第25話 腐々 その7(終)
俺は晩飯を食ってビジネスホテルにチェックインした。
明日東京に戻る。今夜中に提出用のレポートを用紙しなければ。
今回はちょっと余裕があったか、取材も割と早く終わったし。早々に作業を終え、床についた。
暗闇の中に女が立っている。古めかしい和服を着てこちら側に対して後ろ姿。顔は見えない。
これは、夢だ。最近、連続で見ている「和服の女がこちらに背中を向けて立っている」夢。今回で3回目か。
そう、「予知夢」でも「正夢」でもない。夢の中で夢であることを理解できている状態「明晰夢」だ。
謎の夢、ではある。ずっと思考に引っ掛かっていた。
今回の取材を夢で暗示した? とも思ったが予知夢の可能性が消えた今、今回の取材の残滓か。
まあ、夢の中の事とはいえ、じっくり観察してみるのも面白いじゃないか。
これまではどこか朧気で、はっきり把握できない部分が多々あった。例えば後ろが暗い。真っ暗と言っていいだろう。女とは距離があるが、近づこうとすると・・・、うん、自分がしっかり歩いている感覚が掴める。ここまでディティールがしっかりしていれば、この夢が何を示唆していたのかがわかるかもしれない。まあ、取材の結果論からの脳内で生まれた幻ってだけの可能性が高いが。
ゆっくりと歩を進め、和服の女に近づいてみる。前の夢は任意で近づいたのではく、いつの間にか近づいていた。地面の感触が足の裏に伝わってくるリアル感。舗装された道という感じではない。岩を削ったような感触で、泥道というわけではなさそうだ。靴は履いていて・・・、服装はいつも通りだ。
和服の女はこちらに気付いたようだ。わずかに横顔が見えるが、しっかり顔は確認できない。
無造作に垂らした髪がかすかに揺れる。両手でガーベラの花束を持っている。
ここまでは前と同じだ。
恐らくではあるが、和服女はあかがね姫ではないか?
これは俺の中で勝手に作ってしまったイメージで、それが夢に出てきた。それだけの事。
しかしながら、ご尊顔は拝見しておきたい。これは夢であり、起きた後に顔を思い出せなくても、一連のあかがね姫の取材を締めくくるには相応しいではないかな。
足音が反響する。思ったより狭い空間なのか? そもそも周りが暗いのに和服女がはっきり見えるとは。
「あー、すいません。ちょっといいですか?」
声が出た。普通に喋れるな。今までの夢は何だったのか。
和服女がゆっくりとこちらを向い、・・・・・。
一瞬息が止まり、目をむいた。
前・・・川、彩夏だ。
前川彩夏が和服を着て、・・・・そこ、目の前に立っている!
表情はない。髪は乱れているが、彩夏だ。・・・10年前の彩夏の顔だ。
何故だ? いや、これは夢か。しかし、彩夏の話に触れた。それに引っ張られている夢を見てしまってるか?
彩夏の手元のガーベラの花束。ハッキリ見える。1,2,3・・・17本ある。
・・・これは何だ? こんな極端な影響を受ける夢なのか、夢だからこそ現実の流れを極端に受けるのか? これまで見た夢はこんな生々しさは無かったが。
彩夏はこちら見ている。目線が逸らせない。表情に変化はなく、何もしゃべらない。
「うぅ・・・」
思わず呻き声が漏れてしまった。小声だったと思ったがその声も反響した。
これは・・・?!
頭の中で何かが、音を立ててはまった。
「女神、姫が悲劇的な死を迎え、それが洞窟に隠される。」
イザナミは死して黄泉の国という名の地下洞窟へ。あかがね姫は坑道に身を隠しそこで死を迎える。ドグサレ様はモンスターゾンビ的存在で洞窟に潜む。
前川彩夏はトンネル内にて交通事故により死亡した→トンネルは「洞窟、坑道」と解釈できないか。
「変わり果てた妻の姿、あるいはまったく朽ちることのない死体。」
肉体が腐敗しているが意識を保つイザナミ。死亡しているが肉体は不廃のあかがね姫。ゾンビ的化物ドグサレ様。→各々死を超越した何かの体現、が共通する。
前川彩夏は肉体的に死亡している。和服を着てガーベラを持っているのはあかがね姫を匂わせる・・・。
いや、違う!
前川彩夏はあの日、トンネル内にて肉体的に死亡した。そしてほぼ同時、いや近いタイミングで、肉体的には生きているが精神的に死亡した「生きる屍」と化した人物がいる・・・・。
俺だ・・・・。
この暗闇の反響、狭い範囲に天井や壁がある。ここは洞窟か、坑道?
つまり俺が、「蓋を開けて目撃する者」と「ゾンビ」のポジションを兼ねている。
前川彩夏と俺の二人で肉体的な死と精神的な死を示し「死の超越」を体現したということなのか?!
