流れ星に乗って
下東 良雄
流れ星に乗って
貴方は知っていますか?
この日本には、毎夜たくさんの流れ星が流れていたことを。
貴方は知っていますか?
その流れ星はたくさんのひとを乗せ、夢や希望、思い出を運んでいたことを。
日本中を駆け抜けた流れ星。それはその姿からこう呼ばれていました。
『ブルートレイン』
青い車体の寝台客車を機関車が牽引していくという特急で、今ではあまり見られないノスタルジックな形態。そして、寝台特急・寝台急行を示すアイコンとして『流れ星』を図案化したものが使われていました。
夜を駆け抜ける流れ星、それが『ブルートレイン』なのです。
その昔、長崎と東京を結んでいたブルートレインがありました。寝台特急『さくら』。私
新幹線を使えば早く着くし、飛行機を使えばもっと早く着く。そんな距離を16時間かけて移動する『さくら』。時間の無駄だと笑われることが多かったけど、その時間と距離が大切なのです。
「目的地で楽しむことだけが旅行じゃない。移動も旅行なんだ」
子ども心にそう思っていました。
大勢の通勤客で賑わう博多駅のホーム。電光案内板には「東京行」の文字。福岡にいるのに、停車駅の案内に大阪や名古屋、静岡、横浜の文字が流れていく不思議さ。
赤い電気機関車が青い客車を引いてホームに入線。ブルートレインへ一歩足を踏み入れれば、そこはもう異世界。賑やかな外界から隔絶された独特の世界に私はいました。
車窓からホームに手を振ったら、スーツ姿の若い男性が優しい笑顔で手を振り返してくれたのを今でも覚えています。
やがて発車のベルが鳴り、ゆっくりと『さくら』が動き出す。さぁ、私とお婆ちゃんのふたりだけの時間だ。学校での話や好きな男の子の話、お父さんとケンカした話……お婆ちゃんは嬉しそうに私の話を聞いてくれる。そして、お婆ちゃんからは子どもの頃の話や初恋の話を聞き、お婆ちゃんの青春時代に思いを馳せた。
そんな私たちを乗せた『さくら』は、機関車を交換しながら、闇夜の鉄路を進んでいく。やがて、この日の最後の車内アナウンスが流れる。他の乗客もいるので、これがおしゃべり終了の合図。
「おやすみなさい」
狭いベッドで横になり、お婆ちゃんと就寝前の挨拶。列車の中でおやすみなさいなんて、とても不思議な感覚。
静かになる車内。ここからは私ひとりの探検の時間だ。そっと寝台を抜け出して、列車の中をうろうろ。別に何があるわけでは無いのだけれど、これがまた楽しかった。
眠くなってきたので、そっとベッドに戻り毛布をかぶる。カタンコトンとリズムを刻む『さくら』のゆりかごに揺られ、私は眠りに落ちていった。
「お婆ちゃん、おはよう!」
翌朝、最初の車内アナウンスで起床。
車内販売の駅弁をお婆ちゃんと食べながら、東京についたら何しようか、何食べようかと、終点までの時間をたっぷりと楽しんだ。
景色に家が増え、やがてビルが増えてくる。大都会・東京に到着だ。ブルートレインから一歩降りると、異世界から現実世界に戻された。
ホームに長く伸びる青い客車たち。
「帰りもよろしくね」
私は長い旅を終えた流れ星に、ぽつりとつぶやいた。
そんな『さくら』が廃止になった。
利用客の減少、車両の老朽化……時代の流れだ。
テレビのニュースで流れる『さくら』に向かって「ありがとう!」などと叫んでいる鉄道ファンの姿。私にはとても腹立たしかった。「好きなんだったら何でもっと乗らなかったんだ!」って。
私以上に残念がっていたのが、お婆ちゃんだった。
毎年恒例の旅行もなくなり、憔悴するお婆ちゃんはその後入院してしまう。
「『はやぶさ』で東京行こうよ、ね!」
『はやぶさ』は、当時熊本と東京を結んでいたブルートレイン。
お婆ちゃんは笑顔を浮かべてくれたけど、長引く入院の間に流れ星は次々と姿を消し、『はやぶさ』もその例外ではなかった。
お婆ちゃんが退院してから二年。何とかして流れ星に乗せたい。私は見方も分からない時刻表と格闘した。
「お婆ちゃん、新しい流れ星で大阪に行こう!」
旅行当日、元気のないお婆ちゃんと一緒に博多駅へ。
ホームには、すでに乗るモノが停まっていた。
車体に描かれたロゴと黄色い流れ星。
私の気持ちが通じたのかもしれない。
退院から二年後の流れ星に、お婆ちゃんは涙を溢しながらそっと手を触れた。
『Rail Star』
私が計画した『ひかりレールスター』で大阪旅行。
初めての新幹線に、お婆ちゃんもすごく喜んでくれた。
車体のロゴと流れ星の前で駅員さんに撮ってもらったお婆ちゃんとの写真は、私の宝物だ。
それも随分と昔の話だ。
そんな『レールスター』もいまや消滅寸前で風前の灯なのだ。
寂しがるお婆ちゃん。
でも、私は笑いかけた。
「今度は九州新幹線『さくら』で鹿児島旅行に行こうよ!」
流れ星に乗って 下東 良雄 @Helianthus
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます