ていってしまう。自室にでも置きにいったのだろう。


「悩んでるよな……きっと」


 しかし、良太には長年兄として共に過ごしていた経験上。茜が言っている事が嘘である事が分かっていた。


「頼ってくれても良いんだけどな」


 茜は昔から壁にぶつかった時、自分自身で何でも解決しようとしてしまう癖がある。実際、解決できるのが殆どなんだが抱え込んでしまうのが悪い癖だ。


 それは、教師としてではなく家族としての視点からでも窺える。

 もう少し周りを頼っても良いと思う良太は、先ほどの茜の様子が気になっていた。


 なんとか力になってやる事は出来ないだろうか、と。


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