そんな馬鹿なッ! いや、言い出したの自分だが、しかし。
これは何なんだ? 本当に夢なのか? 俺は一体、何を見せられているんだ??
ただのリアルな夢を見ているだけのはずなんだ。・・・目の前の彩夏が10年前のまま時間が止まっている。ありえないリアリティがある。
夢の中の一瞬の幻に過ぎないはずなんだ。・・・だが、これは彩夏だ。
どうして何も喋らないのか。君は俺に何かメッセージを伝えたいのではないのか。あの日君が行くのを止めるべきだったか。いや違う一緒に行くべきだった。一緒に行って一緒にいやそれも違う。俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
伝えれなかった言葉と、繰り返してきた後悔の感情が、一気に溢れ出した。
言いたいことが山ほどある、はずだ。なのに言葉にすることが出来ない。
「・・・俺はずっと不安だった。彩夏」
彩夏はまっすぐこちらを見つめている。表情に変化はみられない。大分しどろもどろだったと思うが、言葉を続けた。
「君が実家に帰ってしまったら、もう帰ってこないんじゃないかと、・・・それと同時にいつか君が、俺を見限って去っていくのではないか、って考えが頭を離れなくて、ずっと不安が拭えなかったんだ。」
どうして二人で幸せになる事を想像出来なかったのか、10年前の俺。嗤ってしまう。
「だから、君が死んでしまった後。どっち道、生きていても俺の元から居なくなったんだ。と思い込むことにして、君の記憶を頭から消すことばかりを考えていたんだ。」
そうでもしなければ自分自身を守ることが出来なかった、というのは体のいい言い訳だな。
「だから・・・・、すまない。俺は・・・!」
彼女に言いたい事。数ある中で、最も最優先したのは彼女に対する謝罪だった。
俺は頭を垂れて、彩夏からの視線を逸らした。無表情の彩夏からの目線に耐えられなくなったからだ。
肩に感触があった。彩夏の左手が置かれている。顔を上げると、彩夏の顔が近い。
相変わらず表情に変化がなく、彼女の感情は読めない。
彼女はそのまま、俺の手にガーベラの花を握らせた。
「彩夏ッ!!」
目が開いた。ゆっくりと身を起こす。
動悸が激しい。寝汗もすごいな。時計を確認すると4時を回っていた。
発熱でもしたのだろうか。悪い夢を見たな・・・・。
ん、これは・・・?
驚愕した。手にガーベラの花を持っていた。
ガーベラの花の色にも花言葉がある。ピンク「思いやり」、黄色「やさしさ」、オレンジ「探求心」。
の3本。そしてガーベラ3本の花言葉は。
「あなたを愛しています」
声にならない声が漏れた。体が震える。
「彩夏、ごめん・・・」小声で謝罪を繰り返して。
いつの間にか、両目から涙が零れていた。
朝になって、俺は東京に戻った。
編集部に行って取材結果の報告と、レポートを提出した。
レポートに目を通した編集長は「いいんじゃないか」と一言。
何故、T県U市S町の取材が必要だったのか。それとなく質問してみたが。
「そういう噂があったんでね」
との言。一体どこからそんな噂を拾ったのやら。
その後、雑誌の記事に「ドグサレ様・ゾンビ説」がネタ枠として、「あかがね姫の伝説」は小さいコラムとして記載された。
前川彩夏に関連する内容は全カット。そもそもプライベートな内容を含むし、仮説にリンクしてもあれは夢の話だ。いくらオカルトネタと言っても、ライターが見ただけの夢を仮説に絡めるのはこじ付けにも程がある。まあ、ライターの感想を添えるだけの記事と内容的なクオリティはさほど変わらない気もするが。
なぜ、あの夢を見たのか? そんな事はわかるはずもない。
夢の中にて前川彩夏から貰った3本のガーベラ。なぜ本当に手元にあったのか。
自分の知らない間にどっかから毟り取ってきたのか(それならそれで若年性アルツハイマーを疑われるが)、あるいは夢では無かった・・・、とか?
じゃあなんなんだ、という話だが考えるだけ時間の無駄か。ノーヒントだし。
3本のガーベラの花言葉「愛しています」。現在進行形なのか? あくまで過去の時間を切り取っただけだと思われるが。
イザナキ・イザナミの伝説よろしく、生者と死者の間の壁は乗り越えることは出来ず、両者の間の溝が埋まる事もない。
前川彩夏から貰った3本のガーベラは、駅に行く前にカフェに寄って、マスターに店内に飾って貰えませんかと頼んで渡してきた。マスターは快く引き受けていただいた。
結局、俺は前川彩夏の死を乗り越えたと思い込んでいただけで、その死を拒絶していただけだったんだろうな。
彩夏、難しいかもしれないが次は墓参りに行くよ。ガーベラの花を持って。
ドグサレ様の祟りか、あかがね姫の哀愁か、前川彩夏の温情か。
これが「腐れ縁」という事なのか。(本来の意味とは少し違うが)
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