僕の私の可愛い妹LIFE

桃乃いずみ

第1話 先生✕生徒 ①


 一週間後の期末試験を前に、学校の教師陣は少し慌ただしい。

 テストに向けた準備だけでなく、担当生徒達による授業態度や課題の提出率。今学期の成績を評価するために材料をまとめなくてはならない。

 夏休みも控えている事で補習内容も含めて、生徒達だけでなく教える立場の先生達も忙しい期間へと突入していた。当然、通常の業務も同時進行である。


「よし、後は別館か」


 日が暮れたこの時間、校舎内を歩く良太が呟いた。

 七咲ななさき高校歴史担当教師、柳原良太やなぎはらりょうた

 教師になって数年。初の三年生を担任に受け持ってからというもの、気合が入っていた。

 進学を目指す受験生の担任は特に忙しい。生徒だけでなく保護者からの相談もあるからだ。

 そんな教師としても大事な経験が得られるであろう今年は良太にとっても転機となるだろう。


 今日は放課後の見回りの当番として、最終下校時刻となった現在。校内に生徒が残っていないか見回りをしている。

 使わない教室は鍵を閉め、まだ校内から出ていない生徒が居れば声を掛ける。これも教師として立派な仕事だ。


「ん? 明かりがついてるな」


 別館の一階、図書室の扉の隙間から明かりが漏れているのが目に入った。

 消し忘れか?それとも、まだ生徒が残っているのだろうか。もう下校時間はとっくに過ぎている。


「……!」


 室内へと入ると、肩まで届く位のショートヘアをした一人の女子生徒が窓際の席にいた。頬杖をついて目を瞑ってしまっている。


あかね?」


 様子を見るに、勉強中に眠ってしまったのだろう。証拠に、教科書やノートを開いたまま、手にはシャープペンが握られている。

 室内に入って近付いて来た良太にも気付く様子もない。

 小さな寝息を立てて幸せそうに眠っている。


「茜、起きてくれ」


 罪悪感を感じながらも、心を鬼にして軽く肩に触れる。

 そのまま声を掛け続けていると、茜はゆっくりと目を開けてぼーっとした顔で上目遣いにこちらを向いた。


「あれ……。お兄ちゃん?」


 白い肌が手で抑えられていたせいか、片方の頬っぺたが少し赤い。瞼が少し下がった眠たそうな表情。目に掛った髪を細い指先で流して穏やかそうな瞳をパチパチと瞬きする。


 清楚に着こなした制服に、胸元にある七咲高校の二年生である事を表す赤いリボンは。良太の妹、茜である。


「茜。図書室で勉強してたのか?」

「うん、ちょっと調べたい事があって。家に居るよりも捗ると思って。期末テストも近いし」

「そうか、偉いな茜は。ただ、勉強熱心なのは良いけど、もう下校時間を過ぎてる」

「えっ、」


 茜は左右を見渡して、自分一人だけが図書室に残っていた事に気付かされる。


「ご、ごめんなさい。お兄ちゃ……じゃなくて、柳原先生」


 一応、実の兄妹とはいえ校内では教師と生徒。

 周りの事を考えて、学校ではあくまでもその関係を常に心掛けている。


「別に二人きりの時は構わないぞ」

「う、うん」


 恥ずかしがる様子の茜に笑顔で返す。

 

「じゃあ、図書室を閉めるからな。他の先生に見つかると面倒だ」

「でも、本を返さないと……」


 テーブルの上には図書室にある資料集と参考書がいくつか積まれていた。

 常に学年で上位の成績を保つ茜は優秀な生徒。一つの事に集中すると周りが見えなくなってしまう事がある。おそらく、今日もここで一人勉強をしていたのだろう。

 兄として贔屓するわけではないが、茜は可愛い。しかし、家族以外には控えめな性格であるが故に、あまり学校の友達との交流が少ないようだ。

 

「これくらい、俺が戻しておくから気にするな」

「わ、わかった。ありがとう、お兄ちゃん」


 申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、茜はすぐに帰り支度を始める。


「ちょっとだけスーパーに寄って帰るから。少し夕飯作るの遅れるかもしれない」

「了解。俺も仕事残ってるから少し帰りは遅くなると思う」

「うん……。用意して待ってるね」

「いや、無理せず先に食べてて大丈夫だぞ」


 良太の言葉に茜は残念そうな顔を浮かべる。


「……うん」


 両親が共働きで遅くまで帰らない日が多いため、良太と茜は昔から二人で家に居ることが多かった。そのせいで、寂しく思ったのかもしれない。

 良太は、茜の仔犬のような寂しがる表情に弱かった。


「なるべく早く帰るよ。本当に遅くなりそうな時は連絡する」


 そうフォローを入れると、パァッと表情が明るくなった。


「っ!分かった。じゃあ先に帰るねお兄ちゃん」

「ああ、気を付けて帰れよ」

「うん!」


 嬉しそうに微笑んで図書室を後にする茜を見送り、本を片付けてから戸締りをする。


「さてと、爆速で終わらせて俺も変えるか」


 職員室に戻ったら仕事が待っているが、そこまで多いわけではない。

 我が妹ながら表情がころころと変わるところは昔から変わらず、つい可愛いと思ってしまう。

 あの顔を見ると、つい甘やかしてしまうのが兄としての密かな悩みであった。

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