蔵々
第26話 蔵々 その1
蔵が燃えていた。
本来、土蔵であれば防火性能は高いはずだ。
その蔵の持主である、大西大蔵の手によって本来二階建であったただの土蔵が、四階建の見世蔵に改装されたのだそうだ(日本最大の蔵は三階建と言われる)。
増築した箇所は、漆喰を使わない通常の木造建築だったのであろう。
そこは、とある東北の山奥の村。
見世蔵とは、本来は城下町などに作られると言われる。それは持主の力の象徴という役割もあるからだ。
なぜ人目の触れる事が、ほぼ村人に限定される山奥の村に?
なぜ、現存すれば日本一と思われるモニュメント的建造物を人里離れた場所へ?
理由はあった。
かつて、その蔵の四階部屋には女が幽閉されていた。
持主である大西大蔵にとっては秘め事であり、人目を憚りたかったのであろう。
だが、激しく矛盾している。
人目を気にするのであれば、四階建など目立つだけだからだ。
持主である大西大蔵が、気づいていなかったのか?
これは少し軽率な解釈ともいえる。
すべてを理解してやった、という可能性も考慮すべきであろう。つまり、
高い所に置いておかなければならなかった。
という事か。だがそれならば、それなりの理由が必要になってくるのではないか。
人の目につきやすい場所ではあるが、同時に人の手に届きにくい場所といえる。その様な場所を確保しておく必要があったという事か。
一体、何から遠ざける為に?
何かを恐れていたのか?
幽閉されていた女は、大西大蔵の三女、時子。
美人で評判の時子であったが、事が起きる数年前に四階の部屋の窓から飛び降りて死亡していた。
詳細は不明だそうだが、自殺との事。
いかなる思惑が絡んだのか、大西大蔵は三女に死場所を与えた、という結果だけが残った。
大西家に勤める使用人達の間では、時子は発狂したのだと噂が立った。
時子に対する大西大蔵の対応が、そのような憶測を含んだ噂を呼んだのか。
その噂話には、さらに尾ひれが付いた。
見世蔵四階の部屋は空室であったが、窓から時々、白い女の姿が見えた、と。
その白い女は時子であり、今でもあの部屋から出る事が出来ないのだ、と。
生前の時子より、さらに美しい、と。
もっぱら大西家使用人達の間では、その噂話で持ちきりになっていた。
そして。
その蔵が燃えていたのだ。
火をつけたのは、大西家使用人の与平太という男。
夜半過ぎ、酔っぱらった与平太は蔵に火をつけ、笑いながらその場に立ち尽くしていたという。
その夜は大風が吹いており、火は母屋へと飛び火し、大西家はパニックとなった。
翌日には鎮火したそうだが、火事の被害は甚大なものとなった。
与平太は警察によって逮捕された。取り調べの中、「白い女が」という発言を繰り返していたという。
そして、留置所にて首を括ったそうだ。
少年だった小野D助は、その火をつけた与平太を後ろから見ていた。
与平太は笑いながら、女という言葉を繰り返していた。
そして、見た。
燃え盛る蔵の上部の窓から見える白い女を。
(真下からだと見上げる形になり、見えないと思われるので、蔵からはそれなりに距離のある位置にいたと思われる。勿論、火事の炎や煙などで窓に人影など見えるはずは無いのだが)
やがて白い人影は、窓際から消えた。
蔵の扉が内側から開かれ、白い女が出てきた。
小野D助は目が合った。
時子だった。その姿は噂に聞いていた通り、生前より美しいと思えたそうだ。
悲しげな表情に見えた、との言。
時子は小野D助の前を通り過ぎ消えていった。
小野D助はその場にへたり込んでしまった。
「えー、幽霊を見た、という事でよろしいですか?」
俺はメモを取りながら、対面に座る小野D助氏に視線を送った。
そのうつろな表情は、こちらを見ているかどうかわからなかった。
齢80をとうに超えているとの事。
老齢による衰え、車椅子生活を余儀なくされる要介護者となっていた。
U市より帰った俺に暫くして電話があった。
「お久しぶりですね」
電話から聞こえる女の声。Bからだった。
本当に久しぶりのような気がしたが、挨拶をそこそこに本題を告げてきた。
ある人物に会って、話を聞いてほしい。
との事だった。
正直、渋った。適当なことを言って断ろうとしたが、編集長よりこの取材をするようにとのだめ押しがあり、受けることとなった。
「貴方にしか出来ないことなんです」
だと。勝手なこと言ってやがる。やはり、Bと編集長は繋がっているのか・・・・。
というわけで俺はK県K市にある、とある特別介護老人ホームを訪った。
Bが会って話を聞いてこい、と言っていたのがこの小野D助氏である。
本来ならば、こういった施設に入っている人物などは第三者にプライベートな情報などは一切漏らさないのだが、今回は特別対応との事で(Bの仲介と思われる。施設とどういう関係かは不明)、取材を受けさせてもらう運びとなっていた。
小野D助氏は受け答えの反応は少々悪いが、認知症は特に進んでいないそうだ。
だが時折、妙に生々しいが、信じがたい様な昔話を始めて介護職員を怖がらせる事があり少し困っていたとの事。
よって、雑誌記者によって話を聞きだして整理する事は、ケアの観点からも新しいアプローチに繋がるのではないかと、サービス担当責任者のA氏より説明頂いた。
そして伺ったのが、前述の話である。
小野D助氏は目線はどこを見ているかはわからない感じではあったが、昔の話をしている時は方言もなく、確かな口調で聞き取りやすかった。
しかしながら聞いたところ、昔ながらの怪談話といったところか。
ただの怪談話を俺に聞かせるためにBは、ここまでセッティングしたのか?
「小野さんもお疲れのようです。今日はここまでにしましょう」
サービス責任者のA氏から面談終了の宣言がでた。
面会時間もボチボチ1時間経っていた。
この面会室には、俺とテーブルを挟んで小野D助氏とA氏の3人だけだ。
日常生活に介護が求められる人物である。長く話をしているとすぐ疲れが出るとの事で、取材面接は1回1時間とと言われていて、俺も了承していた。
一度にすべてを聞き出すのではなく、複数回に渡って面談を繰り返して取材するというかたちで進めることにしていた。これは編集長にも了承して貰っている。
俺はA氏にお礼と挨拶を述べた。A氏よりも挨拶を返していただく。
先に小野D助氏を居室にお連れする、とのことでA氏は車椅子を押し始めた。
その面会室を出る瞬間だった。
小野D助氏は振り向き、こちらを見た。今までのような、虚ろな目線ではない。
目に力があった。
「じ、地蔵になりたくない・・・・」
ジゾウ?
意味深な言葉を残し、退室して行った。
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