二年後の流れ星

卯月二一

二年後の流れ星

「あっ、また流れたよ」


「そうじゃな……」


 夜空を眺める老人と幼い男の子。昼間の日差しの心地よい季節にはなったが、夜はまだ少しひんやりとした空気が残っている。


「あそこにも見えた。お空に流れ星がいっぱいだね」


「ああ、あれは大きいのぉ……。そろそろ帰るか」


「うん!」



 西暦22XX年4月。増え過ぎた人口問題を解決するために人類は宇宙へと生活圏を広げていた。


■■■ 宇宙連邦第七ステーション『ガクエン』にて ■■■

 

「このように多くの困難を乗り越え、ついに人類は真の豊かさを手に入れたのです。先人たちの偉業にみなさんも感謝しなければいけませんね」


「先生!」


「はい。キシダくん」


「来年の15歳の誕生日に、僕たちは本当の自分の記憶を手に入れるんですよね」


「そうです。君たちはそのための準備期間としてこの十五年間、宇宙連邦の誇る教育プログラムと万全の健康管理システムのもと育てられてきました。君たちの元の肉体はすでに役目を終えていますが、生前の『意識』情報の全ては完全な状態で保存されています。つまり君たちは完全なる復活を遂げるのです。先生も経験しましたがそれはとても素晴らしい体験です」


「はい!」


「では、続いて数Ⅲの情報を脳にインストールしますよ」


 子どもたちの装着しているヘルメット型デバイスのバイザーがゆっくりと降りる。


「フクシマ先生、どうかね?」


「ああ、タマキ教頭。順調に進んでいます。これなら十分『百周年の記念式典』にも間に合いますね。ですがこれまで同様、懸念していた理系科目の定着率が……」


「ふむ。それは研究者たちの間でも結論は出ている。今更気にすることもあるまい。追加の補助知能が全て代わりにやってくれるから自分で思考する必要などないのだよ」


 そういうと教頭は自分のこめかみを人差し指でトントンと叩く。


「ですが私は……」


「その思想は危険だよ。自分で思考するなどまるで【地上の蛮族】のようだ。大昔から言うだろ『コスパが悪い』と。我ら【天空の貴族】は選ばれし民だ。それを忘れないように。君も長生きしたいのだろ?」


「は、はい!」


 宇宙へ進出した人類は、人口を一定に保っている。人間は死の間際にその脳を冷凍保存。クローン技術により生成された自己の肉体にその脳のデジタル情報を完璧にアップロードさせることが可能となっている。情報の受け取り先はクローンの脳内に形成されている有機デバイスだ。


 現在の人類は生殖行為による子孫をつくることができないのであるが、この技術で記憶を継承し不死を実現したのである。セックスはもはや娯楽となっている。


 

■■■ 宇宙連邦地上監視衛星『ヒマワリ』にて ■■■


「よう新人。ここには慣れたか?」


「ええ、お陰さまで。なんてったって全部コイツがやってくれますからね」


「そうだな。まあ軍人っていっても俺たちが自分で戦うことなんてないからな。最新のAIさまが検知して軍事ドローンでババババッで終わりよ。なんせ相手は地上の未開人だ。瞬殺だぜ」


「ですよね。宇宙人でも攻めてくればまだ刺激もあるってものですけど、それもこの百年探しても見つからないとなれば期待薄です。ハハハっ」


「そんな新人にいいもの見つけてきてやったぜ。ほら」


 モニター全面にアダルト動画が映し出される。


「こ、これって生成系の……。ひえっ、国民的アイドルの! や、やばいですって先輩」


「問題ねぇよ。俺はもう十年はバレて無い。中央のマザーシステムも俺たちのために大目にみてくれてんじゃねえかな。母ちゃんありがと! ってとこよ」


「は、はあ。それならいいかな……」


 後輩が映像を拡大したその瞬間、突如警報が鳴り響く。


「げっ! バレた?」


 動画の実行処理はキャンセルされ、画面には非常事態を知らせる赤文字。続いて敵の位置情報を示すマップが次々と展開されていく。


 その53秒後、二人の乗る監視衛星は消失した。



 人類が宇宙に進出した百年目の式典が盛大に行われた二年後のある日、地上に見捨てられた人々の反撃が始まったのである。宇宙から監視していた地上の人々の営みはすべて偽装されたもの。【地上の蛮族】と呼ばれた彼らは、地下でこの機会を虎視眈々と窺っていたのだった。人工知能に頼ることなく自らの『考える力』によって。


 過酷な環境で生き残るという状況が生物としての人間の進化に力を貸したのかもしれない。【天空の貴族】たちそして人工知能は人間の可能性というものを見誤っていたのだ。時間さえあれば機械は学習しそんな人類の上を行くことも可能だったが、彼らがそんなことを許すはずもなくまさに電撃戦。人が単騎で操る元々は脱出用ポッドだったそれは自由自在に宇宙空間を動きまわり、軍事衛星を落としていく。


 メインシステムの搭載された中央ステーションが破壊されるまでにかかったのは彼らの作戦開始から僅か53分の出来事であった。次々と地球の重力に引かれるかつての栄光は流れ星となり地上に降り注ぎ、落ちていった。




 了


 

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