第27話 蔵々 その2
地蔵。地蔵尊という言い方が正式か。
仏教上いろいろな立ち位置があるが、日本では水子の守りとか道祖神としてなじみがある。
いわゆる道端などで見かける赤いエプロンを付けたアレ。石や木を素材にしているものが多いと思われる。
昔話などでのシュチュエーション、バリエーションの多さから、かなり古い時代から道端に立っている光景があったのだろう。
さて。
小野D助氏の「ジゾウになりたくない」とはどういった意味なのか。
文言そのままに受け止めるならば、ジゾウは地蔵。前述の通りの物にはなるが、人間が地蔵、木、石材などの無機物になるとは考えにくいわけだ。
何かしらの比喩表現と考えるべきであろう。
シンプルな思考により、最初に虐待の疑惑が浮かんだ。
施設の人間が利用者の老人を地蔵と呼んで・・・・、的なことを考えてはみたのだが、すぐやめた。
仮に虐待があったとして、施設の人間がそれを把握し、隠蔽していると疑うのであれば、外部の人間、しかも家族以外の雑誌記者というわけのわからない存在との接触は拒否するであろう。
小野D助氏の過去の追憶の話はしっかり聞き取れていた。施設側の説明も認知症があったとしても極々軽度との事。虐待があるのであれば、本人からしっかり訴えがあってしかりと思われる。
まあ、そもそもBが紹介してきた案件である。
どこぞの施設で老人への虐待が隠蔽されている、などと件をわざわざ俺に伝えてはこないだろう。行政に通報すればいいだけの話だ。
といった理由により、虐待説は否定しておく。
地蔵の件はもう少し情報が欲しいところだが・・・・。
なにはともあれ、小野D助氏の話の続きを聞くため、氏のいる特別養護老人ホームに本日も訪った。
面会室に通され、小野D助氏が来るのを待っていたが。それにしても暑い。
梅雨も明けていないというのに、なんなんだこの暑さは。
幸い現地の老人ホームでは冷房が効いているのだが、到着する際には汗だくとなっており、聞きすぎた冷房が身に染みる。
面会室にサービス責任者のA氏がいらっしゃった。
ただ待っているのも、何なのでA氏にそれとなく、小野D助氏のジゾウについて水を向けてみた。
「小野さんは以前からお地蔵様の話をされてますよ」
以前から地蔵の話をスタッフなどにし、周囲を怖がらせることがあったとの事。
「本当の事かどうか確認できないのですが、すごくリアリティがあったりしまして」
そして、小野D助氏が生まれた村では「お地蔵様を祀る慣習」があったそうだ。
「お地蔵様を祀る慣習ですか?」
道祖神として、道端の地蔵が拝まれたりすることは特別珍しいわけではないはずだ。それをわざわざ「祀る慣習」と強調する部分が気になるところだが、このタイミングで車イスを押されて小野D助氏が面会室に入ってきた。
このあたりは後々詰めていくとする。
小野D助氏の車イスは俺のテーブルの対面に着けられた。
さてさて。
挨拶を済ませたが、小野氏は小刻みに頷くだけであった。
「前回の終わりに、ジゾウになりたくないと仰っていましたが、あれはどういった意味でしょうか? またジゾウとはお地蔵さんの地蔵でよろしいのでしょうか?」
反応なく、しばらくの沈黙があった。
しまった、質問を畳みかけすぎただろうか。
「地蔵、地蔵といいますと」
小野氏が上をゆっくりと見上げ、
「これは私が生まれる前の話になりますが・・・・」
身の上話以上の昔話が語られ始めた。
小野D助氏の面会が終わり、俺は雑誌編集部へと戻っていた。
小野D助。東京都内にてホームレスをしていたが、3年前にK県K市のある河原に来ていたところで倒れているのが発見された。
病院に搬送され、一命を取り留めるも半身麻痺が残る。
その後住所不定の為、K市により現在の施設に収容された。
所得は無いが、生活保護が発生し、そこから施設での生活費、介護費等が賄われている。
調べられたが、家族身寄りなどは一切なく、東北のA県Y村出身とは本人の弁のみ。施設スタッフやケアマネージャーもそれ以上は調べてはいないとの事。
かなりプライベートな情報だが、本来は部外者に漏らされることは無い。
プライバシーに関係は漏らさない、調べた出た追加情報は共有するのが条件での取材となっている。勿論、Bの口添えがデカイのであろうが。
この小野D助氏の出自をもう少し洗ってみる必要がありそうだな、と思って編集部のPCを弄りに来たわけだ。必要なら、そのまま編集長に取材許可の打診もできるし、一石二鳥だ。
「ちょっとー、聞いてくださいよー」
両川が近づいてきた。
「私、ついに知ってしまったんですよー、気になります?」
全く気にならないが、適当に相槌を打つ。
「お土産とかで売ってる、こけしってあるじゃないですか。アレ、子消しって意味があるらしいんですよー。口減らしとか子減らしとかの因習の秘密があるらしいんですよ!」
んー、まあ、よくあるヤツ。
「いやー私も、いよいよオカルト雑誌の記者らしくなってきましたよね!」
あっそ。
んん、まあ、編集部で作業する以上こういうこともある。
両川を適当にあしらってPC作業を再開した。
小野D助氏の出身のA県Y村を検索してみたのだが、かなり古い表記らしくY村もしくはG群と呼ばれていた地域だったようだが、昭和〇〇年にA市と合併して現在は存在しないらしい。
そこで編集部PCでインターネットのストリートビュー機能を使って、Y村と呼ばれていた地域を調べてみた。
「なんですか。今度は釣りの取材にでも行くんですか?」
PC画面を見て両川が突っ込んできた。
「いや、釣り雑誌じゃねーから」
そこにはダムが映り込んでいた。
Y村は合併にて地図より消えていたが、なにやら物理的にも消滅しているようだ。
没考 百合咲 武楽 @yurizaki
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